あの子をころしたのは誰?〜狂人だらけの人狼ゲーム〜

小狐ミナト@ダンキャン〜10月発売!

プロローグ


 唯が目を覚ますと、そこは知らない場所だった。

 ぼやける視界に映ったのは古い吊り下げ式の蛍光灯がチカチカと揺れている。次に感じたのは埃とカビの匂い。すごく古い木造の建物の中にいるみたいな不快感。隙間風が吹く音が耳の近くでして、スカートから伸びた生足をひんやりと撫でる。

 そうだ、今は十二月。真冬なのに、私はどうしてコートもマフラーも身につけていないんだろう。

 混濁した記憶が戻り始めると、次第に寒さを感じて全身に鳥肌がたった。セーラー服の腹の丈が短いのは可愛いけれど冬だけは本当にムカつく。この時ばかりは、ブレザー指定の高校が羨ましく思えるほどだ。

 寒さの次に感じたのは、体を動かそうとした時に感じた関節痛。まるで長い間同じ体制で眠っていたみたいに節々が固まっていて、膝一つ伸ばすのに声が出てしまいそうだ。


——ここはどこ? 私、今まで何を?


 私は平凡な高校三年生。

 私立大学附属の高校に通っていて、生徒会長を務めている。ダンス部では部長をしていて、附属先である有名私大に内部推薦で進学も決まっている。順風満帆な人生を送っているはずだ。

 名前は唯で、友達は四人。ダンス部のメンバーだ。後輩からも慕われていて、成績も優秀だし両親は普通のサラリーマンだけど都内に一軒家を持っているから実家が細いわけではない。

 どちらかといえば勝ち組の部類のはず。


 ずん、と後頭部が痛んだ。いつもの偏頭痛じゃなくて打撲した時みたいな痛みだった。もしかして、誰かに無理やりここへ連れてこられたんだろうか?

 この頭の痛みは、殴られて……私は気を失った……? だめだ、記憶が曖昧で思い出せなかった。部活なんかとっくに卒業して、学校の授業を終えて家に帰ったはず。それからの記憶がない。


「ちょっと、なんなのよこれ」


 キンキンしたアイドルみたいな声が聞こえて、私は体を起こした。膝や肘、首筋がじんじん痛む。何よりも後頭部が痛くて思わず手で押さえた。

 血はついていなかったが、触ったらさらに痛んでやっぱり転んで打ったとか殴られたとかそういう類の痛みだとわかった。


 うっすらと灯る蛍光灯の下には唯を含めて五人の女子高校生が倒れていた。声の主はミカという同級生で、派手な見た目と可愛い声整った顔立ちだが、今は恐怖に歪んでいる。

 ミカはダンス部のメンバーで私の友達の一人。ダンス部の中だとセンターを務めるちょっとギャルっぽい感じの子だ。私たちダンス部の中での影のリーダー的な存在である。


「ミカ? ねぇ、ここどこ?」

「唯、唯だよね? 知らないよ」


 ミカは私の名前を呼ぶとヒステリックに言うと辺りを見回した。私も彼女につられるように周りを見渡す。小学校だろうか、古い木造の教室だった。ひんやりした木の床はカビだらけ、ぞっとして手を離す。

 その間にミカは立ち上がると、厚底のローファー靴でバタバタと足音を立てた。


「ってか、みんな起きてよ! 起きてってば!」


 ミカはまだ眠っていた残りの三人を揺り起こした。凛花、理子、澄子。私たちはいつも行動を共にしている仲の良いグループだ。全員ダンス部に所属していて、クラスの中では結構派手とかうるさいとか言われるようなグループ。三年生になってやっと全員が同じクラスになって順風満帆な生活を過ごしていた。


 派手なグループではあるが、教師からの信頼も厚く、生徒会に所属する理子は学年一位の成績を収める秀才だし、私だってダンス部の部長として文化祭や課外活動にも積極的に参加する優等生の部類に入る生徒だ。

 つまり、自分でいうのもおかしな話だが学年でも私たちのグループが一番人気だと思う。いわゆるスクールカースト一軍女子。

 女子からも憧れられるし、男子からもそれなりにモテる。学校に行くのが毎日楽しみで、行事ごとも結構積極的に取り組んでいる。

 絵に描いたような青春を送っていたと思う。



「ちょっと、なんかのドッキリ? 澄子、あんたの仕業でしょ?」


 ミカが、澄子に言った。

 澄子はブンブンと首を振った。そして彼女も後頭部が痛むのか、手を添えて顔を歪めた。


「ここ……どこ? ミカ」

「あたしが聞いてるのよ。澄子、あんた私たちが全員進路が決まったからドッキリ気かけたんでしょ? 流石にやりすぎよ!」


 澄子は有名グループ企業の御令嬢でかなりのお金持ち。長期休みに入ると仲良しグループはダンス部の合宿と称して澄子が全国各地に持っている別荘へお泊まりをするのが恒例になっているくらい。確かに、澄子であれば学校風の建物くらい探し出して用意できるかもしれないし、私たち五人は澄子以外は内部進学で進路は決定済み、澄子もお父さんの出身大学に推薦で内定済み。つまり十二月にして、全員受験は終了しているのだ。

 卒業旅行は澄子が持っているハワイの別荘に年末年始招待してもらえる予定だったのに、ドッキリ……? もしかして、この後空港にいくとか?


