第25話糞蠅の王
動き出したトマス君に縄を解いてもらい、並んでパンを食べる。
部屋の鍵が外から掛けられているので、出られない。
部屋の中を物色すると、棚の中からパンとパストラミとワインが出てきたので、小腹も空いているし、いただくことにした。
「トマス君、どこまで覚えているの?」
「う~ん、メタファーとメトミニーの授業を受けた記憶が薄っすらと……」
「あー、大切なところ全部忘れてる感じかー」
「なんかすいません」
「いいよいいよ、僕さらわれ癖もあるし、昔はよく近所のマダムとかにさらわれたりしたから、気にしないで。
それより、カチューシアさんが来ないと、ここからは出られなそうだね。
暇だし、ここは一つ、ゲームでもして暇を潰そうか」
部くとトマス君は二人棚の中にあった六つのコマを使う盤戯を指す。
トマス君はけっこう強いが、そこは先生である僕に気を使い、そこそこいい勝負をしてくれる。
接待ゲームは気持ちがいい。そう言えば奥さんも接待ゲームがうまかった。なんか奥さんのことを思い出すと、悲しい気分になってきた。
シュンとした僕を見て、トマス君が、
「どうしました先生?」
と、声をかけてくれる。
「うん……、なんか、お家に帰りたくなっちゃった」
「……そうですか」
と、トマス君もしゅんとした顔になる。
まあ、君が僕をさらったからこうなっているわけで、そこはおこってもいいのだけど、僕はトマス君と、カチューシア君を失うわけにはいかないのだ。
新しい学院長の改革により、生徒がいない研究室は統廃合されることとなり、魔法関係の細かい学科の先生たちは、阿鼻叫喚なのだ。
僕の異世界詩学研究室も、存続できているのはトマス君とカチューシアさんがいないと、人文学科に吸収され、宗教の聖典の解読とか、もうこれ以上こねるとこある?ってことを朝から晩までさせられることになる。
後、法律の解釈とか?
とりあえず絶対にそんな仕事はしたくない。
なので、生徒二人は失うわけにはいかないし、最低でもどちらか一人は残ってもらわなければ困るの。
なので、僕のミッションは、生徒二人を犯罪者にせず、二人を大学に残し、そしてここから抜け出し、家に帰ることだ。
ゲームをし、ワインを飲み、パストラミをつまんでいると、なんか楽しくなってきた、仕方ないので、森でおばあに仕込まれた尻ペタを両掌をで叩きながら踊る尻ダンスを披露していたら、トマス君が、
「先生!!」
と、覆いかぶさってきたところに、
「せんせーい!! お待たせしました! カチューシアがまいりましたわー!!」
と、ドアが全開になり、満面の笑みを浮かべた、カチューシアさんが踊るように部屋になだれ込んできた。
そして、下半身丸出しの僕に後ろから覆いかぶさるトマス君を見て、固まった。
◇◇◇◇
うむ、久方ぶりに吾輩の本分を思い出した気分である。
吾輩は、糞蠅の王となる前、冬の雨の神であった。
吾輩の中には、雨があり、水があったのだ。
ベルゼブブである前に、バアル・ゼブルであったのである。
雨は吾輩であり、水は吾輩であるのだ。
目が開く。
目の前には横たわる白いベルフェゴールが見え、その体に纏わりつく水の呪いを前足で叩き、霧に返す。
首を振り起き上がるベルフェーゴールの白い毛皮に頬をよせ、ベロで舐めあげると、ベルフェゴールも目を開き、吾輩の黒い毛皮を舌で舐めあげる。
「目を覚ましたか、使えぬ悪魔殿たちよ」
目の前にはベッドに横たわる飼い主のつがいが、吾輩を睨みつけている。
「悪魔殿が封じられていたため、我は指一つ動かせなんだ。なるほど、使い魔とはこのような弱点もあるのだな、これからは、気をつけろよ悪魔殿」
うむ、ここは飼い主とつがいの家のようだ。誰かが喫煙所から吾輩とベルフェゴールをここに運んでくれたらしい。
チラリとつがいの横に立つ年老いたメイドを見ると、目礼したのでこやつであろう。
それでどうだ魔王殺しよ、動けそうか?
「まだ体が、言うことをきかん」
震える左手を布団から出しかかげる。
では、吾輩と、ベルフェゴールで処理しよう。
「できるのか? 我の悪魔殿への信用は、地に落ちているのだが?」
うむ、お前は飼い主のつがいだから、その非礼を許そう。
お前は吾輩を何だと思っているのだ?
サタンを凌ぐ悪魔の王と呼ばれ、サタンと同一視される悪の権化。
糞蠅の王、べルゼブブぞ。
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