第三章 ライオトリシア闘技会

第一〇〇話 二人は邪魔者

「この私グリン・リー・クラークが貴様に天誅を加えてやるッ!!!!」


「た、大佐……? なんでここに……」

 人形馬車ヴァリストラに載ったクラーク大佐とバーナビーは思い思いのポーズで私とパトリシアを指差すが、この二人って面識があったのだろうか?

 クラーク大佐は私が近衛部隊にいた時の部隊長で、あまりいい噂は聞いていないけども、終戦後から何年もの間近衛を指揮した平民出身の将校である。

 大佐まで出世していることから戦争中にはかなりの功績を上げている……らしいのだが、小太りで小柄な彼が敵兵士を薙ぎ倒した、というのは想像しにくいし、さらに言えば近衛部隊の訓練中も大あくびをしていたりとかなり怠惰な印象だった。

 噂では補給部隊の指揮官だった頃に多くの功績を残していたという話だったけども、正直言ってそれも眉唾だったんだよな。

 あと一番私が不信感を持っているのは、彼自身が人形使いドールマスターとしての能力がなかったことで……そんな人間が近衛部隊の指揮官なのは良いのかな? とは思ってた。

「貴様が帝都を離れたせいで俺はこんな田舎にまで出てくる羽目になった! 謝罪しろ!」


「えー……でも大佐が解雇しましたよね?」


「そうだ! 俺が解雇したがお前が帝都をでなければ良かっただけの話だ、土下座しろ!」


「ここ私の地元なんですけど……仕事なくなったら実家に戻るって普通じゃ……」


「うるさい! お前のおかげで俺は近衛部隊から離れて連れ戻すなんてバカみたいな仕事を受ける羽目になった! とにかくそのデカい胸で俺を慰めろッ!」


「うわ、最悪じゃん……」

 話にならない……昔から結構無茶苦茶な命令を出してきたり、公私混同が甚だしい指示をしてきたりとあまり良い上司ではなかったので、正直もう一度顔を合わすとは思わなかった。

 そしてその隣でまだポーズを決めているバーナビー・レミントン侯爵令息……こいつは以前会った時よりかは少し痩せており、ライオトリシアまでの旅路が少し過酷だったのを物語っている気がする。

 高圧的というか貴族然とした態度と表情は昔のままだけど、それを見ているパトリシアの顔は蒼白で今にも倒れそうなくらいにひどいものだったため、私はヴィギルスを動かして彼女を庇うように一歩前に出ると彼へと話しかけた。

「あの……うちの……ライオトリシア衛兵隊魔術師マグスであるパトリシアに何か御用ですか?」


「なんだ貴様……この俺が誰だかわかっているのか?」


「えーと、レミントン侯爵家の……」


「貴様、わかっているならなぜ頭を下げない、俺の所有物ものであるパトリシアを引き取りに来ただけだ、退け」


「何を言って……」


「……わたくしは……ッ! 帝都になんか戻りませんっ!!!!」

 あまりに高圧的な物言いに思わずカチンときた私が言い返そうとした瞬間、装甲馬車アルカヴァリスから降りたパトリシアが叫ぶ。

 思わず驚いたものの私はヴィギルスに駐機態勢を取らせた後、ハッチを開けて人形騎士ナイトドールから降りる……すっかり忘れていたが、相手は貴族と軍人である。

 人形騎士のパワーは凄まじく、振り回した四肢が人間にあたりでもすればミンチになるのは避けられず、もし揉めた相手が貴族だった場合はとてつもなくこちらが不利になる、というのを今更思い出したからだ。

