第3話 異世界凸凹コンビ!
光を放つ電撃でモンスターを一掃した美杜は、川から上がって服についた水を軽く払った。
そしてずっと握りしめていた特攻服を、丁寧に水を払い畳んだ。
水を得て体力の回復はしたものの、地上での疲労はまだ残っている。
全身が重い。
そんな彼女の前に、少年が興奮冷めやらぬといった様子で駆け寄ってきた。
「すっげー!姐御、すっげーぞ!」
あまりの興奮ぶりに、美杜は思わず眉をひそめる。
「は?姐御?」
「まさか水ん中でそんな力出すなんて!」
キラキラと目を輝かせて詰め寄ってくる少年の純粋さに、美杜は少し気圧される。
こんな風に無邪気に感情をぶつけてくる人間は、久しぶりだった。
「…あー、そう。で、お前、誰だよ」
人間に見えるが、そのもふもふの耳と尻尾がただの人間の訳がない。
気だるげに問いかける美杜に、少年は胸を張り、得意げに自己紹介を始めた。
「俺はタツ!元は地球のカワウソで、異世界転生して人型になったんだ!」
「は……地球?カワウソ?」
「おぉ!地球ではカワウソギャングの抗争があって危うく命を落としそうだったところ、女神にココに連れてこられて獣人として力をもらったんだ!」
「カワウソがギャングの抗争なんてしてんの?ギャグ?」
「特攻のタツと呼ばれたもんだぜ!」
「知らん」
「で、あんたは?」
「……鈴木美杜。アンタと同じ地球出身でココに連れてこられた一人」
「元は何なんだ?魚とか?」
「最初から人間だよ。元レディース総長、ってとこだ」
簡単な自己紹介を終えると、タツはさらに目を輝かせて、美杜にこう言った。
「俺はカワウソ時代からの夢を諦めるわけにいかねぇんだ!」
「夢?」
「そう!俺、地上最強の男になるんだ!そのためには、もっと修行して強くなんなきゃならねぇ!」
「……へぇ、ガンバレー」
「だから…姐御!俺を弟子にしてくれ!」
タツは、そのまま美杜の前に土下座した。
その突然の展開に、美杜は面食らう。
弟子?最強の男?
「いや、意味が分からない。遊びに付き合っている暇はないから。」
「そこを何とか!俺、地上最強になって、魔王を倒すんだ!そんで地球に帰って、ふるさとのオジキ達の役に立つんだ!」
「……めんどくせぇ」
適当にあしらおうと、美杜はサイコメトリーでタツの心を読もうと試みた。
タツの悩みや弱点を当てて、「すごい」と思わせてから、「私から教えを乞わない方がむしろ吉」とでも言って遠ざけよう。
そう企み、さりげなくタツの肩を触った。
しかし、なぜかタツの心は他の奴らと違って上手く読めない。
透明な水のように澄み切っているのか、それともあまりに純粋すぎて掴みどころがないのか。
美杜は焦りを覚える。
予想外の展開だ。
「頼みます!姐御!」
「……」
美杜は溜め息をついて、真っ向から断わることにした。
「そんな土下座されても困るんだけど。つーか、なんで私がてめぇの師匠になんなきゃなんねぇんだよ。面倒くせぇ」
「そんなこと言わねぇで!姐御の電撃、めちゃくちゃカッコよかったっす!俺もあんな風に、痺れるような拳、打ちてぇ!」
タツは、美杜の足元にまとわりつくように離れない。
最初はうっとうしがっていた美杜だが、タツの天真爛漫な言動や、どこかで聞いたような任侠映画のセリフを真似する姿に、次第に既視感を覚えるようになる。
「『へっ、この姐さんがな、お前さんのケツはきちんと拭いてやるぜ!』…なんてな!さっきの姐御、俺がカワウソ時代に見かけた映画のシーンみたいで俺もビビビって来ちゃったんです!」
タツが、どこかの映画で聞いたようなセリフを、身振り手振りを交えながら得意げに喋る。
その言い方、その表情。
美杜の胸の奥で、カラン、と何かが音を立てた。
それは、遠い日の記憶の扉が開く音。
『美杜姉ちゃん、俺、大きくなったら、お姉ちゃんを守れる強い男になるからな!』
幼い頃、自分よりも少しだけ背の低い弟が、ボロボロになった自分の手を取り、まっすぐに言った言葉。
その時の、弟のひたむきな眼差しと、どこか大人の真似事をするような仕草が、目の前のタツと重なる。
美杜は自分の記憶が過るのを止められなかった。
まだ幼い頃から、美杜は父親からの激しい暴力を受けてきた。
酒に酔い、機嫌を損ねれば、容赦なく手が飛んでくる。
