第15話 顔交換

深層プラットフォームに立つ玲央の前に、異形の電車が再び滑り込んできた。

車体の表面には無数の顔が張り付いており、それぞれ微細に動いていた。


駅のアナウンスは、いつもの言葉に異物が混ざる。


>「まもなく、顔交換の準備が整います──。」


彼は扉が開くのを待った。

そこには鏡張りの車内が広がり、自分の姿が無数の角度で反射していた。

だが、すべての鏡に映るのは“違う顔”。若い頃の自分、笑ったことのない自分、黒川に似た顔──どれも“あり得たかもしれない”自分だった。


乗客が一人、ゆっくり近づいてくる。その顔は玲央と瓜二つ。


「君は、僕を選ぶのかい?」


声には確かに自分の口調が含まれていた。

だがその言葉の温度が違った。


男が手を差し出すと、車内の鏡が砕け、無数の記憶の断片が映像となって降り注ぐ。

玲央の子供時代、取材現場、亡くなった母の微笑み……それらが誰かの“顔”の中へと吸い込まれていく。


「顔は、記憶の扉。交換すれば、過去も未来も塗り替えられる」


玲央は思った。

この空間では、人格と記憶が切り離されている。

他者の顔を選ぶことは、別人として歩む選択でもある。


「俺は……俺でいたい」


だが、男は微笑んだ。


「君がそう言うのは、何度目だと思う?」


その言葉に怯んだ玲央。

この空間は彼の“複製された記憶”によって何度も再構成されているかもしれない。

つまり、彼は既に何度か顔を交換しているのでは……?


電車の壁が裂け、そこに無数の“顔の棚”が現れた。

各顔にはラベルが貼られていた。


>「斎藤玲央 / Ver.3.1」

>「斎藤玲央 / Ver.2.6」

>「斎藤玲央 / 廃棄」


玲央は言葉を失った。

この駅は、彼の“顔の履歴”を保存していた。


電車が動き出す。

その中で、彼は自分の顔を守ろうと拳を握った。


だがその掌には、見覚えのない傷跡があった。


これは――誰の記憶なのだ?


駅の声が静かに囁いた。


>「顔交換完了。新たな乗客として、記憶の列へようこそ」


車窓に映る街は、少しだけ違っていた。


玲央は、誰かになっていた。

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