第3話:第一モンスター遭遇

 見ると、その先には全高二メートル近い白いマーガレットが咲いていた。

 

 ついさっきまで、そんな物生えてなかったのに。


「綺麗だよね?」

 とチーちゃんが振り向いた瞬間、マーガレットは直径五十センチはありそうな花弁の中央を、蛇が鎌首をもたげるように、彼女に向けた。

 その中央に裂け目が開いて、びっしりと、ノコギリみたいな白い牙が覗いた瞬間、私は躊躇なくTACを抜いた。

「伏せて!」

 言いながら引き金を引いた。

 花弁ど真ん中の三点射。

 世にもおぞましい苦鳴をあげながら、凶悪特大マーガレットはのたうち回る。

 血なのか、それとも樹液なのか判らない青い液体が、周囲に撒き散らされる。

 その間にトテちゃんがチーちゃんを抱えて横に飛ぶ。ナイスフォロー。

 私は狙いをマーガレットの茎に定め、さらに三発をぶち込み弾倉を替える。

まだ一発弾倉に残ってるが、その一発を惜しむより、フル装填の弾倉で次に起こる事態に対応すべきだ。

 だが、どうやらその心配はなかったようだ。

 凶悪特大マーガレットは茎を撃ち抜かれ、首を落とされたように花の部分を地面に落とすと、そのままシオシオと枯れていった。

「あれまあ」

 振り向くと、カートにキャンプ用具一式を積んで車からおりてきたいちかさんが立っていた。

「のっけからビッグフラワーと遭遇とはねえ」

「どれくらい強いんですか?」

「この世界で言うとレベル10前後、序盤の冒険者が大量に呼び込んで苦戦するタイプのモンスターよ。根っこ引き抜いてごらん」

 言われたトテちゃんがおっかなびっくり、茎の根元に手を添えて引き抜くと、ジャガイモの根っこのような地下茎に、ぼろきれにくるまった金貨がびっしり絡まっていた。

「うわあ!お宝!」

「普段は土の中に潜って、会話を感知すると人の意識の切れ間を見計らって現れるのよ」

 それで私の感知能力に引っかからなかったのか。

 いや、まだ鍛錬が足りない、それだけだ。

 私の持っている能力「感知」は達人レベルになれば、数キロ先からの狙撃どころか、唐突な自然災害の予兆さえ感知できる。

「金貨はそいつの犠牲になった人たちの持ち物だから、回収して供養代わりにあとでどこかに寄付するなり無駄遣いするナリしましょ」

 いちかさんはサバサバといい、キャンプ用品をその場に広げ始めた。

 モンスターはすでにカサカサになって灰のようになり、そよぐ風に消えていく。

「ひいふうみ……えーと、これ大体金貨五〇〇枚、銀貨二〇〇枚ってとこかな?」

「だねー」

 子猫ふたりは初めて見る「金貨」に興味津々のようだ。

「どういう人たちが、持っていたんだろうね」

「あのお花さんに食べられたの?」

「多分な。レンちゃんが居なかったら俺ら、死んでたかも」

「そだね。レンねーちゃん、ありがとー!」

 チーちゃんが手を振る。

「……」

 自分が異世界に来て、ものの1時間もしないうちに、最初のモンスターを倒してしまったことに、私は気づいた。

 派手な音楽も、レベルアップの音もない。


 私の初めて知る異世界は、えらく無味乾燥ハードボイルドだ。




◇その第一幕:初日(夕方~夜)




 とりあえず、いちかさん後部座席に放り込んであった木の踏み台に上り、ジムニー・ノマドの後部ハッチからキャンプ道具を取りだした。

 私も手伝う。

 青白緑赤のラウンジチェア四つに折り畳みテーブルを広げ、少し離れた所に、折りたたみ式のキャンプグリルが銀色の姿を現し、その中に段ボール箱から取りだした備長炭が詰まれる。

「着火剤、下に敷かなくていいんですか?」

 私が尋ねると、

「あ、これね、もう下に敷いてあるのよ」

 と、いちかさんは指先で、ちょいと備長炭をつまみ上げた。

「あー。なるほどもうシート状のやつを先に入れてたんですか」

「火でご飯炊くの?」「飯ごういる?」

 レンの後ろでチータカとトテチタのふたりの子猫がそれぞれ腰の小さなパウチの蓋を開けようとするのを、いちかさんは手を上げて制止した。

「主食のご飯はもう用意してあります……じゃーん!」

 いちかさんがちょっと後ろ向いて元に戻ると、その手の上には大皿、そして大量のいなり寿司が山を成していた。

 三角形で、大きめの皮に程よく酸味を調整した酢飯とぱらりとごまが振られてるだけの沖縄風。

「丸一の稲荷寿司だー!」

 子猫二匹が両手を挙げて満面の笑みになる。

 沖縄名物B級グルメの一つ、丸一食品のいなり寿司。

 わずか2店舗で売られるのみだが、お昼時には長蛇の列が出来るという名物。

「チキンはないの?」

 チータカが小首を傾げるが、いちかさんはにんまり笑って、大皿をレンに手渡すと、もう一度後ろを向いて、振り向いた。

 途端に芳醇なニンニクの香りが辺りに漂う。

「わーわー!」

 山盛りになったのは、黄金色した肉の山。同じく丸一食品の鶏の唐揚げである。

「いつ買ってきたんですか、こんなもの」

 私が驚くのも当然で、この異世界行きはつい2日前に決まり、子猫たちと今日の出発直前までドタバタしていたのである。

「ああ、そこはモルフェノスのメイドさん達にたのんだ」

「!」

 自分の顔がこわばるのがはっきり判った。

「モルフェノスのメイドさん達」とは世界有数の大富豪、アントニア・リリモニ・ノフェンデラス・パパノーガス・アレクロテレス・クノーシス・モルフェノスの補佐をする世界最強とも謳われるメイド部隊のことだ。

「ちょいとお使いお願い」と言える相手ではない。

 少なくとも私の生きている業界においては。

(……だめだ、この人と一緒に居る限り、こういうことには慣れないと……)

 子猫たちの警備について二ヶ月、そろそろ慣れてきたと思っていたが意外とそうでもないらしい。

「ところで、何を焼くんですか?」

 気分を変えるために料理の話を振ってみた。

 どちらも湯気が立ちそうなほど暖かい。

「そりゃもー。これじゃ足りないお野菜よ。タマネギピーマン、ネギキャベツ!」

「えー!」

 子猫たちは不満顔だ。

「トウモロコシもあるよ」「……なら」「まあ」

「野菜食べなきゃだめよー」

「でも……ピーマンはともかく、タマネギは危険な気がする」

「でんじゃーだとほんのーがささやく」

「なー」

 何万光年もの旅が出来る超技術を持っている異星人でも、猫らしくネギ類は苦手らしい。

 くすっと私は笑ってしまった。

 その辺の愛嬌がやはりキャーティアだ。


 同時刻。

「大丈夫か……」

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