第6話責任は肩代わりできない

 列車の揺れに合わせて、車輪の音がリズムを刻んでいた。

 古びた車両のなか、俺たちは四人、向かい合って座っている。

 俺の目の前にいる、無愛想なロングコートの男――キサラギは、苛立っているのかずっとタバコを吸い続けていた。

 どうやらこの列車は、キサラギの所属する研究室の調査隊が管理しているらしい。そうでもなければ、こんなヘビースモーカーはとっくに降ろされているはずだ。

 意外なことに、スケッチブックを肌身離さず持っている少女――ニアと、アサヒはすぐに打ち解けた。

 といっても、言葉を交わすわけではない。ただ並んで景色を眺めているだけなのに、不思議と馴染んでいた。

 弟をよく知っているレイから見ても、ニアはどこかアサヒに似ていた。だからかもしれない。

 ふと窓の外を見ると、広大な海が広がっていた。

 町を出たことのない二人にとって、それは言葉を失うほど衝撃的な光景だった。

「……綺麗だね」

 ニアがぽつりと呟く。

 アサヒは黙ったまま、興奮気味に首を何度も縦に振った。

「僕、先頭車両でスケッチしてくる」

「待って! 僕も行く!」

 ニアが立ち上がり、アサヒも慌ててあとを追う。

 ――キサラギと二人きりになるのは、とてもじゃないが耐えられない。

 レイも続こうと腰を浮かせかけた、そのときだった。

「おい、待て。……クソガキ」

 背中に声をかけられ、レイは思わず立ち止まる。

「何度も言わせんな。お前は邪魔だ。帰れ」

 振り返ると、キサラギが鋭く光る目で俺を見据えていた。

「そもそも、お前は医者なんて器じゃねぇ。どうあがいても弟にはなれねぇ」

 肩がわずかに動いた。

 それでも、レイは視線を外さなかった。

「てめぇがどれだけ賢かろうがな。弟にはなれねぇ。……あいつは剣を抜いちまったんだ。責任の肩代わりなんざ、できねぇんだよ」

 そんなことは、痛いほどわかっていた。

 それでも――アサヒにすべてを背負わせるのは、兄として許せなかった。

「……わかってるよ」

 低く、搾り出すような声だった。

 それでも、レイは続けた。

「……でも、一人で行かせるわけにはいかないだろ」

 キサラギはしばらく沈黙したまま、煙草をくゆらせていた。

 やがて、小さく舌打ちし、傍らに置いてあったレイの剣を投げた。反射的に受け取る。

「てめぇが前線に立つってんなら、考えてやらねぇでもねぇ」

 そう言いながら、キサラギは銃を抜いた。

「俺らは医者じゃねぇ。調査員だ」

 キサラギの銃声が車内に響いた。レイは身を翻して避ける。

「お医者様を連れてくこともあるがな……基本は戦闘要員だ。お医者さんごっこしたいガキなんざ、連れてけねぇんだよ!」

 蹴りが飛んできた。

 寸前で刀で受け止めようとしたが、力の差は歴然。レイは車両の最後尾まで吹き飛ばされた。

 さらに銃弾が頬をかすめる。

 逃げ場はひとつしかなかった。レイは屋根の上へ飛び出した。

 風。振動。唸る鉄の音が、二人の沈黙を切り裂く。

「てめぇは本当に、医者になりたいのか?」

 キサラギが銃口を向けたまま訊いてくる。

「……俺は、誰かの代わりになりたいんじゃない」

 そうだ。

 別に石つきが羨ましいわけでも、自分に自惚れてるわけでもない。

「だったら、何だよ」

「……俺は、誰かを置き去りにしないために、ここにいる」

 引き金が引かれる。

 レイは身をひねって弾丸をかわし、屋根の反対側に転がる。続けざまに飛んできた2発目が、風を裂いてすぐ背後をかすめた。

「反応だけは一丁前かよ!」

 キサラギが笑った瞬間、俺は剣を構え、一気に距離を詰める。

しかしキサラギは身を沈め、足払いをかけてきた。

 脚が浮いた――だが、即座に腕をついて体勢を立て直し、剣を振り下ろす。

 金属音。弾ける火花。

 キサラギは片手で銃を構えたまま、剣を受け止める。

「俺は戦える。判断もできる。だったら――」

「調子に乗んなよ、ガキが!」

 キサラギが二丁目を抜く。

 レイは横に跳ね、銃撃を剣で受け流しつつ反撃に転じる。

 だがその一発が剣の腹を貫き、右腕をかすめた。痛みが走る――けれど足を止めなかった。

「――やることは一つだろ!」

 踏み込みと同時に、剣を振り抜く。

 鋭い軌道が、キサラギの肩を浅く裂いた。

 風の中で、赤が舞う。

 キサラギの表情が一瞬だけ変わった。

 無言で、煙草を落とす。

「……ひとまず、俺らについてくるのは認めてやる」

 レイは一歩前に出たまま、深く息を吐いた。

 ふたりの間には、列車のリズムだけが流れていた。

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