 けれど、私の期待とは違って澄子は怯えた表情で再び首を横に振った。


「わからない。こんな汚い所選ぶはずないし……理子、あなたなら何か知ってる?」


 理子は、学年成績トップの秀才で世界でトップ数パーセントしか合格できないIQテストに合格したことで新聞にも取り上げられた人だ。勉強だけではなくて地頭がよく、頼りになるダンス部副部長。

 そして、その隣でおどおどしているのが凛花。彼女はこのグループには珍しく何の取り柄もない子でグループの中では序列が低い。


「みんなどうしてここにいるかわからない……であってる? 私もわからない。それに、ここって何処かの学校の教室だよね? 多分、廃校。あれ、人……だよね?」


 理子は、教室の出入り口に立っている人影を指差した。

 するとミカが悲鳴を上げ、次々に澄子や凛花が悲鳴を上げた。私は、ミカに抱きつかれて体勢を崩す。悲鳴が止んだ頃、理子が冷静に言った。


「廃墟、密室……もしこれがドッキリじゃないんだとしたら可能性は二つ。私たちは誘拐されて、人身売買とかそういう変な組織に売られる一歩手前。もしくは、デスゲーム……」


 理子の言葉を遮るように、古びてジャギジャギになった放送音声が鳴り響いた。私たちはスピーカーが付けられている黒板の方を一斉に見た。埃なのかカビなのかが降り積もって灰色になった四角い備え付けのスピーカー。

 ボウボウ、ジャギジャギした音質がまるでホラー映画にでも出てきそうだった。


『大正解。今から始まるのでデスゲーム! ダンス部の皆様には互いの命をかけてゲームに挑んでもらいます。けれど、もう一つの選択肢も大正解! 死んだ人たちの体や内臓は本当にそれが必要な人たちに行き渡るように手配する予定なんだ!』


 やけに明るいその声は、古くなったスピーカーのせいでかなり不気味に聞こえる。もしも、声の主が言っていることが本当なら……少しでも逆らったら殺されるのではないだろうか?少なからず私が知っているデスゲームを取り扱う映画や小説ではそうだ。だから、今すぐに悲鳴をあげて逃げ出したかったけれど私はじっと黙って座っていることにした。


 しかし、ミカが大声を上げた。 ミカはいつも強気でかなりの自己中心的な人である。お化け屋敷とかに入ると怒り出すタイプ、女の子の前では。


「ふざけんなよ! 隠れたところでこそこそすんな! 出てこいよ、卑怯者!」


 私はミカに「やめなよ」と言ったら、彼女は強い視線を私に向ける。まるで逆らうなと言われているようで私はそれ以上彼女を止めることはできなかった。

 彼女がしている事は絶対に間違っているとわかっているのに、私は彼女には逆らえない。

 普段からそういう上下関係があるからだ。本当は引っ叩いて黙らせたいと思っているけれど。

 ミカは、スピーカーに向かって威勢良く言葉を続ける。


「てめえ、陰キャだろ? 何? ミカたちに嫉妬してんの? マジきしょいんですけど」


 こういう時に、挑発をするのが良くないことくらい頭の悪い私にでもわかる。けれど、理子も澄子もミカには逆らえなかった。もしも、これが本当に「デスゲームだったら?」全員ルール違反で即刻殺されてもおかしくない。

 デスゲームなんて映画や漫画の世界だけのものだと思っていたけれど、本当に存在するなんて……。集められた人が殺し合いをする……なんて存在するはずがない。

 私自身どうしてこの場所にいるのかわからないし、日本の法律でこんなこと許されるはずがない。

 ただ、私たちが実際自分の意思とは関係なくここへ連れてこられたのは事実だ。


『いいよー、今からそっちに行くね!』


 ブチッ。と放送が切られる音がした。次第に、廊下の奥から足音が聞こえ出す。タンタン、タンタタン。まるでスキップでもしているような軽快な足音だった。

 その軽快さがこの状況にマッチしておらず不気味で恐ろしかった。いったい何がこちらに向かってきているのだろう? 私は脳内で昔見たスプラッタパニック映画を想像して恐怖に震えた。

 心のどこかで「澄子とミカのドッキリであってくれ」と何度も願った。


「ちょっとミカ言い過ぎじゃない? 本当にデスゲームだったら私たち……殺されるかもしれない」


 ミカはぎろりと理子を睨んだ。理子は押し黙ってしまった。


「私、悪くないし。ねぇ凛花、そうよね?」


 凛花はコクリと頷いた。彼女はグループの中で序列最下位、ミカには逆らえない。女子グループの中にあるなんとなくの序列。ミカが一番でその次に私と澄子。その次に理子、最後に凛花。凛花はダンス部の中でも親が振付師でダンスが上手いという理由だけで連んでいたから、部活を辞めてからは正直惰性で付き合っていた感じはある。特にミカなんかはそういうのを態度に出していた。


 しばらくすると、廊下から響いていた足音がぴたりととまり、教室の教壇側のドアの付近で屈強な男が少し避けると一人の少女が教室に入ってくる。華奢で小さくてほっそりした子だった。


——えっ……?


 私たちと同じセーラー服を着た彼女を私たちは知っている。元クラスメイト、元ダンス部。私たち全員がよく知っている人物だった。


 そして、彼女は去年——死んだはず。


「萌実……?」


 いつもは強気なミカですらブルブルと体を震わせて私の腕をぎゅっと掴んでいる。他の三人も顔面蒼白でわなわなと唇を震わせた。

 死んだはずの同級生だから、というだけではない。


 私たち五人は——


——彼女を自殺に追い込んだのだから

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