想いの継承〜転生専門学校の「メラ」と「ケン」〜

名瀬きわの

episode 1:転生(リボーン)

「皆が幸せになるにはどうしたら良いだろうか。」


その声は、目の前にいる男を困惑させた。突拍子もないことを口にする友人に、目の前の男は静かに答えた。


「皆の願いが叶う世界であればいいんじゃないか。」

「なるほど。」


冗談を言ったつもりだったが、友人は納得したように口元を綻ばせた。


「そんな世界があればきっと素敵だろうな。」

「そうだな。」


しばらく黙り込んだ後、友人はそっと呟いた。


「−−−」



____


都市開発が進んだエリアから少し離れた場所にそびえ立つ転生リボーン専門学校のビルは、陽光を反射させ一際目立つ。周辺にある巨大な車道には、多くの電気自動車が飛行しており、電気による熱放出の影響でやや温度が高い。その熱と新入生メラの高揚感が交わり、体感温度はまるで真夏の気温のようだった。


ビルの前に広がる広場には、専門生や近所の住民らがちらほらいる。彼らのほとんどは設置されているベンチに座ったり、芝生の上にしゃがみ込むようにしてリラックスしていた。先ほどの車道周辺とは対照的に涼しかった。


ビルの前に設置されたデジタルゲートに到着した彼女は、左手首に装着したバンクルをゲートのスキャナーにかざした。するとピロンと優しい電子音と共に、ゲートが開いた。


「ここが、転生リボーン専門学校・・・」


ゲートを潜り抜けた少女は、ひとり呟いた。辺りをキョロキョロと見渡すと、腰まで伸ばした桃色の髪が揺れ、体に張り付いた。そんなことは気にも留めずに、館内を歩く教師や生徒、電子モニターに表示された講習会のお知らせ等のチラシを眺めた。


(今日からここで転生管理者リボーンキーパーになるための勉強をするんだもんね!夢心地でいまだに実感がないなー)



転生管理者リボーンキーパーとは、転生管理局リボーンコーポレーションが名付けた独自の職種である。主な業務内容は顧客を「転生リボーン」させることであり、この技術は専門的で極めて難関な業務である。


そもそも「転生リボーン」とは、現在の世界から別の世界へ移動することを意味する。移動の際、彼らは今の姿ではなく「彼らが望む姿」へと形を変えて移動することから、「生まれ変わり」すなわち「転生リボーン」と呼ぶようになった。


このサービスが始まった当初は、まだ具体的な技術や方法が公開されていなかったこともあり、転生管理局リボーンコーポレーションは「怪しいサービスを提供する危険な企業」というイメージがあった。しかし転生リボーン専門学校をはじめとした技術やスキルの提供、口コミが徐々に広まり次第に日常に浸透していった。現在では大企業となり、知らないものはいない。



そんな大企業に所属する転生管理者リボーンキーパーはメラにとって憧れの職業であり、大きな夢のひとつであった。幼い頃はいろんなことに興味があり、「お花屋さんになりたい」「獣医さんになりたい」など語るような少女であった。しかし彼女が転生管理者リボーンキーパーという職業を知り、この職種一直線に目指すようになったのには理由がある。それは姉エマの存在である。


ひとまわりも年上のエマは、優秀な転生管理者リボーンキーパーである。社員の中ではまだ若年層に含まれる彼女であったが、功績は数えきれない。そのため今では転生管理局リボーンコーポレーションが抱える伝説のひとつとなっている。


しかしいくらこれらの功績を積んだところで、通常の業務をこなすだけでは伝説になることはない。では何故エマは伝説になったのか。それは、7年前に起きた極めて重大な事件「Re : Setリセット」を解決したからだった。この功績が彼女のキャリアを高めたことはいうまでもなく、この事件解決に伴って彼女の名は世界へと広まったのだ。


今ではエマを尊敬する人は数多く存在し、メラもその中の1人だった。


(いつか、お姉ちゃんみたいな立派な転生管理者リボーンキーパーになるんだから!)


