第4話 迷宮入り?

「それじゃあ、いままでのところを整理してみます」

 明石はしかし、田中管理官の言ったことを全然気にかけていないようだ。

「ゲームショップで抽選に外れた犯人は、今回の被害者から『夏への飛翔』を盗むことに決め、後をつけた。被害者は帰る途中で飲料の自販機を見つけ、ペットボトルを購入した。犯人はその時点ではお金を盗む気は毛頭なかったが、被害者が内ポケットから財布を出したのを目撃したことが、後で役に立つことになった」


 普段口数が少ない明石だが、こういうときは呆れるほど雄弁になる。


「被害者は犯人にとって都合がいいことに、人通りの少ない郊外の国道までやって来て、地下道を降りていった。犯人は地下道の向こう側周辺に人がいないことと、こちら側にも人気ひとけがないことを確認し、ターゲットの後をつけて地下道に入って行った。そして被害者が向こう側へ上る階段を上りきろうとしたときに、小走りに被害者を追い越し、振り向きざまに被害者を突き落とした」


 そのとき明石は死体の写真を指し示したのだが、やっぱり僕は見ることができなくて目をそらした。


「犯人は紙袋ごとゲームソフトを奪い去るつもりだったが、突き落とした被害者が死んでしまったので、窃盗または強盗致傷になるはずが、傷害致死あるいは殺人ということになってしまった。そこで犯人は咄嗟とっさに偽装工作を思いついた。犯人が買った『異世界伝説マニア』と被害者が買った『夏への飛翔』をすり替えたわけです。それからゲームソフト目的ではなく金銭目的だと欺くために、被害者のブルゾンの内ポケットから財布を取り出し、お札を全部抜き取って、財布はその場に残して逃げた」


 明石は慣れない長話で喉が渇いたのか、そこで最初に配られていたペットボトルのお茶を一口飲んだ。


「そのときにレシートも持ち去ることと、すり替えたゲームに被害者の指紋をつけることも忘れなかった。これで警察に金銭目的の犯行だと思わせることができれば、金持ちの自分が容疑者になることはないだろうと犯人は考えた」


 明石はそこまで言うと、溜息をついた。

「でも、これではまだ犯人像がうっすらと見えてきただけですね。誰が犯人なのか絞り込むには、情報が少なすぎる」


 明石は腕組みをしながら席に戻った。

「この際、ちょっと事件から離れてみましょう。田中管理官、さっき少し気になったんですが、なんか泣き言を言ってましたよね?」


 あっ、被害者の妹のくだりか? あれは僕もちょっと意外に思った。


「ああいうの、田中管理官のキャラじゃないですよね?」

「キャラって何だよ・・・」田中管理官は苦々しげに言った。

「あなたが言いそうなセリフではなかったということです。何かわざとらしかったですよね」


「君の人情に訴えてみようと思っただけだよ。無駄だったようだがね」

「そうですか? 別の狙いがあるようにも見えましたがね」

「そんなものはないよ」


「ところで、県警での僕の評判はどうなんですか?」

「何だねやぶから棒に。まあ正直なところ、『リアル杉下すぎした右京うきょう(※ドラマ『相棒』の主人公)』じゃないかと噂されているよ」


「『リアル湯川ゆかわまなぶ(※ドラマ『ガリレオ』の主人公)』ではないんですね?」


君はそんなに男前じゃないだろう。


「だとすると、僕でも解決できない事件は『迷宮入りもやむなし』と判断できることになりませんか?」


「明石、それは傲慢ごうまんすぎる発言だろう」

 しかし明石は、僕の発言を無視して言い切った。

「つまりあなたの狙いは、実はなんじゃないですか?」


 田中管理官は驚いたようだ。

「何を言ってるんだ君は。そんなはずがないだろう。君が解決できなくても、我々は粛々しゅくしゅくと捜査を続ける」


「そうですかね? 


 田中管理官は一瞬硬い表情になった後、ニヤリと笑った。

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