【完結】トラウマモザイク

Arare

Case 1

Case 1-1 脳内干渉装置

 華やかな照明が煌々と照らす大ホール。

 赤い絨毯の上を歩くその姿に、無数のフラッシュが浴びせられた。

 スーツ姿の記者たちがカメラとマイクを構え、ざわめきの中心には一人の女性がいた。


 壇上に立つ金城亜里沙きんじょう ありさ

 黒髪を後ろで結び、キリッとした彼女の鋭い眼差しは記者たちの喧騒にも動じなかった。

 

 彼女の隣には、背筋を真っ直ぐに伸ばした制服姿の男が立っていた。

 警視総監・金城望きんじょう のぞむ――彼女の父であり、警察組織の頂点に立つ人物。

 その厳格な顔つきは、私情を一切感じさせなかった。だがその瞳の奥には、父としての誇りと、娘への複雑な感情が揺れていた。


「このたびの連続殺人事件において、金城亜里沙警部補は、犯人の逮捕に多大な貢献を果たした。

 勇敢な行動と冷静な判断力に、心からの敬意を表する。」


 そう言って、望は一枚の表彰状を亜里沙へと手渡した。


「――よくやった。」


 その一言は、感情を押し殺した声音だったが、確かに父親の温かさが滲んでいた。


「ありがとうございます。」


 亜里沙は深々と頭を下げ、両手で丁寧に賞状を受け取った。

 会場を包む拍手の波。その音は、まるで祝福の雨のように降り注いだ。



 テレビ局のカメラがその様子を余すところなく捉え、ニュース速報はすぐに全国へと放送された。


『世界で初めて、脳内記憶干渉装置の移植手術を受けた女性・金城亜里沙警部補。

 幼少期の凄惨な事件による記憶を克服し、いま、彼女は市民を守る正義の味方となった。』


 その報道を、警察庁の執務室で見ていた当の本人は、机に突っ伏しながらうめいた。


「そんなに期待されても困りますよ……」


「まぁ、仕方ないんじゃないか?」


 隣の席でコーヒーをすすっていた南部なんぶ警部が言った。


「脳内干渉装置で救われた人も多い反面、それを悪用した犯罪も増えている。

 世間が不安になるのも当然さ。その中で、お前みたいに“成功例”として活躍してる人間がいれば、そりゃ希望にもなる。」


「それはまぁ……そうですけど……」


 亜里沙がそう言いかけた瞬間、デスク上の電話が鳴り響いた。

 彼女が手を伸ばすよりも先に、南部が軽やかに受話器を取った。


「南部です。……了解しました、すぐに向かいます。」


 受話器を戻すと、南部は亜里沙に向き直って笑った。


「――正義の味方さん、早速事件だ。」


「その呼び方、やめてくださいよ!」


 不満げに言いながらも、亜里沙は素早く立ち上がった。


 部屋の扉に手をかけたときには、南部の顔も、亜里沙の顔も、任務に向かう者のそれだった。真剣さだけがそこにあった。


 扉が開かれ、今日も事件が、始まる。

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