第2話 無形の秘密訓練

  町から少し離れた森の中に小さな小屋が一つある。高い崖を背にして、周囲は木々で囲われているため、ぱっと見ただけでは見つけるのは困難。おまけに町と町を繋ぐ街道からも大きく外れており、探そうと思わなければまず見つけられない、そんな隠れ家であった。

 ユウトがこの小屋を見つけられたのは偶然であった。をするのに決して人目につかない場所を探していた彼にとって、まさにこの隠れ家はうってつけの場所である。放棄されてから数年は立っているであろうその小屋は、人一人住む程度には過不足ない広さをしており、以来ユウトはそこを“秘密基地”として使っているのだった。


「うし……っと」


 ユウトは持ってきた荷物やお使いの品を小屋の中において外に出る。


「んじゃ……始めるか」


 そう言ってユウト、いやフレットは変形を開始する。メチメチという音を立てて身体は縮んでゆき、そしてそれは小鳥の姿へと変わっていった。


「…………!」


 そしてその小鳥は羽を羽ばたかせ、大空へと飛び立っていった。彼の“秘密の特訓”の始まりである。


 フレットはエリナが剣の稽古に行っている間、こうして自身も化け物としての訓練を行っている。いまやっているのは、鳥の姿での飛行訓練だ。

 フレットの能力である“変身”は、食べたことのある生物の肉体を完全に模倣するものである。しかし模倣出来るのはあくまでである。


「…………⁉」


 それまでスムーズに空を飛んでいたフレットは、強風にあおられ一気にバランスを崩してしまう。なんとか立て直そうとするも、そのまま木に向かって一直線に飛んで行き……


「……ビィっ⁉」


 グチャっという音を立てて木の幹に勢い良く衝突するのだった。

 頭部がつぶれ、地面に落下するフレット。しかししばらくして、そのつぶれた頭部は気味の悪い音を立てながら元に戻ってゆく。


(…………やっぱ、まだ上手く飛べねぇな……)


 彼は何もなかったかのように姿勢を起こすと、また大空へと羽ばたくのであった。


 “変身”にはが一つある。それは『肉体を模倣できても、その肉体を動かす感覚や経験までは付いてこない』ことだ。

 例えば鳥の場合、正しい羽の動かし方、風向きを呼んだ飛行時の姿勢、周囲の障害物への意識など、空を飛ぶには様々な要素が必要不可欠である。しかし人間であったフレットにそれらは備わっていない。つまり、飛行能力などを持った姿にになったとしても、その姿が持つ能力を活かせるとは限らないのだ。

 現状フレットが満足に動かせる肉体は、前世の頃から使っている人間のものと、この世界に来てから使い込んでいる狼などの四足歩行の獣ぐらいである。鳥や魚といった根本的に肉体構造が違う生物の姿は満足に動かせないのだ。

 なのでこうして毎日訓練をし、その肉体がもつ能力を十分に活用しようとしているわけである。


 それから何度も飛んでは墜落を繰り返し、訓練を始めてから一時間ぐらいが経過した頃。フレットは人間の姿に戻り、小屋の前まで戻って来た。


「…………とりあえず、今日の飛行訓練はこんなもんでいいか……」


 そうつぶやく彼の表情はあまり芳しくない。この飛行訓練を始めてから一年近く経過するのに、いまだ満足に飛ぶことができないのだから仕方のないことではあるが。

 とはいえこのまま引きずってての仕方がない。そう思った彼は気分を入れ替え、次の訓練に移ることとした。




「…………ふう」


 フレットは開けた場所に人間大の的を立てる。そこらの木々から道具やら触手やらを使って削り出したお手製のターゲットダミーだ。

 彼は的から離れ、20メートルほどの距離でそれに向かって立つ。


「……よし!」


 彼は意気込むと、腕をまるでクロスボウのような形状に“変形”させる。矢も自身の肉体から作り出し、そのまま腕に装填して弦を引き、狙いを的に定める。


「…………っ!」


 そして弦を引き絞っていた体の部位を操作して、矢が腕から放たれる。勢い良く飛翔する“肉の矢”は、大きな音を立て的の中心に深く突き刺さった。板ばねも弦も、そして矢でさえも自身の肉体でできており、自在かつ無茶な調整も行えるこの“肉のクロスボウ”は、通常のクロスボウに比べ格段に高い威力を誇っている。


