第18話 今日も生きているのでとりあえず逃げ出す準備をする

「あー1000日って経ったんだっけ?」

「おー僕の知る限り、今日は1000日と3日は経ったと覚えているが?」


 俺たちは醤油で味付けしたマンションの外で栽培している芋しか入っていない鍋を食っている。1000日はどうやらボケナスのキサラ曰く経過したらしい。

 

「こちら、池田つばめ。外にいる人、元気ですかー? 俺は元気です。ツーツーツー、トントントン、ツーツーツー……これ全く返電ないけど外どうなってんだ?」

 

 俺は定期的に無線で問いかけを行う。

 無線?

 

「なぁ、キサラ。この無線。フランパイセンのだよな?」

「いかにもタコにも!」

「フランパイセンって今何処にいる?」

 

 無言でボケナスのキサラは空に指を向けるので今俺が生きているここはフランパイセンが死んでいるらしい。俺はキッチンの下収納を覗くと以前ボケナスのキサラと一緒に作ったレモンサワー原液が入っていたであろう空の瓶。

 

「だるま屋っていつ閉まったっけ?」

「正確には覚えていないが一年近く前ではないか?」

「そ、それなー」

 

 時間の進みが俺の体感よりめちゃくちゃ早い。この学園特区になんの学びもないからそう感じているだけなのだろうか? 老化すると時間の進みが早くなるというのは、驚きや感動、新しく何かを知るという事が減るからだと聞いた事がある。俺とボケナスのキサラは基本部屋でダラダラしている。

 

 この世界がこの前俺が覚えている世界と違うのであれば……

 

「おいキサラ、俺がお前の事好きだと言ったらどうする?」

「この前からテメェのきっしょい愛情表現に鬱々していたところだが?」

 

 なんでこれに関しては共通なんだよー。

 

「で、お前さんは同性愛に関しては確か明るくないんだったな?」

「当たり前であろう? 個々人の恋愛感に関しては僕も何も言うまい。ただ僕の個人的意見からすれば同性愛も性同一性障害も全て甘えだ」

「言うねぇ」

「その意見を差別だなんだ。多様性だなんだと言う世界の方が狂っていると僕は思うが? もし本当にその心があるのであれば他者に認めてもらう必要などないのではないか? 自分本人が納得していれば良いと思うぞ」

 

 なんかこいつまともな事言い出したな。まぁー確かに俺が女でもいいかなーとか思ったのはバレンタインで脳を破壊された事による事件とルームシェアしているこのボケナスのキサラがくっそエロくて可愛い事が大問題だろう。

 

「まぁ、そうなんだろうけど人ってのは異端である事が嫌なんじゃないの? だから認めて欲しいんだって、お前もガンダムを完全に否定されると嫌だろう?」

「万博ガンダムという余りまくっているガンプラがある。この閉鎖された学園特区ですら定価で買える珍しい代物だ。これを僕は三個持っている。組み立てよう、保存用、観賞用なり。本当に好きな事は世界に否定されようが関係ない。嫌という感情すら僕には沸かぬな。では池田に聞こう」

「お、おう」

 

 ジト目で俺にボケナスのキサラは問答をふっかけてくるらしい。本日のボケナスのキサラはTシャツにデニムのジーンズ。Tシャツは“シャア専用“と文字だけ入ったイカれたデザインだ。

 

「同性愛者が、同性愛者ではない者に告白をしたとするのじゃ。そして断られた。断られた理由が気持ち悪いからと言われたのじゃ。果たしてこれは差別になるのじゃろうか? 多様性の世界であれば同性愛を否定する者の存在もまた必要なのではないじゃろうか? 僕はこういう話には政治的背景を感じるので基本関わり合いになりたくないのじゃ。なんでも認められる世界は表面上は楽しいかも知れぬが、その先に待っている物はそれらの綻びの末に到来する終焉だと思うぞ。だがしかし、池田が僕の事を好きだという事に関して、普通にキショいと思う反面、好意を向けられる事は嬉しくもある」

 

 なるほど、

 

「素晴らしい宗教だ」

「であろう? 僕は僕の信仰する自分の意識と共に生きているからな」

 

 すんげーバカだと思っていたがボケナスのキサラは俺が思ってる程ボケナスではないらしい。まぁ、日本語をこんなに上手く扱い、ゴーストタウンと化した学園特区で焦る事もなく普通に生活していけるんだもんな。

 

「じゃあキサラ。もし、外の世界がもう終わっていて俺とお前しか人間がいないとかだとしたら、お前はどうする?」

「おー! 人類の敗北に乾杯である! とはいえ僕は人類はそんなにヤワじゃないと思っているぞ。自然災害、戦争、もちろんウィルスあらゆる強敵と対峙しそれらに打ち勝って来たのもまた人間だからな」

「なるほど。じゃあ、そろそろ外に出る為のフィールドワークでもするか? 食い物も確実に減ってきてるし」

 

 ボケナスのキサラは麦茶を飲むと俺にめちゃくちゃ上手なウィンクをかましてきた。なんだ? 誘ってのか? 抱いていいなら抱くが?

