#05 道鷹は道力卜占に向かう

 信通のぶみちと言い合いになって数日が経ち、道鷹は全く彼と顔を合わせていなかった。売り言葉に買い言葉で言いすぎた自覚のあった道鷹はどうにか謝罪し、関係を修復したいと願っていたが対面しなければどうにもならない。信通は朝誰よりも早く起床し出かけた後、道鷹が眠ってから施設に帰り、食事も外でとっているようだった。そんな信通に直子はおかんむりだったが学校には出席し、施設にいない以外は問題行動をとっていないようで一旦ほったらかしにしている。

 

 この数日間、道鷹は信通との関係に悩みながらも道力卜占どうりきぼくせんについて考えていた。とはいえ彼には陰陽師についての知識が乏しく、直子に聞こうにも何から聞けばいいのかわからない状態だったので考えが進むことはなかった。学校の図書室でとっかかりがないか調べたりもしたが、結局とりあえずやってみてから考えようと道鷹は問題を先送りにした。


 直子に道力卜占を受けることを伝えてから数日が経った深夜12時、道鷹は眠い目をこすりながら直子と二人、夜道を歩いていた。

 「直子さん、道、逆じゃない?亀岡の神社あっちだよ」


 「それがね、さっき連絡が来て八幡神社の方でやるらしいの」

 直子も言いながら自身も訳がわからないようで首を傾げた。


 「え⁉︎あのでっかい鳥居の?」


 「そう、今までずっと亀岡の方でやっててそんなことなかったのにね」


 「そんな急に場所変えてやれるものなの?」


 「一応……?八幡神社なら大体どこでもできるはずよ。必要なのは神社が立ってる場所と道力を測る人だけだから」

 そう言いながらも、やはり直子はどこか訝しげに手を顎にあてている。


 「八幡神社ならどこでもいいってどういう意味?」


 「えっと……たしか祀っている神様が武芸の神様だからってことと場所がちょうどいいって話だったはず」


 「陰陽師って武芸の範囲に入るの?」


 「たぶん……?まあ戦うことは主な役目の1つだから間違ってはないと思うわ」

 道鷹は直子の言葉にあまり納得はできなかったがひとまず脇におき、もう1つ気になったことを口にする。


 「じゃあ場所がちょうどいいってのは?」


 「八幡神社は日本で一番数が多い神社なんだけどそのほとんどが異界の門の上に建てられてるの」


 「いかい?」


 「そう、異界、妖怪とかが住んでる世界のこと。タカはそういうの見たことないと思う、でもそれは見方を知らないことよりもアイツらがずっとこの世界にいる訳じゃないからってのが大きいの」

 道鷹はまた1つ自分が知らないこの世の不思議に触れたことに興奮を覚えながらも頷くことで直子に先を促す。


 「道力を測る人達はほとんどその異界由来の能力で儀式を行うから門がある場所は異界の力を使いやすい場所でもあるの。だから儀式の仕事もこなしやすいってこと」


 「でも門があるならそこから妖怪出てきたりするんじゃない?」


 「それは神社が建てられていることである程度抑えられるの。だから八幡神社は神様を祀る場所だけど、異界の門から敵が出てくるのを抑える場所でもあり、異界からの力を使いやすい場所ってわけ」


 「なるほどね」


 そうして車がすれ違うのもギリギリの細い道を抜け、国道を歩いていくと目的地の入り口前のわかりやすい目印が見えてきた。そんな目の前の太い道路には似合わない一般的なものよりもかなり大きい鳥居を見上げて直子はこぼす。

 

 「やっぱりわざわざこんな立派なところでやる理由がわかんないわ」


 「ほんとに心当たりないの?」


 「うーん……1つこれかなってのはあるけどタカの場合当てはまらないと思うの」

 直子はそういいながらもやはり納得がいかない様子で言葉を続ける。


 「道力があまりにも大きすぎる場合は、より強力な異界の力がないと正確に測れないことが多いの。例外もあるけど神社の規模が大きければそこにある異界の門から引き出せる力も比例して強くなるから――」

 そこで直子はふうっと大きく息をついた。


 「ただそこまで道力が大きいならタカも力を制御できずに何かしら見えるか起こすかしてたと思うのよね」

 

 そうして消えない疑問について話しながら歩いていると杉林に囲まれる古びた横長の建物の前に一人の老人が立っていた。その老人は顔と薄い白髪だけを見れば80をゆうに超えていそうだが、ピンと伸びた背筋と紫色の袴に浮き出るような白い模様が見た目にそぐわない若々しさをもたらしている。彼は道鷹達に気づくとススッと近づいてきた。

 

 「夜分にご苦労様です。私こちらで宮司を務めております田井中と申します。加茂様で間違いございませんか」

 直子がはい、と頷くと彼は道鷹に目を向けた。


 「それではそちらが芦屋様でいらっしゃいますね。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


 「芦屋道鷹です」


 「道鷹様、良いお名前ですね。それではご案内いたします」


 道鷹は自分だけ名前を確認されたことに少し疑問を抱いたが、先へ進む田井中につられて歩き始めた。トンネル状の建物を抜ければ、見るからに凝った作りの本殿が目に入る。しかし、昼間であれば日の光に照らされて眩いばかりに輝くであろう金色の彫刻もこの時間ではどこかくすんで見えてしまう。そんなやしろの前に置かれた賽銭箱の横を抜け、草履を脱ぐと田井中はそのまま段を登り、社の中に入っていく。それを見た道鷹は戸惑いながら直子に囁く。


 「これ入っていいの?」

 隣の直子にも聞き取れるか怪しい蚊の鳴くような声であったがそれに対する答えは社の中から飛んできた。


 「問題ございません。お履物はそちらに揃えてどうぞこちらへ」


 ほんの小さな音に答えを返せる田井中の聴力と、いけないことをしているような気分の2つにビクビクしながら道鷹は直子と共に先へ進む。


 中には畳が敷かれ、灯りに照らされた金箔と漆で輝く祭壇が正面にあった。その祭壇脇の細い空間を抜ける田井中に続くと人が両腕を広げた大人が2人並べるほどの通路に出た。さらに歩くと先ほど見た社の内部に似た光景が広がる。しかし、作りは似ていても受ける印象は大きく異なっている。壁際には蝋燭がズラッと並べられそのぼんやりとした光で照らされる祭壇は金でも黒でも無く、真っ白であった。


 その祭壇の前には田井中と似たような服を着た老婆が正座でこちらを向いていた。しかし、田井中は白の着物に紫の袴を身につけていたが彼女は白い着物に白い袴、袴に浮き出る模様も白と後ろの祭壇に溶けこんだように見える。そんな中黒々とした髪と日に焼けた皺の入った顔だけが浮いていた。


 彼女を見た直子は目を見開いて口をパクパクと開け驚きを隠せない様子であったがそんな直子を全く気にすることなく道鷹と目を合わせ老婆は獰猛に笑った。



「よう来た。最後の芦屋」

 

 

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