第10章 鎮魂の拳(こぶし)ー祖父殺人事件ー

第1話 祖父の死

 いつものように中学生の佐山さやま美久みくちゃんは、明石あかしに勉強を教えてもらうために、大学の図書館の中にある会議室(ミステリー研究会のサークル活動室である)にやってきた。


 彼女はにっこり笑って「ジャーン!」と言いながら、スクールバッグの中から1枚の紙を取り出した。

 それは数学テストの解答用紙で、赤い字で書かれた点数は「80点」だった。それを見たサークルメンバーたちから、どよめきが起こった。


 無理もない。明石に「勉強を教えて」とお願いに来たときの点数は「40点」だったのだから。


「倍増じゃん!」サークル代表者の春日かすがは感嘆していた。「わずか数か月でこんなに成長するなんて!」


「ついでにバストサイズもEからFになりました!」


 あっけらかんと言う彼女の言葉に、メンバーの誰かがゴクリとつばを飲み込む音が聞こえたような気がした。


「サークルメンバーから犯罪者を出しかねないような言動は慎むんだ」

 明石がピシャリといましめたが、

「大丈夫、明石さんが守ってくれるよね?」

と彼女は言い返し、明石は困り顔になった。


 美久ちゃんは、兄が殺された事件を明石が解決したくれたことにお礼を言いに来たとき、どういうわけか明石にれてしまったのだった。

 それで明石に会いに来やすいようにと、この大学のすぐ近くの高校に進学するために、明石に勉強を教えてくれとしつこく頼んで、毎日来るようになった。

 だが当時の彼女の成績では、とてもその高校に受かるレベルまで学力が向上するとは思えなかった。


 人間、一途いちずに惚れ込むとここまでやれるものなのか。もっとも、僕には彼女が明石のどこに惚れたのか、まったくわからないのだが。


 とは言っても、明石正孝まさたか只者ただものではない。たぶん名探偵なのだろう。たぶんじゃないか、なにしろ県警本部の非公式アドバイザーになっているくらいだからな。それに言うことは皮肉だらけだけど、実際のところそんなに悪いやつじゃない。


 むしろ面白いやつだということもできるだろう。明石の推理に振り回されているうちに、僕も将来警察官になりたくなってきたくらいだから。



 そのときパトカーのサイレン音がして、すぐ近くに止まったように聞こえた。


「交通事故かな?」

 サークルメンバーの藤吉ふじよし君が言うより早く、明石は部屋を飛び出して行った。僕は驚いて後を追いかけた。


 明石は2階へ上る階段を駆け上がり、窓からパトカーのサイレンが聞こえた方向を見ていた。

 僕も追いついてその方向を見やると、道路向こうの家に何人もの警察官が入っていくのが見えた。


「あの家は、僕の祖父の家だ」

 明石はそうつぶやくと、今度は階段を駆け下りて外へと飛び出して行った。



 大学前の道路を横断して、通りの向かい側に走った明石は、警察官が門にイエローテープを貼って進入禁止にし始めたその家に到着すると、「僕の祖父です」と断って中へ入ろうとしたが、警察官から止められて、身分証明書の提示を求められた。


 しかしそのとき、

「あっ、どうもご苦労様です」

と一人の刑事が近づいてきて言った。

「お早いお着きですね。田中管理官はまだ到着してないんですよ」


 さらに彼は、明石を制止している警察官に向かって、

「このお二人はアドバイザーの明石さんと三上さんだよ」

と説明をすると、言われた警察官は驚いて明石と僕に敬礼した。っていうか、僕もアドバイザーを拝命はいめいしたことになっているのか?


 どうやら彼は、僕たちが田中管理官から呼ばれたものと勘違いしているらしい。


「いや、ここは僕の祖父の家だから、アドバイザーとしてではなく関係者として来たんです」そう言って明石は刑事に尋ねた。「いったい何が起こったんですか?」

「そうでしたか。いや、実は世帯主の横山よこやま征司せいじさんが亡くなっているとの通報がありまして」


 人造人間とかアンドロイドだとか言われているくらい、明石は元来無表情なほうなんだが、さすがにこのときは呆然としたようだ。


「亡くなったって・・・病死ですか?」

 かろうじて明石がそう尋ねると、刑事は首を横に振って、

「現場の状況からみて、殺されたようです」


 さらに呆然と立ち尽くしている明石の横で僕が考えたのは、名字が違うということは明石の母方ははかたの祖父ということなんだろうな、ということだった。

 それで門の表札を見やると、横書きで『横山』と書かれた右端に小さく『SY』とマジックか何かで書いてあった。どうやらイニシャルのようだ。今風だと『YS』とする人が多いそうだが、年配のかただと名前を先にする習慣になっているのだろう。


「明石、これは君のおじいさんが書いたのか?」

 と僕が尋ねると、それを覗き込んだ明石は、

「いや、2か月前に来たときはなかった」

と不審がった。

「子どもの落書きかな? 孫でもいるのか?」

と尋ねると、

「いるにはいるが、同居はしてないんだ」

と明石は答えた。


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