 

「おー。池田ぁ。最近は僕にうつつばかり抜かしてたが、良い事をいう」

 

 そう言ってPS250のキーをクルクル回してボケナスのキサラは単車を出すと言う。外には単車以外にフランパイセンからもらった太陽光パネルで動くキャンピングカー。これを見ると、やはりフランパイセンが死んだという事を思い出す。

 

「日本に留学して一番最初に出会って即購入した僕の翼。PS250。こいつもおいていく事になりそうだの」

 

 燃料がもう半分を切っている。学園特区内のガソリンスタンドは全て枯渇し、その辺にあった車や単車から抜いた廃ガソリンももうない。このPS250には俺も思い出だらけだ。俺は中型免許は持ってないが、こういう事態になったのでボケナスのキサラに運転方法を教わって乗れるようになったんだよな。

 

「まぁ、ガソリンがありゃ取りに戻ればいいだろ?」

「うん。フランチェスカの車を余り使わなかったのも、車の消耗を避けたかったわけだし、良く働いてくれたぞな」

 

 ブロロロロと今日も小気味良いエンジン音を上げる単車。いつも通り俺はボケナスのキサラの後ろに座る。

 キラっ!

 

「んんっ!」

「どうした池田ぁ?」

「んにゃ、なんかに目が眩んだ。なんか光ったんだけどなんだったんだ?」

 

 俺は何に目が眩んだ? 

 少しだけ……ほんの少しだけ嫌な予感がした。だから、ボケナスのキサラの服をばさっと上に捲った。

 

「おー、セクハラするなら下ろすが?」

「いや、チェックだよチェック」

「昨日お互いしたであろう? 僕の裸に鼻息が荒くなった池田にドンびいたが?」

 

 なんだよそんな記憶ねーぞ。

 とりあえずボケナスのキサラにプラーナ発光症が出ていないという事だけは分かった。気を取り直して単車を走らせる。学園特区を閉鎖している壁のある場所まで向かう。この壁、出口がないんだよな。本当に閉じ込める為だけに作られている。

 

「警備とかもいなさそうじゃ」

「壁の高さはざっと二十メートルくらいか、刑務所の数倍の高さがあるのが絶対にここにいる人間を出したくないという強烈な思想を感じるな。こいつを登るとしたらどうするよ?」

 

 俺がボケナスのキサラにそう尋ねると、

 

「大きな乗り物とかを一杯持ってきて階段みたいにすればいいのだが、あいにくガソリンは全て抜いたからな。運べる物で足場を作ってロープか何かで命綱をどこかに打ち込むなりするのが良いじゃろう!」

 

 とはいえ、俺たちど素人にそんな事ができるのか?

 今日はフィールドワーク、とはいえこの壁の周囲は何度か見て回った事ある。どうやって今までこの学園特区内に物を仕入れていたのか? 

 多分、空から投下とかしてたのかもしれねー。

 

「ほんじゃ、とりあえずどうやって車やら運ぶか会議すっか?」

「だぬ!」

 

 俺たち馬鹿コンビがあれこれ考えても意味はねぇ。

 一番、面倒くさくて効率の悪い方法になるだろう。人力で運ぶ。あとは土嚢なり何なり用意して壁を越えるというのが、俺たちの最適解になるだろう。まだこの学園特区に生きてる賢い坊ちゃん嬢ちゃんがいればもうちょい頭使えるんだろうけど、これはばかりは頭の出来の才能だしな。

 

「今日は残してた保存食全部出して祝杯あげようぜ! レモンはねーから残してた焼酎の水割りでやるぞ!」

「おー、やる気に満ち溢れておるわ。池田よ。貴様の死んだ魚のような目。嫌いではないが、そんな池田を見るのも悪くはないなー」

 

 凄い言われようだ。ボケナスのキサラの分際で言ってくれる。PS250の単車の燃料を見ながらボケナスのキサラは言った。

 

「コイツの最後の仕事だ。学園特区の中全部洗いざらい探し回って宴に使えるものを探すぞい!」

「あー、悪くねぇな。この前はガソリンヤークトだったから、ご馳走ヤークトだな」

「おー。エアコンヤークトの何千倍と楽しみなのか」

「それな」

 

