第25話「第三の道と、新しい約束」
セバスチャンが王都に戻ってから一週間。アサギは落ち着かない日々を過ごしていた。
「大丈夫かな……本当に認めてもらえるかな……」
朝の準備をしながら、つい独り言が漏れる。フィーが心配そうに飛んできた。
「アサギ、また考えすぎてる! きっと大丈夫だよ!」
「そうよね……でも……」
その時、遠くから馬車の音が聞こえてきた。アサギとフィーは顔を見合わせる。
「まさか、もう結果が?」
急いで外に出ると、立派な馬車が止まるところだった。降りてきたのは、セバスチャンと、見たことのない年配の男性。そして――
「父上!?」
リーゼロッテが驚きの声を上げる。なんと、国王陛下その人だった。
「リーゼロッテ、お前もここにいたのか」
国王は苦笑しながら、娘を見る。今日の王女の変装は漁師風だったが、真珠のネックレスが台無しにしていた。
「へ、陛下……!」
アサギが慌てて跪こうとすると、国王は手で制した。
「よい。ここは王城ではない。それに、私も一人の客として来たのだから」
「お客様として……?」
「うむ。娘やセバスチャンから話は聞いた。一度、この目で確かめたくてな」
国王は遺跡を見上げる。その瞳には、好奇心が宿っていた。
「千年前の遺跡が、今も生きているという。そして、身分に関係なく人々が集える場所だとか」
「は、はい……」
「ならば、私も一人の客として、茶を頂けるかな?」
アサギは深呼吸して、笑顔を作った。
「もちろんです。どうぞ、中へ」
一行を店内に案内する。国王は興味深そうに店内を見回していた。
「ほう、温かい雰囲気だな」
「ありがとうございます。本日のお勧めは、朝摘みの紅茶です」
アサギはいつも通りに紅茶を淹れ始める。手が少し震えそうになったが、フィーが肩に乗って励ましてくれた。
「大丈夫、いつも通りだよ」
小さな声援に勇気をもらい、丁寧に紅茶を淹れる。香りが立ち上り、国王の表情が和らいだ。
「良い香りだ」
紅茶を差し出すと、国王はゆっくりと口をつけた。
「……ふむ」
しばらく黙って味わった後、国王は目を細めた。
「確かに、城で飲むものとは違う。技術的には城の給仕も負けていないはずだが……」
「それは、ここの雰囲気のおかげかもしれません」
アサギが答えると、国王は頷いた。
「そうかもしれんな。人の温かさが、味に影響するか」
ちょうどその時、常連客たちがやってきた。レオン、バルトロメウス、サラたち。彼らは国王の姿を見て一瞬固まったが、すぐにいつも通り席についた。
「よお、アサギ。いつもの頼む」
レオンがぶっきらぼうに言うと、国王が興味深そうに見る。
「ほう、元傭兵か」
「……! 陛下でしたか」
さすがのレオンも少し緊張したが、国王は笑った。
「構わん。ここでは私も一人の客だ。いつも通りにしてくれ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
レオンが普段通りに席に着く。他の客たちも、徐々にリラックスし始めた。
「陛下もいらっしゃるなら、特別な茶葉を出しましょうか」
バルトロメウスが提案すると、アサギが首を振った。
「いえ、いつも通りがいいと思います。それが、この場所の良さですから」
「賢明だな」
国王が頷く。
「特別扱いは、この場所の価値を損なう」
和やかな時間が流れる中、セバスチャンが書類を取り出した。
「陛下、例の件ですが……」
「うむ」
国王は紅茶をもう一口飲んでから、アサギを見た。
「アサギ・フォン・ローゼンベルク。いや、今はただのアサギか」
「はい」
「お前の提案を聞いた。遺跡を一般開放し、誰もが利用できる場所にする。しかし、運営は今まで通りお前に任せる、と」
「はい。それが、一番良い形だと思うのです」
アサギは真っ直ぐに国王を見つめた。
「この遺跡は、人々が集まることで生きる場所です。規則で縛れば、その命を奪うことになります」
「ふむ……」
国王は腕を組んで考え込む。その時、フィーが勇気を出して前に出た。
「あの! 王様!」