幼い弟は、そんな美杜の背中に隠れて震えていた。
『姉ちゃん、痛い、痛いよぉ…』
ある日、父親の怒りが弟に向けられた時、美杜はとっさに弟の前に立ちはだかった。
『やめろよ!このクソ親父!』
その時、美杜の頬に、乾いた音が響いた。
目の前が真っ白になり、地面に倒れ込む。
それでも、美杜は弟を庇うように、体を丸めた。
痛い。
苦しい。
それでも、弟を守らなければという一心で、美杜は歯を食いしばった。
そんな日々だった。
その後、両親の離婚により、幼い弟は母親に引き取られ、美杜は父親の元に残された。
引き離される瞬間の、弟の泣き叫ぶ声が、今でも耳の奥でこだまする。
『姉ちゃん!姉ちゃんも来てよぉっ!姉ちゃぁあんっ!』
あの時、自分は弟を守れたのだろうか。
いや、守れなかった。
結局最後は母親が連れていってくれたから弟は助かっただけで、自分は何も出来なかった。
そして経済面の理由で美杜は父親のところに置いていかれた。
家族というものが、これほど脆く、そして無力なものかと、幼い美杜は悟った。
血の繋がりは、何の保証にもならない。
むしろ、縛り付ける鎖のようなものだと。
その経験から、彼女は家族愛というものを信じられなくなり、荒れてレディース総長になったのだ。
誰にも頼らず、誰にも弱みを見せず、ただ一人で強くなることだけを考えてきた。
それが、美杜の生きる道だった。
しかし、今は目の前に、かつての弟を可愛がっていた頃の感情を思い出させるタツがいる。
タツはワクワクを抑えられない様子で嬉しそうに美杜に言った。
「頼みます!姐御!森を歩くのが大変なら、毎日迎えに行きます!」
「……好きにしろよ」
幼い少年をこれ以上突き放すことが、美杜にはだんだんできなくなっていた。
あの日の弟の笑顔が、タツの表情に重なる。
「これで満足かよ。じゃあ私は帰る!」
それだけ言って美杜は川から出て、スタスタと歩き出した。
しかし数メートルでゼエゼエと息切れし、四つん這いで両手をついた。
「……」
「……姐御、帰りも送ります」
「……」
結局、帰りはタツのおんぶで海まで送ってもらった。
全身が鉛のように重い。
こんな体で、どうやって魔王を倒せというのか。
女神の無責任さに、再び怒りが込み上げる。
◇◇◇◇
あれから毎日、美杜の海へ迎えに来るタツ。
タツが海辺に来ることは千里眼でお見通しで、美杜もそれに合わせて口呼吸タイムにすることにして海から出てきて上陸した。
「うぉ!?なんで俺が来たことわかったんですか!さすが姐御っす」
「……お前はなんか千里眼で見ると何故かやたら主張が強いんだよな。お前の存在がうるさいからかな」
「うるさいとはなんすか!!」
ぷんぷんと飛び跳ねて怒りをアピールするタツを無視して特攻服を羽織った。
羽織った瞬間、地上の重力に負けるように美杜はしゃがんだ。
「は~ぁ!だる……」
「姐御は水中じゃすげーけど、地上だとフニャフニャだな!」
「うるせぇ。てめぇは黙ってろ」
タツは遠慮なく美杜をからかう。
美杜も、それに毒づきながらも、そんなやりとりも慣れてきたものだった。
そしてタツに運ばれて、川まで行くのも日課になった。
タツが走ると、特攻服の裾が揺れ、美杜の髪が風に揺れる。
この奇妙な生活が、少しずつ当たり前になっていくのを感じていた。
「じゃあ、俺が昨夜に新たに考えた必殺技見てくださいね!」
「はいはい」
「侠気キッーク!!」
「普通にダセェ」
「ふっ、俺の拳で痺れな」
「更に決め台詞がダセェ。てか拳じゃねぇし。キックだし」
「もうー!姐御はいちいちうるさい!!」
美杜は川に浸かりながら、ぷかぷかと水面に体を預ける。
水の中の快適さは、地上での疲労を忘れさせてくれる。
ふと、タツに問いかけた。
「なぁ……なんでそこまで強くなりたいわけ?」
「ん~?とりあえず今はやっぱ魔王を倒したいからですかね!魔王を討ち滅ぼすために、今以上に強くならなきゃ!」
「いや、女神に言われたからってそんな無理に魔王なんて倒さなくて良くない?私達に突然言われたって、何の関係もない異世界の平和を守る義理はウチらに無いっていうか。普通に平和じゃん、今」
「……平和じゃないです」
「は?」