 ガソリン探しに行った時に死体しか見つからなかったから多分、人に出会う事はないんだろうけどもし出会えれれば良かったね! って感じだろうな。これが多分、俺たち最後の狩になるんだろう。プラーナ発光症のボケカスが暴れる事もねーし。俺たちは平均速度80キロ程で学園特区の中をすっ飛ばす。この最後の狩は時間なんて関係ない。二日でも三日でもかけて人がいたであろう場所の家探しを続ける。

 

「池田。食べ物を見つけたぞい」

「おー、マジだな」

 

 大学生だったであろう男が干からびている部屋。彼が残していたであろう缶詰が四つ。俺とボケナスのキサラは干からびた男性に手を合わせた。

 

「いただきます」

「死者に食べ物は不要であるからな」

 

 別に死者は物言わねーし、天国や地獄があるとも俺は思わねーけどこういうのは気持ちの問題だ。本来この男性が食える権利があったもんを持っていくんだ。一声くらいかけてもバチはねぇだろう。以外にも缶詰はよく見つかった。最後の最後の時に残していたんだろう。中には部屋で閉じこもっている時にプラーナ発光症を発症したであろう死体もいくつか見られた。とりあえず弔いはまた今度だ。俺たちは俺たちの拠点に戻ると残していた賞味期限の切れた缶詰と学園特区内を探しまくって手に入れた保存食を広げた。

 

「パーッと食おうぜ! とか言ったけど。案外食い切れない量が手に入ったな。今日は俺たちが残してた分だけでいいな」

「池田はアレだな。遠足前までくっそテンション上げて当日になったらそうでもない気質の持ち主と見た」

「あー。まー。言われてみたらそういうのあるな。修学旅行とか翌日起床した時点で観光とか行きたくなくなるのあったわ」

 

 鯖の味噌煮缶を俺は開ける。ボケナスのキサラはホワイトアスパラ。オイルサーディンの缶詰は蓋を開けて一味を振ってそのままシングルバーナーの火にかけた。

 そしてお待ちかね。

 味のない甲類焼酎の水割り、塩をひとつまみ入れて味をつける。まさに終末期の酒って感じだな。

 

「そんじゃー、何にも連絡よこさずに俺たちを閉じ込めたボケ共に対して反逆の意を表して乾杯の音頭とさせていただきまーす」

「おー! やれやれ!」

 

 マグカップとワンカップ日本酒の瓶に入った終末の酒。それぞれのグラスをカチンと合わせて俺たちはそれを飲んだ。レモンサワーと比べるまでもない酒だが、久しぶりに俺の脳がアルコールとの出会いに歓喜してやがらぁ。

 

「美味いな池田。ジャンクフードとは……圧倒的ではないか!」

「あー、じゃあ俺はデザートにキサラの唇でも頂こうかなー」

「うぉ、昭和のオヤジのりキメェ……ど変態国家日本、ここに極まれり……」

「お前らフィリピーナからしたら俺たち日本人ってどんなイメージよ」

「未成年相手に売春旅行しに来る民族だな」

 

 うわぁ…これにはちょっと俺も引く。なんかそういう時代があったとかなかったとか……家では厳しいお父さんが小学生の娘と同じ歳の子を金で買うみたいな? こんな風に思われているとはなんともアレだな。

 

「なんかすんません」

「まぁ、そんなど変態国家だからこそ魅力を感じるのであろうぞ」

 

 笑っちまった。そらそうだよな。そんなイメージあるのにわざわざ留学してきたボケナスのキサラみたいな奴がいるわけだな。久々の酒に俺たちはテンションを上げて、夜中まで語り合い。そして眠くなったら眠る。

 

 本当に久しぶりに大学生みたいな夜を過ごした。

 俺が目を覚したのはきっと多分昼頃だったんだろう。ボケナスのキサラの背中が見える。本当にいつもみたいにボケナスのキサラはガンプラを作っている。そんな背中が妙に懐かしい。

 

「あー、キサラ。おはよー」

「おー。池田。おはよう。そして、まず落ち着け。深呼吸すると良い」

「んだよ。オイ!」

 

 ボケナスのキサラの頭を小突いてやろうと思って伸ばした俺の腕が……青白く光ってやがる。

 

 ……プラーナ発光症だ。

 俺が? なんで?

 

「おい! キサラぁああああ!」

 

 チュ。

 ボケナスのキサラの唇が俺の唇を塞いだ。

 

「分かってる。だから落ち着け池田」

 

 どうやら、俺は死ぬらしい。

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