第3話

「トクさん、トクさん。聞いておくれよ。お、千福ちゃんもいるのか」


二軒先に住んでいる六十代の白髪頭の三光浩さんこうひろしさんが窓の前までやって来られた。なにかいいことでもあったのか頬を紅潮させている。


「どうしたんだい興奮して」


「なんと、懸賞で車が当たっちまった」


「へえ、そりゃすごいじゃないか」


「今の車がもうオンボロになって替え時だったんだ。そんなときに。こんな偶然があるかね」


浩さんは縁側に座る。トクさんは再びお茶を淹れていた。


「そりゃあんた、千福ちゃんがこの街にいるからだよ。私だって今、千福ちゃんに痛めた膝を治してもらったばかりさ」


「そうか!」


「縁側にいないでこっちのテーブルに来なよ」


浩さんは言われたとおり、窓から上がってダイニングテーブルの椅子に腰をかける。


「あんた、千福ちゃんがいるようになってこの街からどれだけの人が懸賞や宝くじに当たっていると思っているんだい? 七年で五十人だよ」


「そうか。そうだな・・・・・・千福様。千福様、どうもありがとうございます」


浩さんは椅子から降りて私の前に正座をすると手をこすりあわせた。


「私の力のせいじゃないかもしれないしたまたまってことも」


「もっと自信を持ったらどうだい。千福ちゃんはこの街のたくさんの人を幸せにしているんだよ。自覚を持てばいいのさ」


「はあ・・・・・・」


私には自信がない。それは、神様から神と認められていないから。


自信を持てばいいのかな。胸をはって。でも神と名乗っていいのかどうかもわからない、あやふやな存在だ。


「今家庭が穏やかなのも千福ちゃんのおかげさ」


浩さんのご家庭は、以前、荒れていたのだという。奥様とは毎日のように口汚く罵り合って、夫婦仲は相当冷え込んでいた。


そしてご子息は引きこもりでよく暴力を振るっていたらしい。ところが、浩さんのご一家全員が私という存在を見られるようになったあと夫婦の喧嘩もなぜかピタリと止み、奥様は趣味に走り始めて毎日充実した生活を送り、ご子息は人が変わったかのように優しい性格になって活き活きと働き、定期的に家族団らんまでできるようになったそうだ。


特になにもしていないのだけれど、やはり体質が人を幸福にするようにできているから、これはこれで私の力なのかもしれない。おごりかな。


ふと日が射して窓の外を見る。雑草が日の光に当たって艶めいていた。


梅雨の合間の日差しだ。六月に入って雨ばかりだったから晴れは貴重だ。庭の草でもむしろうか。


「草むしりしますか? それともお昼ごはん作りますか」


「いや、そこまでしてもらわなくていいよ。膝が治ったから自分で全部できる」


「じゃあ、そろそろ私はおいとまさせて頂きます。なにかあったらまた呼んで下さい」


私は頭を下げた。


「いつもありがとうね。本当にお世話になっている」


「千福ちゃん、俺も感謝しているよ」


トクさんはお辞儀をして、浩さんは手を振る。二人とも笑顔だ。笑顔ならそれでいいのだ。


私も満面の笑みを浮かべて手を振ると、トクさんの家の敷地内からでることにした。

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