 機体から降りてきた私を見て、クラーク大佐が何かを叫ぼうとした瞬間……隣でポーズを決めていたバーナビーがそれを制してパトリシアに向かって話しかけてきた。

「ほう? お前に選択肢などあると思ってるのかパトリシア」


「わたくしはあの夜にあなたに言ったはずです……人を人とも思わない男性とは婚約などできないと」


「笑わせるな、貴族の婚約というのは我儘一つで解消できるものではない」


「それでも……わたくしはあなたと一緒になどなりたくないですわッ!」

 パトリシアは目にいっぱいの涙を溜めて叫ぶが、その叫びも虚しく人形馬車の上でいまだにポーズを決めているバーナビーは冷笑を浮かべたまま彼女の願いを拒絶する。

 まあ、彼のいうことも一理あるっちゃある……この世界、特に帝国貴族の婚姻というのはとても厳格に定められた独自の論理によって成り立っている。

 婚姻を結ぶということは相手の貴族家、派閥などとの繋がりを深めることになるため、力関係やバランスなどを考慮した形で結ばれるのが一般的である。

 さらにこの世界において女性の地位は想像以上に低い……自立する女性というのもいなくはないし、カリェーハ女伯爵のように、女性ながらにして権力を握るような人物もいるけど、根本的な価値観としては女性は家に入り子を産み育て、主人のために尽くすのが当たり前だとされている。

 今回の件で言うと、バーナビーと婚約をしているパトリシアが、彼に反抗すると言うのはかなり異質なものであると言えるのだ。

「お前の父親……クリスティアン・ギルメール侯爵がそれを望んだ、パトリシアお前だけだ……俺に逆らうのは」


「わたくしの気持ちとお父様は関係ありませんッ!」


「だが、すでに婚約は結ばれているのだぞ……ギルメール侯爵家が皇太子殿下の派閥に組み込まれるのは決まっていたはず」

 そういえばギルメール侯爵家は元々中立派閥なんだよな……魔術師の名家ではあるが、数代前の当主が当時の勢力争いに負けて以降、政治を嫌い中立派であることを貫いているらしい。

 それ以前のギルメール家は帝室にも近く、特に魔術師の家系として名高かったために、権力の中枢にその名前が常にあった。

 古い文献などにもギルメール家の名前は多く登場するし、有名な宮廷魔術師もギルメール家からでていた時期があるのだ。

 対してレミントン侯爵家は数世代前から急激に勃興した魔術師の家系であり、『成り上がり』に近い貴族家と言ってもいいだろう。

 元々は子爵家として建国時には叙爵されていたそうだが、ちょうどギルメール家が政争に敗れた後くらいから一気に地位を上げてきている。

 とはいえ戦争では魔術師を多く輩出し、活躍した人物も多くいたらしいので、レミントン侯爵家の能力は確かなものだろう。

「全く……話にならん、ともかく俺はお前を連れ戻さなければならん」


「絶対に戻りませんッ!」

 パトリシアの激しい拒絶などどこ吹く風か……バーナビーは人形馬車からふわりと地面へと降り立つとともに、つかつかと彼女のそばへと歩み寄る。

 そして彼は突然パトリシアの頬を拳で殴りつけた……バキイッ! という鈍い音とともに、細い彼女の体が思い切り地面へと叩きつけられる。

 あまりに突然の行動に私も、メルタも……そしていまだポーズを決めているクラーク大佐ですら、バーナビーの行動に呆気に取られて身動きができない。

 今婚約者を殴った? しかも拳で殴ったのかこいつ……痛みで苦しげな表情を浮かべるパトリシアの髪の毛をまるでものか何かのように掴むと、思い切り彼女を引っ張り上げる。

「ふざけるなよ? お前が婚約に口を出せるような立場なわけないだろう? この愚図がッ!」


「いやああああッ!!」


「やめろッ!!」


「なんのつもりだ? 近衛をクビになったゴミカスが」

 そのまま痛みで悲鳴を上げたパトリシアをもう一度殴りつけようとするバーナビー……だが、私はそれよりも早く、その腕を片手で掴む。

 こいつは私の大事なパトリシアに拳をあげた……確かにこの世界には女性を平気な顔して殴りつけるクズが多いのは理解している。

 戦争中にそういう光景は散々見ているし、女性を暴行して楽しむ下劣な輩は味方、敵問わずに星の数ほどいるのはわかっているのだ。

 だが、目の前で行われているのは婚約を盾にした一方的な行為でしかない……契約によって繋がっている魂そのものが怒りで震えているのがわかる。

 私は掴んだバーナビーの手首をギリギリと握りしめ、怒りを隠せなくなった表情で彼を睨みつけるとともに、叫んだ。


「お前がふざけるなよ……無抵抗の女性、しかも自分の婚約者を殴りつけるクズの癖して……お前みたいなやつがトリシアを幸せにできるわけがないッ!!!」

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