プロローグ4 楽しむこと
俺の生まれは……まぁ、至って普通の家庭だった。優しくて頼りになる両親に、生意気だがなんだかんだ可愛かった妹。ま、恵まれてる方ではあったかな。俺もそんな家族が大好きだったし、ずっと一緒に居られれば……なんて思っていたさ。
……ちょうどお前と同じ、10歳の時だった。いつも通り家族に見送られて学校に行って、いつも通り授業を受けて、そしていつも通り家に帰った。
家にたどり着いたら様子がおかしかった。やけに静かだったんだよ。不思議に思いながらドアを開けて、「ただいま」って言った。でも、いつもなら聞こえてくるはずの「おかえり」は返ってこなかった。
とても嫌な予感がした。本能がこれ以上進むな、って語りかけてくるようだった。でも俺はそれを無視して家族がいるはずのリビングに向かった。
リビングは酷い荒れようだった。物は散乱して、窓ガラスは割れてて……。そんな中で、みんな血まみれになって倒れてた。父さんに母さん、そして妹もな。家族はみんな……死んでいた。
俺はまるで理解できなかったよ。思考が止まって、ただひたすらに呆然としてた。
そこからのことはあまり覚えてない。いつの間にか警察が来て、事情を聴かれて、親戚の叔父さんも来て……。家族が死んだことを理解したのは、次の日になってようやくだった。
俺が住んでた国では当時、一般家庭を狙った組織的な強盗事件が相次いでいた。なんでもどっかのヤクザが金に困った若者を駒にして、裕福そうな家庭を手当たり次第に襲わせていたらしい。
人が居ようとお構い無しに殺して、金品を片っ端から奪っていく。俺の家はそんなクズどものターゲットにされたんだと。
……まぁ、ここまでであればよくある話。このままなら俺はただの被害者で終わりだったんだが……どうにも俺は、そこからおかしくなっちまったらしい。
俺は家族を殺したヤツ、そしてそいつに俺の家を襲わせるよう指示した“黒幕”がどうしても許せなかった。このまま奴らのことを置いておき、普通に暮らすことを許容できなかった。俺の中には常に、奴らへ復讐したいと思う心が炎のように燃え盛っていた。
親戚の家に引き取られ、中学校に入って間もない頃、俺の怒りは遂に決壊した。学校を辞め、親戚の家を飛び出した。奴らを殺すために。
殺すための武器を用意し、情報を集め、ただひたすらに探し回った。そのために家も金もない、自給自足の野宿生活を送ることになったが、復讐のことを考えれば全く苦でもなかった。
とはいえ所詮ただのガキの無謀な行動。誰がどう考えても上手くいくわけないし、他でもない俺自身も成し遂げられると思ってなかった。それでも、そうでもしなければ 自分を納得させられなかったのさ。
だが俺は……上手くいった。家を出て1年ほど経った頃、俺は実行犯の男を見つけ出し、そして殺すことに成功した。
正直、運が良かっただけだ。だが俺は、その幸運の一回で“要領”を掴んだんだ。
それからはトントン拍子よ。
次に復讐するつもりだったのはそいつに指示した“黒幕”だったが、奴は裏社会に潜んでいて情報を掴めなかった。だから俺は、その関係者や同様の事件を犯したヤツをターゲットにした。そうすれば黒幕にたどり着けると思ったからな。
人間、やろうと思えば案外何とかなるもんで、俺は様々な手法で次々とそいつらを殺していった。意外と簡単だったぜ?
そのうち、それらの事件とは関係ない犯罪者も殺すようになった。遊び半分で人を殺した殺人犯。善良な一家を騙し、破滅させた詐欺師。ヤクザにマフィア、その他諸々。
ま、そんなことを続けていたんで、警察にも追われる羽目になったがな。俺自身数えていたわけじゃないが、最終的に殺した人間は三桁にまで及んだらしいぞ?
そして……ついに俺は“黒幕”を見つけた。思っていたより若い男だったが、それでも顔つきから多くの人間を食い物にしてきた邪悪さが感じ取れた。
いよいよ俺は奴への復讐を実行した。誘い出し、追い詰め、そして……とうとうその時が来た。隠し持っていた爆弾を使い、奴を吹っ飛ばしてやったのさ。
だが……一点ヘマしたことがある。ヤツへの殺意が有り余って、爆弾を強力に作り過ぎた。そして俺自身も爆発を受けて、致命傷を負っちまった。
とはいえ目的は果たせたことだし、俺は……まぁ、なんだかんだ満足だったからな。そうして俺は、奴と相打ちになって死んだのさ。
「…………んで、目が覚めたらこの森に居テ、こんな化け物になっていたってワケよ」
「……………………」
フレットからの話を聞き終え、ユウトは俯き黙り込んでしまう。
それもそのはず、いま目の前に居る親友は、幼いころに家族を殺され復讐に人生を費やした“復讐鬼”であり、それと同時に悪党とはいえ大勢の人間を殺した“大量殺人犯”でもあるのだ。まともな人間なら関わろうとはしないだろう。
フレットは彼が口を開くのを黙って待っていた。その心中には僅かにではあるが怯えがある。彼と親友でなくなることを恐れているのだ。
ユウトが自分のことを恐れ、もう二度と会おうとしなくなっても彼が止める権利は無い。それほどまでに異常な人間であることを彼は自覚していたし、そんな相手と関わらない方がユウトのためになることも理解していた。
「…………ねぇ」
「…………なんダ?」
いよいよユウトが沈黙を破った。フレットは心の中で彼から拒絶される覚悟をしておく。
「…………爆発って……やっぱりすごく痛いの?」
「………………エ?」
しかし彼の口から出てきた言葉は、予想だにしてないことだった。
「…………え、爆発? ……いや確かにスゲェ痛かったけどヨ……。…………エ……いヤ…………ソコ?」
