第1話
「ねえねえ見城さん。実はわしね、軽音楽部に入って大活躍する夢を見たんよ」
進級してすぐ、四月の初頭。
ここは学校内の、屋上に続く階段の踊り場。私は、友達と階段の一段目に座って、お互いに顔を合わせながら話しています。
今私の目の前でお話を持ち掛けているのは、私の一番の友達である、根来みよりちゃんです。全体的に色素が薄めですが存在感は濃いめ。頭のてっぺんに生やしているアホ毛と、くりくりした瞳が特徴的です。一人称は「わし」で、ちょっと変わっている美少女です。
そんなみよりちゃんが、神妙な顔つきで私を見つめてきます。
「そこでさ、軽音楽部に入りたいと思うんだけど、何の楽器やったらいいと思う?」
「私に訊かれても困りますが……」
何しろ音楽に詳しい訳ではありませんから。
「というか軽音楽ってどんな楽器をするの?」
澄んだ瞳で訊いてくるみよりちゃん。そんなことも知らずに軽音部に入ろうとしているんですか。
「ギターとか、キーボードとかじゃないでしょうか」
かくいう私もそれぐらいしか思い浮かびませんが。
「えー、難しそう。わし、指先使う細かい作業、苦手なんよ」
「ベースとかもありますよ」
「えー、ベースも指先使うし。野球で使うベースにならなってもいいって思うけど」
「どうやってなるんですか。毎回踏まれますよ。痛いですよ。」
「じゃあ何をやったらいいのさ」
みよりちゃんは不満気に唇をつんと尖らせます。私はそれを見て、思わず嘆息してしまいます。
「ボーカルとかはどうでしょうか。何もできないみよりちゃんでもこれならできそうですよ」
「何気に酷いこと言うね見城さん。まあ、ボーカルならいけるか……」
すると、みよりちゃんは、すっくと立ちます。階段の一段目に立っていますから、ちょっとステージに立っているかのようです。
「今から歌う」
みよりちゃんは宣言の直後、歌い始めます。他に人も居ませんし、場内は静寂に包まれます。
みよりちゃんからは大物オーラが出ています。もしかすると、みよりちゃんは歌が上手いのかもしれません。
一分も経たない頃でしょうか。みよりちゃんは歌い終わります。
私は思わず拍手をしていました。
「すごい、すごいですみよりちゃん!」
みよりちゃんの歌はすごくすごく上手かったです。とても綺麗な声でした。
「どう? 軽音部、いけそう?」
みよりちゃんは得意気に訊いてきます。
「そうですね、とりあえず『千の風に〇って』をビブラート効かせまくって歌い上げていなければ、頷いたかもしれませんね。みよりちゃんは軽音部より声楽部に行った方がいいです」
人には向き不向きがある。それが今得た教訓です。
しかし、みよりちゃんは私の回答に満足しなかったようです。
「えぇぇぇ~。声楽部なんてめっちゃ堅苦しそうでつまんなそうじゃん。それよりもわしは、軽音部でキラッキラに輝きたいんよ~」
注文の多い子ですね。
「それなら、もう軽音楽部でできる楽器と言えば、ドラムぐらいしか無いんじゃないですか?」
私がやや面倒くさげに答えると、みよりちゃんは水を得た魚のように、生き生きとした瞳で、
「それだぁ!」
と言います。
「ドラムとかなら簡単そう!」
「まあ、確かにそうかもしれませんね。なんかこう、叩いてるだけに見えますし」
「わし、太鼓の〇人で鬼畜曲をフルコンボしたことあるんよ~。そんなわしなら、まあ、いけるんちゃう?」
「それはすごいですね」
もしかするとみよりちゃんはとてつもない才能の持ち主なのかもしれません。
「まあ、鬼畜曲っていってもその曲の『かんたん』をフルコンボしただけだけど」
「それは結構多くの人ができるんじゃないですか……」
感心して損しました。
「まあ、でもわし、よく曲に合わせてベッド叩いたりしてるし、いけるでしょ」
「それでいけるかどうかわかりませんが、とりあえずみよりちゃんは首が強そうなのでドラムとか楽勝じゃないですか?」
「わしん家の洗濯機、ドラム式だしね」
とりあえず私たちは今、音楽に関係する人々全てに喧嘩を売るようなことを言っているという自覚だけはあります。
「よし! じゃあドラムをやるってことで決定だ!」
