第6話:ねぇ、一ノ瀬くんは、いなくなっちゃうの?

その日は、

いつもより風がつめたかった。


放課後の帰り道、澪はいつもより無口だった。

ふたりの影が長く伸びて、アスファルトに重なっていた。



「……ねぇ、一ノ瀬くん」


「ん?」


「キミって、前からああだったの?」


「“ああ”って?」


「その、目。……ときどき、遠くを見てるみたいな」


ぼくは、黙った。



澪は、小さく笑った。

いつもの明るさとはちょっと違う、

静かな、まるで……深呼吸みたいな笑みだった。


「今日、図書室で“ビジュアルスノウ”って言葉、見つけたんだ」


……やっぱり。


気づいてたんだ。

ずっと前から。

きっと、手をつないだ日から。


「“不治の病”って、書いてあった。

完治もしないし、原因もはっきりしないって……」


「……うん、そうだよ」


「一ノ瀬くんは、それで苦しかった? 怖かった?」


「……怖い、かな。

でも、もう慣れてる。

怖いより、……誰にも言えないほうが苦しかったかも」



澪は黙って、ぼくの手をぎゅっと握った。


「ねぇ、いなくなっちゃうの?

このまま、わたしの前から消えちゃうの?」


「……わかんない。

ビジュアルスノウで“死ぬ”わけじゃないけど、

時々、世界がほんとに遠くに感じることがあって……」


その先が言えなかった。


言葉にしたら、本当に遠くへ行ってしまう気がして。



「大丈夫。あたしが引き戻すよ」


そう言った澪の手が、

いままでより、強くあたたかかった。


「ノイズが見える世界でも、

ちゃんと、あたしのこと見てて。

聞こえないときは、叩くし。見えないなら、飛び込む」


「飛び込むって……無茶すぎ」


「いいの。だって、好きになっちゃったんだもん。これって、恋ってやつだと思うよ」


「……え?」


「今、やっとわかった。

この気持ちに、ちゃんと名前つけれてよかった」



グミの袋を差し出す澪。

手のひらに落ちたピンク色は、

いつもよりあたたかくて、

いつもより、しょっぱくて、甘かった。



その日から、

ぼくのノイズの中に——

澪の笑顔が、ずっと混ざるようになった。

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