第15話:タカハシ部長の「時間」と重なる世界

ナツミの「哀しみ」とアキの「願い」が融合し、開かずの扉が消えたカフェ「ルナ・マーレ」は、いつもより穏やかな朝を迎えていた。


壁の古時計は、まだ止まったままだが、その針はわずかに過去へと逆回転した位置で静止している。


ナツミの「心のBGM」は、温かいシナモンの香りに、微かな希望のメロディが混ざり合っていた。


ハルカは、それぞれのバグがカフェの歪みと密接に連動していることを肌で感じていた。

リョウの未来視、ミサキの隠蔽、ユウトの忘却、そしてナツミの過去。

全てのバグが、あの「多重衝突事故」へと繋がっている。


「やっぱり、あの事故が全ての原因なんですね……」


ハルカがカウンターのナツミに声をかけた。

ナツミは、穏やかに頷く。


「はい。あの日から、私の時間は、アキと一緒に止まってしまったように感じていました」


ユウトが腕組みをして言った。「じゃあさ、古時計の時間が逆回転してるってことは、あの事故をやり直せるってことなのか!?」


ミサキはスマホを操作しながら、冷静に答える。

「理論上は可能かもしれないけど、そんなことしたら、未来が変わっちゃうわよ。取り返しのつかないことになる可能性もある」


「……その通りだ」


静かに声が響いた。全員の視線が、奥の席に座るタカハシ部長に集中する。

彼の「心のBGM」は、相変わらず荒れ狂う嵐の中の不変のクラシック音楽だ。しかし、その音色に混じる「軋み」が、今日は一段と大きく感じられた。


タカハシ部長は、ゆっくりと立ち上がると、テーブルに置いてあった銀色の懐中時計を手に取った。それは、ミサキがかつて手にした古時計のキーホルダーと酷似していた。


「このカフェは、君たちの『失われた日常』が、この空間に呼び寄せられた結果だ」


部長の声が、カフェ全体に響き渡る。照明が明滅し、壁の絵画が歪み始める。カフェの空間が、彼らの動揺に呼応するように、不安定に揺らいだ。


「君たちは皆、『あの日』に深い後悔と未練を抱え、現実から目を背けている。その『バグ』が、このカフェの『時間』を歪ませている」


タカハシ部長は、懐中時計を掲げた。

すると、時計の文字盤から、無数の細い光の筋が放たれ、カフェの壁に複雑な模様を描き始めた。それは、まるで世界の時間軸を示すかのような、膨大なデータの羅列だった。


「その『多重衝突事故』は、君たちだけのものではない。あれは、複数の異なる『世界』の時間軸が、一瞬だけ重なったことによって起きた『時間座標の衝突』だ」


部長の言葉に、ハルカたちは息をのんだ。


「時間座標の衝突……!?」ユウトが驚愕の声を上げた。


リョウが、眉間に深い皺を寄せ、壁に映るデータに目を凝らした。

彼の「心のBGM」が、高速で情報を解析する音を立てる。


「つまり、俺たちが事故に遭った時、別の世界でも、同じような事故が起きてたってことですか!?」


ハルカが尋ねると、タカハシ部長は静かに頷いた。


「そうだ。そして、その『衝突』は、君たちの『脳内システム』に深い歪みをもたらした。それが、君たちの『バグ』の正体だ」


部長は懐中時計を軽く振った。

すると、カフェの空間が、まるで水面に石を投げ入れたかのように波紋を描き、彼らの目の前に、半透明の光景が重なって現れた。


それは、彼らが見た「多重衝突事故」の現場だった。

炎上する車、散乱する破片、そして……ナツミの隣にいたはずのアキと、同じ場所にいる、別の少女の姿。その少女は、リョウに酷似した少年と手をつないでいた。


「これは……! 私たちと、同じ事故に遭った、別の世界の私たち!?」ミサキが信じられないといった表情で叫んだ。


「タカハシ部長、あんた、一体何者なんだ!?」ユウトが詰め寄る。


タカハシ部長は、懐中時計を胸元に戻した。

彼の「心のBGM」の「軋み」が、一層激しくなった。


「私は、君たちを『元の世界』へと戻すために、このカフェ『ルナ・マーレ』を開いた。そして、君たちの『バグ』を『個性』として受け入れさせることで、歪んだ時間軸を修正しようとしている」


彼の言葉に、ハルカたちは愕然とした。このカフェは、バグを直す場所ではなく、「世界」そのものを修正する場所だったのだ。


「そんな、私たちだけの力で、世界を元に戻せるなんて……!」ハルカは震える声で言った。


「君たちの『バグ』は、単なる欠陥ではない。それは、君たちが『あの日』に受けた『時間座標の衝突』から生まれた、『別の世界』と繋がる特別な能力だ」


タカハシ部長は、リョウ、ミサキ、ユウト、ナツミの順に視線を送った。


「リョウの未来視は、無数の可能性が重なる『多重世界』の観測。ミサキの真実の隠蔽は、『現実』と『虚構』の境界の曖昧さ。ユウトの忘却は、『時間軸』における情報の取捨選択。そして、ナツミの霊視は、異なる時間軸に存在する『存在の残滓』を見ている」


部長の言葉に、彼らのバグが、単なる個人的な問題ではなく、世界規模の壮大な現象と結びついていることが明らかになった。


「このカフェは、君たちの『心のBGM』が奏でる『調和』によって、時間軸の歪みを修正し、失われた日常を取り戻すための場所。だが……」


タカハシ部長は、一度言葉を切った。彼の視線は、カフェの壁の古時計へと向けられる。止まった針が、まるで彼の言葉に呼応するように、微かに震えていた。


「……残された時間は、もう少ない」


彼の言葉と共に、カフェ全体を覆う紫色の光が、再び激しく脈動し始めた。それは、この世界の時間軸が、限界を迎えつつあることを示唆しているかのようだった。


ハルカは、タカハシ部長の言葉を反芻した。彼らのバグは、世界を救う鍵?そして、残された時間は少ない?


「私たちは……どうすればいいんですか……?」


ハルカの声が、揺らめくカフェの空間に響いた。


(つづく)

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