第6話 ロマンティックな思い出

 光一がリュックにボールをしまった後、僕たちは公園を出て、公園と学校の間を通る帰り道を歩いていた。

 学校側の道はかなめの心情的にまだ歩きにくいだろうから、公園側の道を通っている。


 途中、光一が、弟が家に一人ぼっちなことを思い出し焦り、走って帰ってしまったため、今は僕とかなめの二人だ。


 また暗い気分にならないように、楽しい話題を話すようにしていると、自然と中学時代と関連した話になった。


 三組の須田、今東京にいるらしい。

 米沢先生、結婚したらしい。


「あ。あのベンチ。覚えてる?」


 ほかにはなんかあったかなぁ、と思い出していると、かなめが話を振ってきた。

 なんでもないベンチだ。

 初めて見た気がする。というか、ベンチなんてどれも見覚えがない。

 

 必死に思い出していると、かなめがクスクス笑ってきた。


「わかんないか。あたしにあんな恥ずかしいセリフ言ったのに」

「無理だ。まったく記憶にない。僕なんて言ったっけ。……いや、でも、恥ずかしいなら思い出したくないかも……」

「石田は割と頻繁に恥ずかしいこと言ってるけどね」

「え」

「じょーだん」


 それが本当に冗談なのか、笑っているかなめからは判別がつかない。

 そうなのか? 僕ってそういうこと言うのか?


「ここはさ。あたしが区大会で負けて、あんたに慰めてもらった場所」

「そんなことあったっけ?」

「あったよ。中三の引退試合だった。接戦で負けて、めちゃくちゃ悔しかった」


 そんなこともあったような、なかったような。

 たしか、部活を止めてからは、かなめや光一が試合するときには必ず足を運んでいたはずだ。かなめは試合に勝っても負けても泣くから、どれがどれだったとかよく覚えてないのだ。


 だから、覚えてなくても、まぁ仕方ないはずだ。うん。


「泣いてて帰れないからって、そこのベンチで慰めてくれたんだよ」

「あー思い出した。そこの総合会館でやってた大会だ。試合の後声掛けたら、ありえないくらい泣き出したときのやつでしょ」


 たしか、あの試合を見に行ったのは僕だけだった。光一はそのころ、県大会に向けての練習で忙しくしてて、時間があるのは僕くらいだったはず。


「そうそう。覚えてんじゃん。よかった。あたしだけの思い出じゃなくて」

「まぁ、ギリギリだったけどね」


 なんなら今だって半分くらいしか思い出せてない気がする。


「それで? 恥ずかしいセリフってのは?」

「そうそれね。あんた泣いてるあたしに、もしヒーローに憧れてる人がいたら、かなめのこと絶対好きになるよ、って言ったんだよ」

「……なんか思ってたよりも恥ずかしくないな。そんなに恥ずかしいセリフかな、それ」

「その時も恥ずかし気なんて一切なく言ってたよ」


 多分それは、かなめが、自分の力不足だとか、みんなを裏切っちゃったとか、そういうことで泣いていたから、それを否定するために言ったのだと思う。だから、恥ずかしいことじゃない。


 だいたい、それが恥ずかしいことなら、鈴夏との会話は全部恥ずかしいものになってしまう。


「でもうれしかったけどね。てっきり、こいつあたしのこと好きなのか?って思っちゃったくらいには、うれしい言葉だった」

「一応言っておくけど、好きだったわけじゃないよ? ただ、励ましのつもりで言っただけ。好きな人には、もっとロマンチックなこと言うよ」

「へぇー。これよりもロマンチックなこと言うんだ。どんなのよ?試しに聞かせてごらん」

「いやだよそんなの」

「いいから。言ってみ。てか言え」


 かなめは僕の前で道をふさぐようにして立ちふさがった。僕が言うまで進ませないつもりらしい。こうなったらたとえ完全に日が落ちても、かなめが満足するまでは帰れない。以前退部の理由を聞いてきたときもこんな感じで吐かされた。


「ほら。はやく」

「あーもう…わかってるって。今考えてるから」


 急に言われたって思いつくもんでもないだろうに。

 僕は頭の中でシチュエーションをシミレーションしながら考えてみた。

 