みよりちゃんは立った姿勢のまま、ぐっとサムズアップしました。これでもう悩みは解決でしょうか。
「あ、でも……ドラムをやるってことはドラム買う必要あるってことだよね。何買ったらいいんだろう」
どうやらまだまだ悩みは解決とはいかないようです。
「どうせなら良いドラム買いたいよね。どんなドラム買ったらいいんだろー。ね、見城さん。ドラムってどんなの買ったらいいと思う?」
「知りませんよ……ドラム缶でも買ったらいいんじゃないですか?」
「それドラムじゃないよ! まあ、ドラム缶もいい音出そうだけど」
もう、なんだかどうでもよくなってきました。私は無知なのです。ドラムについての知識があるわけではありません。こんなとき、真の知識人が来てくれれば……。
「お呼びかな?」
ふと、声がしました。この踊り場に向かって、階段を昇ってくる声です。
「真の知識人……それは我のこと!」
低く、深みのある声。だんだん見えるその姿。背が高く、特別な存在感がある男性です。
「さて、そなたらは何に困っている?」
「その姿……もしかして、一条雪先輩ですか?」
一条雪先輩。すらりとした長身に整った小顔。鋭い瞳は楽しげに歪んでいます。どこか妖艶なオーラを醸し出している、イケメンです。
一条先輩は、どういうわけか、私が心の中で『真の知識人が来てくれれば……』と強く願った時に、この踊り場に現れます。かなり不思議な先輩です。
「おお。一条。やっほー」
何度か遭遇しているみよりちゃんは、親しげに一条先輩に接します。先輩は、ものすごく楽しそうに呵々大笑しました。
「ははは。そなた、根来みよりであったな。ドラムのことで悩んでおるのだろう? なら、我が良いドラムを教えてやろう」
一条先輩は人差し指を立てます。
「我が知る限り最強のドラム……それは、パンジャンドラムだ」
「「パ、パンジャンドラム?」」
私とみよりちゃんは、声をそろえて驚きました。パンジャンドラム……なんだかすごく強そうな響きです。
「そう、パンジャンドラムだ。それは多くの人々を魅了してきた。ネット上でも親しみを持たれている代物だぞ。今度根来は、楽器屋に行って『パンジャンドラム下さい!』と言ってみろ。個人的には島〇楽器がおすすめだぞ。ああ、ファッションセンターの方じゃないからな、注意しろ」
そして、一条先輩は、意味もなく指笛をぴゅうと吹きます。
「それでは、アデュー!」
先輩は、窓も開いてないのに突然吹いた風に吹かれて、階段を降り、踊り場から去って行ってしまいました。キャラ濃すぎませんかあの人。
「よし!」
みよりちゃんは、ぐっとこぶしを握り締めます。
「わし、パンジャンドラム、買ってみるよ! 今日の放課後、早速〇村楽器に行ってみる!」
みよりちゃんが固く決意する様を、私は相も変わらず階段の一段目にちょこんと座り、ぼぉっと見つめているほかありませんでした。
さて、その次の日のことです。
みよりちゃんは、報告をしてきてくれました。楽器屋さんに行って、「パンジャンドラム下さい!」と大きな声で頼んだら、何故か危険者扱いをされたようです。
「何でだと思う?」と訊かれたので、よくわからなかったけど、とりあえず、「声が大きすぎたんじゃないですか?」と答えておきました。
しかし、そのことが妙に気になって、私はその日、家に帰ってパンジャンドラムについて調べてみました。
どうやら、パンジャンドラムというのは、第二次世界大戦中に作られた兵器で、一言で言ってしまえば荒ぶるボビン。ミシンに使われるボビンみたいな形をしている自走式陸上爆雷なのですが、真っ直ぐに進まないそうです。
そりゃあ、楽器屋で兵器を注文したら危ない人扱いされますよね。テロリストと思われないだけましでしょう。
と、大真面目に調べている最中、ふと冷静になって気づいたのです。
うちの学校、軽音楽部なんてない。
そのうえ、そもそもみよりちゃんは他の部活に入っています。
そのことをみよりちゃんに伝えると、
「わしもついさっき気づいたんよー」
なんてのんきに言ってきました。
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