「うっし! ドンピシャ!」


 思わずクロスボウになっていない方の手でガッツポーズを出すフレット。突き刺さった矢はどろりと溶けて地面に零れ、そして蒸発するかのように消えていった。


 彼自身から切り離された肉体はおおよそ三秒ほどで液状化し、そのまま霧散する。これは痕跡が残らない利点がある反面、を活かせる時間が少ない欠点もある。


「次は……」


 彼は再び矢を装填。構え、そして放つ。

 中心からは僅かにずれたものの、今度も無事命中した。しかし今度はそれだけで終わらない。


「弾けろ……!」


 彼がそう言うと、突き刺さった“肉の矢”は全方位に鋭い棘を勢い良く伸ばし、木でできた的を内側からズタズタにして、そのまま溶けて消えた。


「……うん、イイ感じ」


 その結果に彼は中々満足気である。


 とは、切り離した“肉片”も消える前であればある程度遠隔操作できるというものだ。今やったように一気に“変形”させて更なる致命傷を与えたり、三秒ほどの短い時間のみではあるがネズミに“変身”させて動かすなどもできる。彼にとっては戦闘の要となる重要な特性だ。


 その後も新しい的を持ってきては、矢を放ったり、手裏剣のような形状にして投擲したり、触手を使って斬り付けたり。とにかく彼の変形可能な肉体を活かした攻撃をひたすら的に打ち込んでいった。




「…………ふぅ……このぐらいにしておくか」


 そう言ってフレットは小屋へと戻る。持ってきた時計を見れば三時を大きく回っていた。エリナが家に帰って来るにはまだまだ時間がある。

 多少の疲労感を覚えた彼は小屋のベットに腰掛ける。このベットは元から小屋に置いてあったものを、シーツやクッションを変えて使っている。質素なものだがくつろぐには問題なく、鍛錬終わりはこれに寝転んで休むのがお決まりとなっていた。

 彼は天井をぼんやり見つめながら、今日の鍛錬の振り返りをするのであった。




 さて、フレットが毎日こうして訓練をしているのには理由がある。それは、彼がこの世界においてあまり強くないことだ。その原因はいくつかあるが、一番大きいのは使ことだ。


 この世界での戦闘は、基本的に魔力があることが大前提である。戦闘における魔力の使い方には大きく分けて二種類あり、それは“魔法の使用”と“身体能力の強化”だ。

 前者はそのままで、魔力を魔法として放つこと。魔法は様々な種類があるが、簡単かつ低級のものでも、人を殺傷するには十分な威力がある。さらに強力なものは広範囲を吹っ飛ばしたり、銃火器よりも長い射程を持っていたりするらしく、魔法が使えるのはそれだけで凄まじいアドバンテージなのだ。


(正直、魔法に比べれば俺の“クロスボウ”なんて大したことねぇシロモノなんだよな……)


 言うなれば他の人間はみな、大砲をバンバン撃っているようなものである。ちょっと強いクロスボウ程度でまともに戦えるはずがない。


 ではこの世界では魔法の打ち合いが主な戦闘かと言えばそうでもなく、もう一つの戦う手段が“身体能力の強化”である。これは魔力を使い身体能力を強化するもので、魔法に適性がない人間は大抵こちらの適性を持っており、自身の姉エリナもこのタイプだ。

 強化の幅は才能や練度によって異なるが、大体1.5~2倍ほど。エリナに至っては十倍近く強化できるらしい。その強化された身体能力を使い、剣などの武器で近接戦闘を行うのが、この世界の戦闘におけるもう一つの主流となっている。

 そしてフレットの素の状態での身体能力はそこまで高くない。平均的な身体能力強化をした相手ぐらいならなんとか勝てるだろうが、もう少し高いレベルの身体能力強化をする相手、それこそエリナなんかにはまったく歯が立たないだろう。

