第14話 賢い子の末路


 この国における勝ち組になるには、勉強だけではだけなことを私は知っている。例えば、勉強をどんなにしても「勝ち組」という概念はなかなか難しいのだ。例えば、とても賢い医者になったとして色々な実績をあげたりしても、私が女の子である以上周りが求めるものは良い旦那を見つけて子供に恵まれることが多い。

 だから、勉強ができなくても良い旦那さんを捕まえて子宝に恵まれている人が「勝ち組」とされることもあるし、勉強ができて仕事ができて誰にも頼らずに生きていくことができても「結婚できていない負け組」とされることがある。


 もちろん、そんな議論が馬鹿げていることなんて理解している。


 でも、それを理解している人が少ないことが事実だ。だから私は序列上位のグループにいる必要があった。その組織における「勝ち組」とされる人たちが何を考え、どんな行動をするのか。それを学んでおけば私が次に行く場所でも変わらず勝ち組のままでいられるだろう。

 人生をどんな時間も勝ち組で過ごしたいというのは皆が思うことではないだろうか。私は他人よりも少しだけ優秀な脳みそを活かしてその立場を保ち続けられればと思う。


 まずは、容姿。

 第一印象が大事ということは、清潔感に雰囲気の良さに流行りを取り入れつつも個性のあるセンスの良さ。スマホケースは流行りの透明のだけれどちょっとマイナーなバンドのキャラシールとか。例えば、ただの流行りだけだと同じダンス部の凛花みたいになんの個性もなくてただの「真似」とされて相手にされない。

 けれど、個性を取り入れることで私には頭がいいのにバンドも好きな子というポイントができる。そうやって覚えてもらうことで懐に入りやすくなる。


 次に、ある程度の利用価値だ。

 澄子なら金、私なら勉強のようにボスであるミカにある程度の利用価値を与えることでその地位を強固なものにしていく。そのうち、グループの中で「可愛いのはミカ」「お嬢様の澄子」「賢い理子」みたいな感じに周りの人間も私の価値に気づいていく。そうなればこの学校で私は「勝ち組」になれるだろう。



「よかったら、使う? これ今回のテスト対策」

「え? まじ? ってか理子ってどうして先生でもないのにテスト対策とかわかるの?」


 ミカという生徒は、典型的ないじめっ子で典型的なカーストトップの生徒だった。ギャルっぽい雰囲気と陰湿でねちっこい性格。自分が一番であとは子分くらいにしか思っていないだろう。だが、賢さだけではどうしても手に入れられない「カリスマ性」のようなものを持っている子だった。


「まぁね、過去問と授業の感覚からなんとなくわかるんだ。そうそう、テストに出るところはなんか語尾が変わったりして。テスト頑張ってね」

「ありがとう、理子。あっ、そうだ。終わったら私と澄子とお泊まりするんだけど……理子もくる?」

「え? いいの? 行く。でも唯は?」

「あ〜、唯はちょっと真面目ちゃんだからね。うちらだけ〜」

「おっけい。じゃあ、テスト終わったら!」




 落ちていくのは簡単だった。

 高校一年生の冬、私は初めて澄子とミカがやっていることを知った。酒、たばこ、男。私には初めてのものばかりだけどこれも「一般の人」を知る勉強になった。ミカの彼氏たちは有名大学の医学生で私が目指している場所よりも少し賢いところに通っている人だったけれど……女子高生と遊んでいるようなレベルの人たちで、もしかしたら私は勉強ができる人に幻想を抱いているのかもしれないと思った。


 最初はみんなを馬鹿にしていたけれど、秘密のパーティーを続けていくたびそんなことどうでも良くなって……ミカに嫌われてこれに参加できなくなるのが嫌であのイジメに参加した。

 私は、とにかくミカの派手でいつ先生にバレるかわからないイジメにヒヤヒヤしたしあの萌実がしぶとく学校に通い続けるのが心底理解できなかった。もう彼女の負けは確定しているのだからさっさと退学でもなんでもして転校するか高卒認定を取るのが賢い道なのに。

 

——あぁ、私はもうとっくに賢くなんかないんだ。薬とミカと男に支配されてるんだから


 萌実に対するいじめが過激化して、私はそれでも学校に来る彼女に興味を持った。普通の子なら不登校になるか先生に告発するのに、どうしてこの子はそうしないんだろう?

 ただ、黙ってミカのイジメに耐え続けるのだろう。まったく理解ができなかった。物を壊され、隠され、暴力だって振るわれているのに。なのに彼女はまたダンス部の部室にやってきて、言うのだ「おはよう」と。

 まるで萌実は、何かに縛られているみたいに登校をやめなかった。だからミカも私もそんな彼女を折ろうと必死になって加減がわからなくなっていった。


「あのさ、あの踊り場に呼び出そうよ。あそこなら人通りが少ないしこの時間ならどのクラスも移動教室ないし」

「おっ、理子さすがじゃん。じゃあ、やっちゃおうか」


 柔らかい、細い背中を押した。萌実がおもちゃの人形みたいに変な動きで宙を舞って、ごろごろと階段を落ちていく。階段の中腹にある踊り場に彼女が落ちきった時、手首がおかしな方向に曲がっているのが見えた。

 ミカが階段とは反対方向に走っていく。私もそれに続く。もしかしたら、流石にやりすぎたかもしれないと危惧したが、あの萌実は結局戻ってくるとも思っていた。

 どれだけ酷いことをしたら彼女は泣くんだろう? 次はどんな酷いことをしてやろう? 直接手を下すことは面倒だからミカを誘導してやらせてみよう。


 私には、私が理解できない人間が実験用の動物に見えていた。萌実は、どのくらいいじめたら死ぬんだろう?