 だめだった。

 迫られたこの状況では、まともな想像ができない。

 いっそ逃げてしまおうと、かなめの隙をうかがってみると、ふと見覚えのある人影が見えた。


 その人影は学校側の道にいて、フェンス越しにグラウンドを見ていた。

 僕は彼女にこう聞くだろう。


「なに見てるの?」

「はい? どういう……」


 かなめは僕の視線に違和感を持ったのか、その視線の先を追った。そして、彼女を見た。


「―――あ……そっか。そう、なんだ」


 その時どんな表情をしていたかはわからない。彼女を見ていたから見えなかった。

「あ、でも、これ全然ロマンチックじゃないか。もっと別のやつ考えるからちょっとまって」

「――いや。いいよ。きっとそれもロマンチックだと思うし。もう、満足したから」

「え、マジか。これでクリア?」


 意外に簡単だった。なんだかかなめにしてはあっけなく引いてくれたように思う。

 それとも、呆れたんだろうか。大きなため息をついているし、そうかもしれない。


「――ねぇ。こっち見て」


 僕は言われるがままかなめのことを見る。


「なに?」

「あたしさ。バレーやっててよかったって思ってる。あんたのおかげ」


 想像していた言葉ではなかった。てっきり、文句の一つでも言われるかと思っていたが、かなめの真剣な表情からはそういったものを感じない。


「あのセリフ、そんなに効いたの?」

「そうかもね。……バレー、これからも続けるから。今回のことで辞めたりしない。委員長にも謝る。許してもらえなくても、謝らなくちゃだから」

「うん。そうだね。それがいい」

「それで、もう一度あんたたちの友達だって胸張れるようになる。あんたたちの期待を裏切らないように、泥臭くても頑張ってみる。だから、だから!」


 そして最後に頭を下げて、消え入りそうなほど泣きそうな声を絞り出して言った。


「応援しててくださいっ……!」


 こう言われたらどう返せばいいのか。それくらいは僕にだってわかる。

 僕は、めいっぱい背中を押すつもりで言った。


「―――うん。頑張れ。応援してるよ」


 その答えを聞いたかなめはいつもの人懐っこい笑みを浮かべていた。


「よし。言いたいこと言えたし、あたしはもう行くね」


 そしてつま先で回るようにくるりと背を向けて、僕を置いて歩き出した。


「行くってどこに? 一緒に帰るんじゃないの?」

「ううん。ちょっと用があったの思い出したから、あんたとゆっくり話して帰るわけにはいかないの。話して帰りたいなら、他の子を見つけなよ」


 他の子、と言われて、すぐに思い浮かんだのは、やっぱり彼女だった。


「じゃあまた。今度は学校で会おう!」


 それだけ言って、かなめは去っていく。「あぁ。また」と声をかけると、急に速度を上げて走り去って行ってしまった。


 その後ろ姿に、なぜかわずかに残酷な気持ちを抱いた気がした。



***



 かなめを見送った後、僕は車道を渡り、いまだフェンス越しにグラウンドを眺めている鈴夏に予定通りの言葉をかけた。


「なに見てるの?」


 振り向いて、鈴夏は僕のことを見る。どうして僕がここにいるのかわかってないのか、きょとんとしていた。

 それも仕方ない。グラウンドの方に意識を向けていたのなら、後方でやりとりをしていた僕らに気が付くわけもない。


「今はこの景色を見てたの」

「グラウンドの? 部活動くらいしかやってないけど」

「なんかね。ここを歩いてたら、ふといい匂いがしたの。それでグラウンドを見てみたら、なんかきれいだなぁって」

「いい匂いって、どんなの?」

「汗みたいな、レモンみたいな匂いかな」

「スポドリみたいなイメージか」


 僕もその匂いがするという景色を見てみた。三階の窓から見るのとはまた違って、こちらの方は現実味があるように感じた。


 といっても、特別な人間は見当たらない。あるのは今日もせっせと走る部員たちの見慣れた姿だけだ。

 鈴夏の世界では、こういう景色もきれいなのか。僕はまた彼女を少し知れた気になった。


「英雄は? なんでこんなところにいるの?」

「僕は、あー……ちょっと友達と遊んでたんだ」

「友達? ふーん……」


 そういえば、二人には鈴夏のことを話してなかった。特に光一なんて、誤解をそのままにしてある。近いうちに解いておこう。


「ねぇ。友達って女の子でしょ」

「そうだけど……それが?」

「え、うそ。ほんとに女の子なんだ。…ふーん。そっか。まぁ、友達との付き合いは大事だもんね。うん」


 鈴夏は納得しようとしているけれど納得できないような、微妙な顔をしていた。


「……その子とは、どういう関係なの?」

「どういうって……ええと、中学校からの友人?仲間みたいな」

「それだけ? 二人で遊んでたのに?」

「二人じゃないよ。もう一人男子もいた」

「そうなの? じゃあまあ……」