「俺は今、この先にある村でお世話になっていますが、魔王の存在でモンスターが活発だから襲われるのはもちろん畑が荒らされたり仕事の作業にならなかったり……治安という意味でもお金の意味でも……村の人みんな、毎日の生活が苦しそうです」
「……そうなんだ」
美杜の心に、小さな衝撃が走った。
これまで自分のことしか考えてこなかった美杜には、この世界の「平和じゃない」という現実が、まるで他人事だった。
「俺、単純に目の前にいる困った人やお世話になってる皆の力になりたいっす!」
誰かのためと言い切れるタツのその真っ直ぐさは、まだ幼いから出来ることだろうなと思うと眩しかった。
そしてこっちの世界に来てから人と関わらなかったから、この世界の人達の様子なんて一切知らなかった美杜は、さすがに軽率な発言だったと少し反省した。
「あ、そういやお前も転生の時に女神から何か力をもらったんじゃねぇの?」
「あ!押忍!まずは人型になることと、次にえ~っとなんだっけな~。防御力アップ、回復力スピードがすげぇ……とかだったかな?」
「ふ~ん、全体的に身体能力の向上って感じで特殊能力は無い訳ね。あ、人化が充分に特殊か」
「でもカワウソ時代の特技は今も出来ますよ!潜水できます!」
そう言ってタツは川に入り、ハイスピードで泳ぎ、水中から美杜の目の前までジャンプして「わっ!」と笑顔で驚かそうとした。
美杜は大した驚きの反応もせず「はいはい」とタツの頭を撫でた。
海中も孤独ではなかったと言っても、触れる度に思考を読まれる訳だから水中モンスター達は美杜を尊敬しているものの必要以上に近付いたり、ましてや触れようとはしなかった。
だから心が読めないタツとは、安心してこうして遠慮なく頭を撫でることができて、触れ合いの交流が新鮮で心が休まる感覚があった。
しかし頭を撫でている時に、ピクンと美杜が反応した。
「姐御?どうかしました?」
「……近くにゴブリンがいる」
美杜の千里眼のセンサーが、水中の生物とは違う、地上の生物に反応したのだ。
それも、好戦的な気配を放つモンスターに。
「だからタツ、ここから逃げよう。お前も潜れるならこのまま水中に……」
「うおぉぉぉー!俺の必殺技をさっそく試すぞおぉー!修行じゃあー!」
「て、おい!こら!!タツ」
タツは嬉しそうに叫びながら無謀な突進を繰り返す。
こうやって修行と称してモンスターに突撃するのは一度や二度ではなかった。
近くにゴブリンがいたら突っ込んでいくし、スライムがいたら体当たりを食らわせる。
美杜は呆れながらも、急いで走ってタツを追いかける。
元がカワウソということもあり、小柄な体に似合わず割と攻撃的で驚くほど打たれ強い。
モンスターの攻撃を受けても、くるっと宙返りして着地したり、多少のダメージであればすぐに立ち上がって「へっちゃらだぜ、姐御!」と笑ってみせる。
「俺の拳で痺れな!」
タツは、いつもの任侠映画の真似をして、得意げに決め台詞を叫ぶ。
だが、いつもモンスターに止めを刺すことは、なかなかできない。
結局、いつも最後は美杜の電撃が、モンスターを沈黙させる。
「ダセェ台詞」
美杜はそう言いながら、タツの尻拭いをする日々だった。
地上の魔法行使は、美杜の体力を容赦なく奪い、すぐにヘロヘロになる。
疲労困憊で、天を仰いだ。
「姐御……すみません。俺、何でかいつも相手をひん死にできなくって……今日こそはって必殺技も考えたのに……何がダメなんでしょうかね?」
「知らん!」
仰向けでぜぇぜぇと息切れする美杜は、大きな声で短くそれだけ言った。
「へへ、姐御って本当最強にはあと一歩おしいっすよね~。す~ぐバテて!」
「誰のせいだと思ってんだ」
「へへへ~」
「大体、これまでは弱いモンスターだから私の地上の電撃でも何とかなってるんであって、同等か格上だったら私でも尻拭いできねぇからな!」
「押忍!つまり俺がもっと強くなれってことですね」
「違う!無闇に敵に向かってくなって言ってんだ!」
美杜はそう言いながらも、タツの隣で、ドタバタした日常が、じんわりと心に染み込んでいった。
それは、彼女が今まで知らなかった、少しだけ騒がしい、そんな『日常』の形だった。
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