 ではより強い生物に“変身”すればいいと思うだろうが、ここで魔力を行使できないのが足を引っ張る。


 フレットの“変身”は変身先の能力も完全にコピーする。そしてそれは

 ユウトは魔法が使えた。故にこの肉体にもしっかり魔力があるはずである。事実、この町に来てから魔力の検査を受けたが、十分に魔力を持っているという診断を受けた。診断してくれた人曰く、精神的なショックで魔法が使えなくなることはままあるらしいが、そうではないことをフレットは理解していた。

 なぜ、今のフレットは魔力を行使できないのか。その答えはもう既に出ている。『肉体を模倣できても、その肉体を動かす感覚や経験までは付いてこない』。


 フレットは過去、エリナにどうやって魔力が使えるようになったのか聞いたことがある。その答えは「なんとなく使えた」という曖昧なものだった。これはエリナが特別感覚派であったという訳ではなく、他の人に聞いても大抵同じ答えが返ってくる。

 恐らくこの世界の人間には生まれつき“魔力を使う感覚”が備わっているのだろう。さながら鳥が空を飛ぶように、あるいは魚が水の中を泳ぐように。

 つまり“別世界の人間”であったフレットは、魔力を使うための感覚が初めから備わっておらず、そしてこのさき魔力を使えるようになるのも難しいということなのだろう。


 さて、そんな魔力が使えず戦闘能力が著しく低いフレットにとって、武器ともいえるものは二つ。“変形・変身可能な肉体”と“不死身に近い再生能力”だ。しかし前者はともかく、後者に関しては過信できるほどのものではない。


「…………んっ」


 フレットはおもむろに服の中に手を突っ込み、指を胸の中心に押し当てる。すると指は身体に沈んでゆき、そして引き出した時には手にが握られていた。彼はそれを窓から差し込む光にかざす。


「……これが、なんだよな……」


 そう、この小さな玉こそフレットの本体であり、いわば“コア”とも呼べるものである。

 彼はこのコアが破壊されれば死ぬ。誰から教えられたわけでもないが、それが傷つけられることが自身にとって致命的であるのは本能で理解できた。一応、落としても壊れない程の硬さはあるが、ハンマーなんかで叩いたら簡単に砕けるだろう。

 そしてコアと繋がっていない肉体は離れている判定になり、三秒ほどで消滅する。つまり自由に動かしている身体のどこかには必ず、急所たるコアが存在するという訳だ。


(……もし敵にこれがバレれば、俺を殺す方法はいくらでもある。肉体丸ごと吹っ飛ばす。全身を細かく切り分けコアがある場所を特定する。……どっちにしろやれる人間はこの世界に少なくないだろう)


 彼はコアを自身の体内に戻しながらエリナのことを思い浮かべる。巨岩すら細切れにするエリナであれば、フレットを殺すのは容易いことだろう。

 よって彼の想定する主な戦闘方法は、“変形・変身能力”を活かし、不意打ちや奇襲で相手に何もさせず仕留めることである。逆に正体が露呈した状態での正面戦闘は、彼にとって最も避けたい状況なのだ。


 だからこそ彼はこの“秘密基地”にて、毎日“変形”と“変身”の訓練をしているのであった。


(……ま、前世でも似たような状態だったんだ。何とかなるだろ)


 そんなことを考えつつ、ふと時計の方を見ると……


「…………おっと、もうこんな時間か」


 どうやら結構な時間思索に耽っていたらしく、時計の針は四時に届きそうになっていた。もうそろそろエリナが家に帰ってくる頃合いだ。


「早く帰らねぇと……。姉さんにバレたらマズい」


 あの過保護な姉のことである。怒られるか泣かれるならまだいい方で、最悪の場合しばらく付きっきりで家に監禁されかねない。


「…………姉さんもどうにかしねぇとな」


 思い出すのは親友ユウトとの約束。彼との約束はエリナがユウトフレット無しで大丈夫になるまでというものだ。このままではそんな日は一生訪れないことだろう。

 なんとか彼女の弟依存を和らげられないものか。そんなことを考えながらは帰路に着くのであった。


 そうして今日も姉が帰ってくる前には家に戻り、家族で談笑しながら夕食を済ませ、そしてベットに入る。これが今のユウトの日常であった。


 再び運命の出会いを果たすまでは。

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