ミス・トライ トレイン
渡貫とゐち
第1話
「ちょっと! ここ女性専用車両ですよ!?」
ヒステリー寸前の女性が吠えた。
モデル体型の彼女なのだが、苛立ち、焦りなどの内面事情で綺麗な顔まで不細工に見えるのだから、外側だけ整えていてもダメらしい。
美しい見た目は美しい内面から始まる――どこからどう見ても美人になれる潜在能力があるのにもかかわらず、それが発揮されないとは……。
全てを打ち消してしまったクレーマーだ……もったいない人である。
ガラガラの車内――女性専用車両。
座席に座っていたのは大柄な……デニムを履きパーカーを羽織って、キャップの帽子を被った……おとこ?
いやいや、しかしここは女性専用車両である。乗っているのは女性だけのはずだ。
男性に見えているだけ、のはず……。
よく見れば、剃ったけど残ってしまった青髭が薄っすらと……、おとこ?
「どうしてここに男性がいるんですか! 早く出ていってください!」
「え……あの、私『おんな』ですけど……」
「どこがですか! 青髭を生やして、大きな体まで持って……。胸もなく身なりにまったく気を遣っていない汚らしい格好でしょう! まさか心は女性、とでも言うつもりですか!? ――はっ、そんな詭弁で女の仲間入りができるほど甘い世界じゃないんですよ。いいから出ていきなさい。それとも女性が束になってあなたを持ち上げて、外へ放り投げてあげましょうか?」
まくし立てられた彼女、彼? が、「はぁ……」と息を漏らして立ち上がった。
体の前で抱えていたリュックを足下に置き、パーカーのチャックを下ろす。
身軽になった彼女、彼? が動いたことで注意をした女性が怯えていたが、もちろん、立ち上がった彼女、彼? は、手を出すつもりなど一切なかった。
手ではなく、出てきたのは服の下の白い肌だった。
大柄に見えても、着太りするタイプなのか、腕や足は細かった。それに、体毛もなかった……服で覆い隠せないところが男性ぽかっただけで、他の部分は女性だった。
大柄な女性――と言える。見れば見るほどに女性だった。
なにより、ズボンを下ろして女性用下着まで脱いだ彼――否、彼女には。
当然ながら、その股間には男子であればあるはずの――あのブツがなかった。
ツルツルである。
ツルツルとは言ったが、毛がないわけではなかったが。
ここまでされたら確定だった。彼女は――彼女は間違いなく女性だ。
「私はおんな、ですよ。女性は美人でいなければならない義務がありますか?」
「……いえ……、」
「私はおんなです。まあ、勘違いしても仕方ない見た目ではありますけど……ただ、これは生まれ持ったものですから、この容姿を否定したくはありません。
他人が否定するのは構いませんが、私自身が私を否定してしまえば、本当に終わりなんですよ。……それと、」
大柄な女性が、一瞬の躊躇いこそあったものの、手を伸ばした。
その手は彼女に突っかかってきた女性の――股間へ辿り着く。
むぎゅ、と、握れた。
「う、」
「魔改造した結果、どこからどう見てもあなたは美人さんですけれど、たとえ私であっても脱ぐ姿には興奮したようですね……。大事なそれ、起き上がっていますけど?」
ぼっ、と頬を赤くした女性? が、飛び退いた。
……女性、ではない。彼女――否、彼こそが『おとこ』だったのだ。
隠していた大事な大事なブツが、ややスカートを持ち上げていた。
疑われた女性がいち早く起き上がったそれに気づいたのだ。
たとえ心が女性でも、体は男性だ。
本能的に、扇情的に服を脱ぐ女性には反応してしまう。
「この車両から降りるべきはあなたではないですか?」
「……いいじゃないですか、ガラガラなんですから! 見た目も心も女性なら、女性専用車両に乗ってもいいでしょう!?」
「体は、やっぱりおとこですか……まあ、周りも気づいていない様子でしたし、いいんじゃないですか? ただ――あなたの立場で他人を貶めようとするのは、辞めた方がいいでしょうね。ここは女性専用車両なのですから――男性が乗る場所ではないんですよ」
乱れた服(自分でやったのだけど)を直した大柄の女性が座席に座り直す。
目の前に立つ彼女……ではなく彼にも、座って、と促した。
「わたしっ、女性です!」
「ええ、私も女性です。男性が乗ってきたからと言って、不快だ、と騒ぐほど小さい器ではないつもりですよ。……いいんですよ、男性が乗ってきても。痴漢さえしなければ」
する人間がいるから、車両が分けられただけだ。
だから女性が、男性が、ではない。結局、痴漢行為がダメなだけなのだ。
だって、たとえ女性専用車両であっても、痴漢がまったくなくなる、とも言えないわけだ。
男性から女性、女性から男性への被害だけには収まらない。
考えなくとも思い至る可能性だ。
女性が女性に痴漢行為をすることだって、ないとは言い切れない事案だろう?
… おわり
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