第4話 トレーナーは突然に
「天馬の蹄ッ!!」
タケルの叫びとともに、蒼き閃光が爆ぜる。天馬雷鳴号が発する神速の一蹴は、大気を切り裂き、フィールドを揺るがす。
ドガァァァァン!!
夏雄の目前に天馬雷鳴号の蹄が踏み込まれた。その直後、地面が爆音とともに砕け、大穴を穿つ。
破砕された土が吹き上がり、閃光の中心から放たれた衝撃波が、刃のように夏雄へと襲いかかった。
「っ……!?」
一瞬で夏雄の纏っていた紅蓮のベールが消し飛ぶ。守りを失った彼の身体が宙に投げ出された。
ゴオオッ!!
衝撃波に乗せられたまま、夏雄は一直線に後方へ飛ばされる。竹馬のバランスを失い、回転しながら、障害物を次々に砕いていく。
「がっ……!」
跳ね台、回転柱、石壁――その全てを貫通するように夏雄の身体が叩きつけられ、破片が宙を舞った。
最後に待ち構えていた巨大な岩。
そこへ夏雄の背中が激突する。
ドゴォォン!!
大岩の一部が陥没し、夏雄の身体がめり込んだ。砂煙が立ちこめるなか、フィールド全体が静まり返る。
「……やった、のか?」
タケルは息を切らしながら、夏雄を見つめた。
ブオオオオオオ――!
二度目の法螺貝が天を裂くように鳴り響いた。
観客席が割れんばかりの歓声に包まれ、勝者を讃える光がタケルを照らす。
『勝者、竹重タケル!!』
「やったウマああああああ!!」
竹丸がぐるぐると飛び跳ね、サポート席で観戦していたユレルが机を小刻みに振動させている。
「やったね、タケル! ついに神技を!」
フィールドの大穴の中心に立つタケルは、息を切らしながらも拳を握った。
「これが……神技ってやつか……!」
全身に痺れが走るような実感。
天馬雷鳴号がわずかに唸りを上げ、静かに光を収めた。
そのとき、大岩の前で動きがあった。
「……見事でした、タケルさん」
粉塵の中から姿を現した夏雄が、埃を払いながら立ち上がる。
顔に傷一つなく、制服も乱れていない。ただ、左手の小指をそっと押さえていた。
「天馬の蹄……すごい神技でした。僕の纏火を完全に突き破るなんて。そして……」
彼はくすっと笑って、小指を掲げた。
「小指、捻挫しました」
そう言ってタケルのもとまで5分少々かけて歩いて来た夏雄は、そっと手を差し出した。
「また一緒に舞いましょう。もっと熱く、もっと楽しく」
タケルもにやりと笑い、その手をしっかり握り返した。
夜の竹都スカイタワー。
小刻ラボにはソースとマヨネーズの香ばしい匂いが漂っていた。
「焼けたウマ〜!」
竹丸がくるくる回りながら、たこ焼きプレートの上で踊っている。
「こら竹丸! 勝手に鉄板に乗らないの! 危ないってば!」
ユレルが慌ててさい箸で竹丸を引っ張り上げる。
「ハハハ、ニギやか、イイネェ!」
ジョニー・コキザミがビール片手に笑いながら、タケルの背中をばんばん叩いた。
「初神技、オメーデトウ! カッコヨカッタヨ! 涙、出ソウナッタネ!」
「いや〜、あのときはホント、足が勝手に跳ねたっていうか……なんか、楽しくなっちゃってさ!」
タケルは頬をかきながら笑う。
胸には勝利の実感と、仲間たちとの温かさがにじんでいた。
「でも……これからが本番だ」
そう言うと、タケルはたこ焼きを口に放り込む。「アチチッ!」と叫びながら笑う姿に、ラボ中が笑いに包まれた。
そのとき、ラボの自動ドアが静かに開く。
「……お邪魔でしたでしょうか?」
「夏雄!?」
現れたのは、昼間戦ったばかりの冬野夏雄だった。
バトラー装束のままで、小指には絆創膏が巻かれている。
「タケルさん、おめでとうございます。素晴らしい神技でした。あれは……舞いというより、祈りに近かった」
「お、おう……ありがと。それを言いにわざわざ来たのかよ」
夏雄はゆっくりと近づき、真剣な眼差しでタケルを見つめた。
「僕、あなたに感動しました。心が揺さぶられました。だから……お願いがあります!」
スッと一歩前に出る。
「僕を……あなたのトレーナーにしてください」
「……は?」
「神技を極めて、優勝を目指すあなたに力を貸したいんです。僕には、火と水、自然との共鳴力、そして戦術の知識がある」
タケルは目を見開いたまま、しばらく黙っていた。
「……マジかよ、夏雄。お前、強いのに……それでいいのか?」
「あなたの勝利が、きっとこの大会を、世界を、面白くしてくれる。それで僕の願いは叶うんです」
ジョニーが黙って二人を見つめていた。かつてのライバルを思い出すように。
「……こっちからお願いしたいくらいだ。頼む、夏雄! 俺をもっと強くしてくれ!」
握手が交わされた瞬間、たこ焼きがひとつ黒焦げになった。
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