第30話 駅に潜る人々

午前8時、新宿の街並みはいつもと変わらぬ喧騒に見えた。

だが、歩く人々の足元には微細な揺れが走っていた。


構内では、地上駅の出口が徐々に閉鎖され、代わりに“案内のない”階段が開いていた。

目的地の表示はなく、ただ階段が“在る”。


そこで一人、また一人と、人々は吸い込まれるように地下へ向かい始める。


無意識の選択。

誰にも止められない衝動。


>「記憶の密度が飽和した個体を、都市が招いています」


そう、アナウンスが告げていた。


玲央は駅の通路で、奇妙な光景を目撃する。

スーツ姿の会社員、学生服の少年、買い物帰りの老婦人――誰もが静かに、表情なく0番線の方へ進んでいく。


だが、彼らの顔には“誰か”の記憶が浮かび上がっていた。

若き日の別人、亡くなった家族、過去の自分。

それぞれが“顔の履歴”を纏いながら、駅に潜っていく。


美咲が震える声で言う。


「都市が……人々に“顔”の役割を与え始めてる」


つまり、都市はもはや選ばれた人間を収集するのではない。

都市自らが“人間の顔を配役”し、新たな記憶を紡ごうとしている。


そして今――片桐の目に映ったのは、ホームの片隅で膝を抱える少年の姿だった。


顔は、片桐自身。


「……俺?」


少年は言った。


「あなたは、僕の記憶の続きを歩いてくれますか?」


それは“駅が紡いだ人格”の分岐点。

誰かが駅に潜れば、都市はその顔を再利用し、自らの“過去”を再構築する。


玲央がその様子を記録しながら、呟いた。


「駅は、もう記憶の博物館じゃない。これは、都市が人間を“編む”空間になった」


そして、すべての階段が接続され、地上の人々が静かに潜っていった。


彼らの顔が、都市の“新しい人間”となるために。

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