Case 1-11 夢日記協会
入っていく菊池を確認したあと、南部たちは扉のほうへ駆けて行った。
夜気に溶け込むように暗い玄関先で、南部は手際よくスマートロックを分解していた。
外装パネルを外すと露出する基板。その中から薄い青色の配線を摘み、ニッパーでひと息に切断した。
「通知機能の回線、カット完了。これで警報は上がらん」
「何度見ても流石ですね」
隣で見守る亜里紗が小声で感嘆すると、南部は肩をすくめた。
「――元エンジニアだからな」
ぶっきらぼうな声と同時に、外したパネルを元に戻し、解除済みのパッドを亜里紗へ手渡した。
亜里紗はスコープで読み取っておいたパスワードを入力。
無音でロックが外れ、ドアが自動スライドで開いた。
家の中に亜里紗たちの侵入に勘付く気配はなく、南部の細工は完璧だった。
二人は安堵を胸に、薄暗い廊下を忍び足で進んだ。
奥からわずかに男と少女の声が聞こえた。
亜利紗たちはその部屋の前で停止すると、互いに無言で配置についた。
南部はドア隙間から極小カメラを差し入れ、映像と音をワイヤレス受信。
亜里紗は壁際に膝をつき、ケースから最新小型式レーザー砲、『光ノ槍』を取り出した。
銃身は片手で握れるほど細く、表面には操作用の薄いラインと冷却ポートのみ。
亜里紗はケーブルを自身の脳内干渉口に接続した。
――リンク開始。
視界の隅に、赤い円形の照準器が浮かび上がった。
脳内のわずかなイメージで射角が滑らかに追従し、トリガーは思考で完結する。
「室内、手前に菊池。奥、男一名――足を広げて座っている。武装未確認」
南部は部屋の状況を亜里紗に伝えた。亜里紗は照準を壁越しに仮合わせながら、南部に告げた。
「突入サインが来たら、私が男を制圧します。菊池さんにレーザーは向けません」
一方、薄明かりの部屋。
手前に立つ菊池は緊張でこわばりながらも、肩を揺らさないよう必死に呼吸を整えていた。
対面のソファには、足をだらしなく広げる田口という男。
高価そうなコートを羽織り、脂の浮いた頬に薄い笑みを貼り付けていた。
「よくやったもんだ、菊池。警察を騙すなんて、俺なら怖くて出来たもんじゃないぜ?」
嘲るような声。
だが菊池は感情を押し殺し、瞳だけで田口を見据え、震えない声で答えた。
「――母を返してください。」
言葉は短く、鋭かった。
その言葉を聞いた田口は、ソファの背もたれから身体をわずかに起こした。
薄暗い照明の下、顔の陰影はより深く、嗤うような声が部屋に低く響いた。
「それが条件だ。返してやってもいい――ただ、それがお前たちにとって幸せか、よく考えたほうがいい」
田口は椅子の肘掛けに肘をつけ、指をくるくると回した。
「今、俺らが母親をお前のもとに返したとして、何が残る? お前らは一銭もなく、母親はキャバクラで働き、またホスト狂いに戻るだけだ」
言葉は冷酷に、痛みを抉るように重ねられていった。
「お前のことなんて見ちゃいない。お前を救ったのは――協会と管理者様だろ? 俺たちは地獄から救ってやったんだ。人生の答えを与えてやったんだ!」
テーブルを叩く音が室内に響いた。田口の目は赤黒く血走り、その口角には歪んだ信仰心が滲んでいた。
「それで、お前の母親はお前を見てくれるようになったんだろうが! 恩を忘れやがって!」
一拍置いて、田口の声は低く、呪文のように静かに語られた。
「俺らに、お前らの全部を捧げれば――管理者様は幸せを見せてくださるお方だ。夢日記への導きの仕事に就き続けるなら、また母親との穏やかな日々を与えてやる……よく考えて選べ」
田口はじっと、菊池南海を見つめた。
沈黙が重く落ちた。
その視線は、彼女の意志を試す者のそれだった。
菊池は唇を噛み、顔をゆがめながら、揺れる感情と戦っていた。
――けれども、答えは、もう決まっていた。
「……私は、母とこの協会を出て、自分の力で母との生活を取り戻します」
言葉は震えていなかった。
はっきりと、まっすぐだった。
「私は誰かが作った偽の世界で生きたいとは思わない。
母に協会を通した目で私を見てほしいわけじゃない。」
声に宿る決意は鋼だった。
「母が今まで抱えていた苦しみと、私が本当に向き合って――そこから逃げないで、一緒に幸せを見つけたい。
だから、私はここを母と出ていきます」
その言葉を聞き、田口の身体がソファに沈んだ。
目を細め、右手で目頭を押さえた。
「……お前には、がっかりだよ」
かすれた声で吐き捨てたあと、静寂。
だがその沈黙は、次の瞬間に爆ぜた。
「こうなったらしょうがねぇ!」
突然、田口は椅子から跳ね起き、怒りに満ちた顔で叫んだ。
「協会の秘密を知ったお前たちを外に出すわけにはいかねぇんだわ!
お前を……夢の中に閉じ込めるしかねぇ!」
声が部屋に響き渡ったその瞬間、田口は菊池の首根っこを掴み、凶暴に引き寄せた。
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