「ん? 精霊か」
「ここはね、みんなが笑顔になれる場所なの! アサギが一生懸命作った場所なの! だから、このままがいいの!」
必死な様子のフィーに、国王の顔がほころんだ。
「精霊にここまで慕われるとは。お前は大したものだな、アサギ」
「恐れ入ります……」
国王は立ち上がり、窓から外を眺めた。
「実は、私も若い頃、こういう場所に憧れたことがある」
意外な告白に、皆が耳を傾ける。
「身分も立場も関係なく、ただ一人の人間として過ごせる場所。王という立場上、それは叶わぬ夢だったが」
振り返った国王の顔には、優しい笑みが浮かんでいた。
「だが、ここにはそれがある。私の叶わなかった夢が、形になっている」
「陛下……」
「よかろう」
国王は決断を下した。
「アサギの提案を受け入れる。遺跡は一般開放とし、文化財として保護する。だが、カフェの運営は今まで通り、アサギに任せる」
「本当ですか!?」
歓声が上がる。リーゼロッテが父に抱きついた。
「父上、ありがとうございます!」
「こら、リーゼロッテ。店内では控えめに」
だが国王も嬉しそうだった。
セバスチャンが正式な契約書を用意する。条件は先日話した通り。月次報告と、年二回の調査受け入れ。
「署名をお願いします」
アサギはペンを手に取った。かつて、王位継承権放棄の書類にサインした時は手が震えた。でも今回は違う。これは、自分で選んだ道を守るための署名だ。
さらさらと名前を書く。その文字は、堂々としていた。
「これで正式に決定です」
セバスチャンが書類を確認し、国王が承認の印を押す。
「おめでとう、アサギ」
リーゼロッテが手を取る。レオンも、ぶっきらぼうながら笑顔を見せた。
「良かったな」
「皆さんのおかげです」
アサギの目に涙が滲む。でも、それは嬉しい涙だった。
国王が帰る前に、もう一杯紅茶を所望した。
「この味は、城では出せん。また来てもよいか?」
「もちろんです! いつでもお待ちしています」
「うむ。次は、もっと気楽な格好で来よう」
国王一行が去った後、店内は祝福ムードに包まれた。
「これで一安心だね!」
サラが笑顔で言う。
「ああ。アサギの勝利だ」
レオンも満足そうだ。
「いえ、みんなの勝利です」
アサギは店内を見回す。ここにいる全員が、この場所を守ってくれた。
夕方、一人になったアサギは、改めて契約書を見つめた。
『遺跡カフェ運営に関する協定書』
堅い題名だが、中身は温かい。この場所の自由を守りながら、文化財としても保護する。まさに第三の道だった。
「私、やったんだ……」
実感が湧いてくる。王国を離れて一年。まさか国王と対等に話し、自分の意見を通すことになるとは。
「成長したね、アサギ」
エルフィーナが現れて、優しく頭を撫でる。
「一年前のあなたなら、きっと何も言えなかったでしょう」
「そうですね……でも、それも皆さんのおかげです」
「いいえ」
大精霊は首を振る。
「あなた自身が選び、歩んできた道。その結果が、今日という日を作ったのです」
窓の外では、夕日が遺跡を金色に染めている。新しい約束と共に、遺跡カフェの物語は続いていく。
その夜の日記。
『今日、正式に遺跡カフェの運営が認められました。国王陛下まで来てくださって、本当に驚きました。
でも、一番嬉しかったのは、陛下が「一人の客」として紅茶を楽しんでくださったこと。身分なんて関係ない。それを、国王自身が示してくれました。
第三の道。それは、妥協でも逃げでもなく、新しい可能性を作ること。一年前の私には、思いつきもしなかったでしょう。
契約書にサインする時、手は震えませんでした。これが、私の選んだ道。私の居場所。そして、みんなの場所。
明日からも変わらず、美味しい紅茶を淹れ続けます。でも、その意味は少し変わりました。
私は、ただの元令嬢ではない。遺跡カフェの店主として、この場所を守り続けていく。
新しい約束と共に、物語は続きます』
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