Case 4-5 危機一髪
《フフフ……感謝するよ。まさか本当に、君たちの手で“あの男”を始末してくれるとはね》
モニターの中の〈望クローン〉は、くぐもった嗤い声を漏らしながら、心底楽しそうに笑っていた。
崩れた国会議事堂の残骸を背に、黒い背景に浮かぶその顔は、もはや人間の倫理の域を超えていた。
《あの愚鈍な総理は、もともと私の計画にとっては“障害”だった。
彼は私の研究に興味を示したが、同時に恐れもしていた。利用価値はあったが、ここまできたら、もはや不要だった》
望クローンは、冷たく、鋭く笑った。
《だから、君たちが始末してくれて助かった。
ようやく、この日本も、世界も、真の知性によって統治される準備が整ったわけだ》
その目が、カメラ越しに、ただ一人を見据えた。
「……!」
望だった。
オリジナルの望は、飛行機内の端に座り、しかし画面を睨み付けていた。
クローンは嘲笑を浮かべ、言った。
《なあ、オリジナル――いや、“失敗作”の望。君は研究者として、父親として、いったい何を守れたんだ?》
《ロボットも、娘も、世界も、何ひとつ守れず、逃げ続けただけじゃないか》
その言葉は、刃のように胸を抉った。
望は目を伏せたまま、何も言い返せなかった。
《さあ、あとは死ね。君が築けなかった“理想の世界”を、私が完成させてやるよ》
そして、画面がノイズを挟み、途切れかけた――その直前。
「待てっ!!」
黒木が叫んだ。
「音が……おかしい……!これは、“起爆音”だ! 爆弾が――!」
その叫びが、機体に響いた瞬間、操縦士の目が見開かれた。
「緊急回避行動ッ!〈ガルーダ・オメガ〉、発進――!」
機体が揺れる。音速を超えるような振動と加速。
だが――一瞬、遅かった。
国会議事堂の床下に仕掛けられていた爆薬が、破壊された構造物を引き金に、起動した。
轟音とともに、白い閃光が空を焼いた。
〈ガルーダ・オメガ〉の後部を爆風が掠め、機体の一部が大きく破損した。
「キャアアアアア!!」
衝撃で、亜里紗は身体ごと浮かび上がった。
「――っ、師匠ッ!!」
花丸が叫んだ。
そして、その全身を使って亜里紗を覆い、庇った。
亜里紗の頬に、冷たい金属の腕が触れた。
「花丸……」
震える声で、亜里紗が呟いた瞬間、機体が激しく傾き、山間の森林地帯へと墜落していった。
「ぐっ、姿勢を保て……!着陸可能なスペースを――!」
煙を引きながら、〈ガルーダ・オメガ〉は必死に体勢を整え、そして――
地響きとともに、森の斜面へと激突した。
――静寂。
しばらくして、機体のハッチが開いた。
「……全員、無事か……?」
銀野が顔を出し、周囲を見渡した。
南部、黒木、夜空、マイケル……みな辛うじて動ける状態だった。
だが、花丸の右腕が折れ曲がり、装甲がひどく砕けている。
その腕の中には、無傷の亜里紗が抱かれていた。
「は、花丸……!」
亜里紗は涙を浮かべながら、その顔を覗き込んだ。
「師匠が……無事で、よかった……です……」
電源が揺らいだ音が、花丸の声の背後から聞こえた。
「だめ、ここで倒れるなんて許さない……!」
亜里紗が叫んだ。
「……花丸は、まだ……歩けるよね?」
亜里紗の声は小さく震えていたが、その目は揺るぎのない光を宿していた。
地面に座り込み、破損したボディの一部を押さえながらも、花丸はゆっくりと頷いた。
「はい……少し、補助があれば……自力で歩行可能です……」
その声はノイズ交じりだったが、花丸の瞳には、いつもの“師匠”を想う忠誠が宿っていた。
「よかった……部品があれば、自分で直せるわね?」
それに対して、花丸はうなずいた。
「だったら……私、あの廃研究所に戻る」
「え?」
その場にいた全員が亜里紗を振り返った。
「そこなら、花丸が修理できる。ここからもそう遠くないし……」
銀野が前に出て、手を伸ばした。
「待て、亜里紗。いまは状況が違う。クローン望の目は、すでに日本全土を覆っている。君一人を、無防備に動かすわけにはいかない」
「無防備じゃない。花丸がいる」
「……その花丸は、今にも壊れそうなんだぞ!」
銀野の叫びに、亜里紗は一歩も引かなかった。
「でも、私が今、立ち止まって、ここで花丸を見捨てたら、二度と“私”を取り戻せなくなる。
私は、花丸を治したい。昔からそばにいて昔の自分を慕ってくれたくれたロボットを、自分の手で。何があっても、絶対に」
その言葉に、誰も反論できなかった。
長い沈黙の末、マイケル・クライン博士が咳払いを一つして前に出た。
「……仕方あるまい。君の意志は尊重しよう」
そう言って、けれど、亜里紗にポケットにあるUSBを出すようにいった。
「だが条件がある。そのUSBを刺して、君の力をすべて、解放しろ。
君がかつて犯した罪、その力、性格……すべてがそこにある。脳内干渉装置で封じられていた“本物の亜里紗”を蘇らせてくれ。」
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