 だが、まだ少しもごもごしている。


「なんか僕マズかった?」

「いや、そういうことじゃないんだけど……笑わない?」

「まぁ、笑わないようにする」

「じゃあ、その……わたしには会いに来てくれなかったから、その子がちょっとずるいなぁって……羨ましいなぁって……」


 あぁもしかして。これ嫉妬か。


 その事実は僕の口角をにんまりと釣り上げ、それがバレないように必死に理性をもってそれを抑えつけた。


「あー! 笑ってるでしょ⁉ もー! 笑うなぁ! わたしだって寂しかったんだぞぉ⁉ あれからいっっっさい音沙汰なくて、忘れられてるんじゃないかと思ったんだぞぉ⁉」


 すぐにバレた。抑えきれてなかったらしい。


「いやー…だってさ。週末になったら会えるじゃん。それなのに寂しかったんだ。そっかそっか。そんなに楽しみにしてくれてるなんて、うれしいうれしい」

「うぅ…ほんとかなぁ? ちゃんと覚えててくれたんだよね?」

「本当だって。ちょうど今日、行き先の候補を送ろうと思ってたところなんだって」


 事実、昨日の夜までに何か所か目星はつけておいた。そこに行ったことがないのかの確認を取るつもりだったのはその場しのぎの嘘ではない。


「そーですかー。じゃあ楽しみにしてますよーだ!」


 まだ若干ぷんすかしてる気もするが、見えない尻尾がぶんぶん揺れているのが見えるので多分大丈夫だろう。


 その後、僕たちは雑談をしながら途中まで一緒に帰った。

 今日は六月十七日。週末まで残り三日だ。



***



 翌日の昼ごろ。僕と光一のスマホに一件のラインが来た。


 かなめからだった。


『謝れた。許してもらえなかった。でも、受け入れてもらえた。後悔してるなら、きっと変われるから、だって。だからあたし、頑張るよ』


 という文と、感謝のスタンプが一つ。

 僕たちは、まったく同じ返事をした。


『頑張れ!』


 そして、既読がついたのを確認することなくスマホをしまった。

 次に言葉を交わすのは、直接顔を見るときだ。


「そういえば、知ってるか?」

「なにを?」

「退学するらしいぜ。例の女子」

「マジか。てかはや。もうそんな情報出てんの?」

「なんか、親が退学届け出しに来たって。噂だと、委員長が悪くて自分は悪くないって親に泣きついてたらしいぜ。それでビンタされてるとこを見たやつがいるんだと」

「はえー…それ本当? だとしたら思ってたよりヤバいなそいつ」

「な」


 これからその女子はどうするのだろうか。

 こんな田舎じゃ、もうまっとうな人間のフリをするのも無理だろうし、多分引っ越すんだろうな。そうして、世界のどこかでのうのうと暮らしていくのか。


 それはなんだか、汚いな。そう思うと、もやっとしてイラっとした。


「ただまぁ、結局今のは噂だ。ほんとのところは知らん。どうでもいいしな」

「……それもそうだね」

「それよりも、楽しい話をしようぜ。なんか面白い話ないか?」


 急な話題変更だ。まぁ、昨日から暗い話ばかりしてきたから、正直助かる。


「じゃあ、楽しい話かはわからないけどさ。前に僕が鈴夏にからかわれたって話したじゃん」

「あぁ。蝶名林のやつ……待て。なんで名前で呼んでんだ?」

「あれ、誤解だった。からかわれてなんてなかった」

「やっぱな。だから言ったろ。んで、なんで名前呼びなんだ?」


 誤魔化そうとしたけど無理か。鈴夏呼びに慣れてしまったせいで、ボロが出てしまった。


「あー…いや、なんか流れで一緒に出かけることになって。それで仲良くなって、名字で呼ぶなって言われたから」

「な⁉ お前、マジか。あの蝶名林だぞ⁉」

「知り合っただけで大袈裟だよ。別に付き合ったわけじゃないんだから」


 多分、と心の中で付け足した。そう、多分違うはず。そうだとしても、そんな可能性はない。


「なんだおい、自慢か? お前それ、蝶名林の人気っぷりを知ってて言ってんのかよ?」

「―――知ってるよ。僕と釣り合わない特別な女の子だってのはわかってる」

「いや、そこまで言ってるわけじゃないけどよ……なんか意外だって話」


 光一がこう言うのは、鈴夏が高嶺の花だからだろう。


 中学のころに告白された回数は数知れず。先輩同級生後輩。果ては別の中学であった僕たちの学校にも噂は届いてきていて、何人かはわざわざ足を運んでいたらしい。かわいくて、美人で、優しくて、しかも何個も賞を取るほど絵が上手い女の子がいる、と。


 でも鈴夏は、どんな男の告白も断り、絵を描くことに没頭していたらしい。一度だけ告白を受けたという噂も聞いたことあるけど、信ぴょう性は薄かった。


 そんな人と僕が一緒にいるというのも、まぁ信じられない話だろう。


「まぁ。夢みたいな話だよ」

「ったく。羨ましい限りだぜ」

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