 あぁ、そんなことはどうでもいいや。

 ミカ、次のパーティーはいつ? ねぇ、いつ?



***



「はじめまして、理子ちゃん」



 私はしばらく待たされたあと、ミカや凛花が殺された教室へと運ばれた。口には猿轡がはめられ手足は縛られている。やけに綺麗で明るい教室には萌実のお姉さんが佇んでいる。不気味な笑顔、まるで感情が元々存在しないような感じだ。私はこの人のことを何も知らない。けれど、彼女が私よりもきっと賢くで優秀なことだけは理解できた。


「どうも」

「あっ、初めて挨拶を返してくれる子がいた! ありがとう理子ちゃん」

「私は、どうなるんですか」


 怖くて仕方なかったが、じっと彼女を見つめた。拷問するつもりはないらしい。何も手に持っていなかったから。


「そうだなぁ、理子ちゃんはお薬で体も汚れてるし、澄子ちゃんみたいに需要はないしで困ってるんだよね」

「澄子……、澄子はどうなったんですか?」

「あ、そっか。みてないよね。あのね、澄子ちゃんは寿命三日ってところかな。とあるお金持ちの家畜として生きることになったんだよ。澄子ちゃんの結婚相手は犬、馬、それから肉食獣だって」

「それって……」

「あ〜、安心して。お嬢様ブランドがあったからクライアントさんが気に入ってくれただけで理子ちゃんは無理だよ。」

「そう……ですか」


 澄子の顛末に私はゾッとした。やっぱり、この人は私たちでは考えられないような頭の人間だ。心理学を勉強している時に少し読んだことがある。サイコパス……いや、萌実の死をきっかけにソシオパスになったのかもしれない。

 もし、そうだとしたら彼女に「同情」なんて求めることはできないだろう。


「あのさ、理子ちゃんはどうして唯ちゃんが人狼だと思ったの?」

「それは……唯が先生に告発したことで萌実さんが死んだと思ったからです」

「なんで?」

「いじめられてる子は家族に迷惑をかけることを過度に嫌がったり、親がいじめに対して『いじめられる側に問題がある』と子供を責めることがあるからです。萌実ちゃんはあれだけ頑固に学校に来ていたのは親にも相談できないような環境だった=ばらされることが何よりもの苦痛だったんじゃないかって推測したんです」

「確かに、そういう子も多いのかもね? 理子ちゃんはそれで唯ちゃんが人狼だと思って凛花ちゃんに投票しちゃったんだ」

「はい……まさかあいつが人狼だったなんて……」


 本当に馬鹿だった。けれど、まさか凛花が人狼だとは思わなかった。グループの中では地味で行動力もなくいつもいじめの際の見張り役だった彼女にあんな野心があるなんて思ってもみなかった。

 弱い立場だった凛花が立場を良くするために他人を踏み台にできるほどの人間だったなんて……。



「理子ちゃんは、どうしてミカちゃんのイジメに賛同していたの?」

「賛同はしてません。でも、ミカにパーティーに誘ってもらえなくなるのが嫌で」

「違うよね?」

「ミカにパーティーに誘ってもらえるのが嫌で、それから……萌実ちゃんがどうして学校を辞めないのかわからなかったから」

「わからなかったから?」

「どこまでなら彼女が耐えられるか、知りたかった。なぜ彼女があんなに強くいられるのか知りたかったからです」


 萌実のお姉さんがにっこりと微笑んだ。どうやら私の解答は彼女にとってご満悦な物だったらしい。けれどなぜ? 私の心の中まで彼女はまるで知っているみたいに……。


「さすがは理子ちゃん。賢いねぇ。本当のこといえば痛いことはされないもんねぇ」「私はどうなるんですか?」


 彼女はパチンと指を鳴らした。とほとんど同時に男が入ってきて私の口に猿轡をはめる。


「理子ちゃーん、だめだよ。自殺しようなんて。そうだよねぇ。澄子ちゃんの末路を聞いてそんなプライドも体もズタズタになって生き地獄を味わうくらいだったら舌を噛み切っちゃった方がいいもんねぇ」


 どうして……私が考えていたことが?


「あっ、今。なんでわかったかって不思議に思った? さすがに理子ちゃんもわかると思うけど……私ね。この計画のためにみんなのことすごく調べたんだ。言動とか行動パターンとか、行動心理学っていうの? 理子ちゃんみたいにプライドが高くて自分以外を一般人って考えちゃうようなタイプはうまくいかなかったり、底が見えると自殺しちゃうの。でもだめ、理子ちゃんには貴女の大好きな研究に参加できる罰を用意してるから」


 私は彼女の言葉から自分がどうなるのかを察した。

 私は実験動物になるのだ。


「恐怖、痛み、絶望。人間って……どこまで耐えられるんだろうね?」


 私は、頭に布袋のような物を被せられた。乱暴に何かの箱に詰められて台車がガラガラと動く音が聞こえ、必死で叫ぶ。

 猿轡のせいで言葉にはならないが、誰か助けて! お願い! と懇願した。けれど、願いなど聞き入れられることはなかった。

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