「だってさぁ? すっごく気になるじゃん? 死んじゃう時どのくらい痛いのかってさ」
フレットは心の底から困惑した。この12歳の少年は、親友が人を殺していたことよりも死んだときにどれくらい痛かったかの方が興味があるというのだ。
「……イヤお前……目の前に居んの殺人鬼だゾ? もっとこう……怯えたり、嫌悪したりサァ……」
「? …………フレットって悪人以外も殺したの?」
「……イヤ…………殺してない……ガ……」
「じゃあいいじゃん」
「良くねぇヨ! ……あのなぁ……例え悪い奴しか殺さなかったとしてモ、人殺しは悪いことで、それを沢山した俺はスゴイ悪い奴なんだゾ?」
「…………それじゃあ……」
そして彼はニッコリと満面の笑みを浮かべながら……
「そんな君と親友な僕も、すっごく悪い子……だね!」
そんなことを言ってのけたのだった。
「────────」
恐らく今のフレットは誰が見ても分かるくらい間抜けな表情をしているだろう。そのぐらい彼は呆気に取られていた。
「………………は、ハハハハハハハハハハッ!」
そしてしばらくして、フレットは今日一番の大笑いをかまして見せた。人間のそれとは違う、おぞましい化け物の笑い声。人としての声の体裁を忘れるくらいユウトの発言は彼にとって可笑しくてたまらなかったのである。
「そ、そんなに笑わなくていいじゃん!」
「こんなの笑わずにいられるかヨ! まったくお前ハ……。俺、お前に嫌われるんじゃないかって内心ビクビクしてたんだゾ?」
「そんなことないよ! たとえ君が前世が殺人鬼で今は異形の化け物でも、僕の大切な親友であることに変わりはないんだから」
ユウトに言われ、フレットは少々気恥しく感じて視線を逸らす。とはいえ内心、ユウトがそんな風に言ってくれたことが嬉しくてたまらないのだった。
「……今の発言とイイ、あの日俺の手を取ったコトといい……ホントに変わってるナァ、お前ハ!」
「…………そ、そう?」
「そうだトモ! ……イカレっぷりなら俺と同じくらいかもしれネェ」
フレットからの太鼓判を押されると、彼は嬉しいような恥ずかしいような
そうしてひとしきり笑ったフレットは、少し考えるような仕草をし、そしてユウトに向き直った。
「……ようし! そんな変わったお前ニ、一つ俺のモットーを教えてヤル!」
「モットー?」
「ああ! ……コレは俺の父親の口癖でもあったんダガ……」
彼はニィと口角を上げて言った。
「『何事も、やるからには楽しめ』、サ」
「……楽しむ?」
「そうダ! どんなにつまらなかったり、そして辛くてやりたくないコトの中にモ、探せば案外楽しめる部分が見つかるモンだ。その“楽しみ”をできる限り引き出し、“やりたくないこと”を“楽しいこと”に変えちまえバ、人生はより満ち足りたものにナル! そういう考え方サ」
「……!」
言うのは簡単だができれば苦労しない、そんな類の理想論だった。
だがユウトはそれに心の底から感心した。目の前にいる赤黒い親友が、その理想に忠実な生き方をしてきたと理解できたからだ。
「…………そっか……フレットは楽しんだんだね」
「おうヨ! ……だから俺は、自分の人生に何一つ後悔は無イ!」
彼は胸を張って(どこが胸かは分からないのだが)力強く宣言してみせた。その態度から少なくとも、彼の復讐の人生は満足いくものだったと窺い知ることができた。
「ただ……チョットした未練はあるナ……」
「……未練?」
それまでとは一転し、少ししんみりとした雰囲気を醸し出すフレット。
「…………もう少しくらい、家族と一緒に暮らしてみたかっタ……かナ」
「……!」
たとえ人生そのものは満たされたものでも、家族が殺されそれから一人で生きてきたのはつらいことに変わりはない。彼は、家族との生活というものに、少しばかりの憧れを抱いていたのだった。
「…………もし」
「……?」
そんなフレットの内心を察したユウトは、あることを思いついたように口を開いた。
「……君が人間を食べれば、その人に成り代わって生きることができる?」
そんなことを言いだした彼にフレットは驚く。
「……またコエーことを言うナァ、お前ハ。……多分デキるだろうケド」
実際、見た目も声も完璧に模倣できる変身能力を使えば、他の人に気づかれずに人間としていきていけるだろう。記憶や仕草までは真似できないがそこさえ気を付ければいいし、そもそも人間を食べ、そいつを真似して生活に潜り込む化け物が現実にいるなんて誰も思わないだろう。
「……でも、そこまでやるつもりはナイさ。……お前っていう親友も居るシ、今のままで十分ダ」
「……そっか」
先程のはあくまで“少しの未練”である。誰かを食い殺してまで成し遂げようとは思わないし、現状の親友との日々も彼にとってはかけがえのないものであった。
ふと洞穴の外を見てみれば太陽の光はオレンジ色に変わり始めていた。もう間もなく、辺りは暗くなってしまうだろう。
「さて! ユウトはそろそろ帰った方がイイ。 じゃないと、お姉サンが心配しちゃうゾ?」
「……うん、そうだね!」
ユウトは空になったバスケットを手に取り、洞穴の外へ歩いて行く。
「……またね! フレット!」
「おう! またな、ユウト!」
フレットは手を振るかのように触腕を大きく左右させて、彼の背中が森の中に消えてゆくまで見送った。
そして彼は洞穴の奥で、ユウトが今日持ってきてくれた本を辺りが暗くなるまで読むことにしたのだった。
今夜、これからの彼自身を決定づける、辛く悲しい別れが訪れるとも知らずに。
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