そう心でつぶやき、事前資料で提示された教室に向かうことにした。


____


バンクルに表示された地図マップを片手に、メラは教室に向かった。

館内は外観のビルからは想像できないほど、近未来的な構造だった。まるでSF映画に出てきそうな基地ベースのようで、ますます期待に胸が膨らんだ。


指定の教室を見つけると、ドア付近に設置されたスキャナーで個人情報の認証を行う。正常に確認作業が完了したことを示すピロンという音が鳴った後、ドアが自動でオープンした。


各座席は指定されており、机上には名前と顔が表示されていた。メラはキョロキョロと辺りを見渡し、己の座席を探した。幸いなことに教室自体はそこまで広くないことに加え生徒も少人数のため、彼女の座席は想像よりも早く見つけることができた。


座席に着くと、机上に表示されたQRコードをバンクルで読み取り認証を完了させた。すると先ほどまで表示されていた情報は消え、ただの机になった。


(今日からここでこの人たちと一緒に勉強するんだ!仲良くできるといいけど・・・)


授業への情熱とは裏腹に、同級生が漂わす異様な空気に圧倒されたメラは、心の中でそう呟いた。本当はすぐにでも話しかけて仲良くなろうと思っていたのだが、そう考えているうちに前方にあるモニターが起動した。入学式が始まったのだ。


前方にあるモニターには、「ご入学おめでとうございます」というメッセージが表示された。そしてその画面がフェードアウトすると、この学校の教師であろう人物が映し出された。


彼は今回の入学式の司会進行を務め、入学者への祝いの言葉から校長や教師、来賓客の紹介、今後のカリキュラムについて説明した。


意欲満々であるメラであったが、形式的すぎる入学式はどうも退屈であり、何度も瞼を閉じそうになった。その度に太ももをつねって、意識を取り戻した。この行為を数回繰り返した後、「本日はスペシャルゲストをお呼びしています」という掛け声と共に、画面が切り替わった。


周囲の生徒が一斉に騒ぎ出したので、エマは瞳を擦りながら顔を上げた。モニターに映された人物と目が合った瞬間、彼女の睡魔は一気に吹き飛んだ。モニターに姉エマが現れたからだ。


<みなさん、この度はご入学おめでとうございます。私は現在転生管理局リボーンコーポレーションにて転生管理者リボーンキーパーを務めているエマと申します。おそらく、ここにいる皆さんで私の名前を知らない方はいらっしゃらないと思いますが・・・>


(お姉ちゃん!今日入学式に出るなんて一言も言ってなかったのに・・・)


今日、メラが転生リボーン専門学校に入学することはエマも承知であった。入学祝いを兼ねた家族ディナーについて、何度か姉と会話する機会があったが、今日このような形で参加することは聞いていなかった。


姉のサプライズに動揺しつつも、声を出さないように気をつけた。下手に姉妹だと発覚したら、色々とややこしいだろう。喉元まで出かけた言葉を飲み込み、冷静さを取り戻した。


そんな妹の苦労を知るはずもない姉は、淡々と話を続けた。


<7年前に起きた事件「Re : Setリセット」をきっかけに、多くの規定が見直されました。この事件をきっかけに明るみになった不正や裏事情によって、一時は多くの非難を受け弊社の業績が悪化するまでに至りました。しかしひとつひとつ丁寧に向き合うことで、今では再び信頼を取り戻し、これまで以上に業績を伸ばしています。>


当時はこの事件のニュースで持ちきりだったことは言うまでもなく、一時的に株価も暴落した。そんなどん底の状態だった企業を社長やエマを含めた社員が立て直し、予想よりも早く回復したのだから、彼らの優秀さは計り知れない。


この後もエマは色々話を続け、ここにいる転生管理者リボーンキーパーを志す少年少女は瞳を輝かせながら、熱心に首を縦に振っていた。しかしメラだけは違った。


(ここにいるみんなは、を知らないんだもんね・・・)


7年前に起きた事件「Re : Setリセット」の記憶を1人辿っていた。この事件はメラにとっても、人生を大きく変える出来事であったからだ。


この事件は、当時転生管理局リボーンコーポレーションに所属していた若い男性社員が子どもを人質に取って立てこもった事件と伝えられている。彼は社内に蔓延る不正やそれらを揉み消した証拠を持って会社を脅迫し、国や企業に法改正をするよう要求。最終的にそれらの事実を国や企業が認め、それによるバッシングと規定の見直しが行われた。


ここでいう不正とは「本来『転生リボーン』させる必要のない人物を意図的に『転生リボーン』させたこと」を指す。当時、この技術は特殊なものであることから、限られた人しか利用できなかった。たとえば偉業を成し遂げた研究家や、世界平和に貢献した活動家などが該当する。

これ自体は世間の承知であり、特に問われることはなかった。多くの住民は「良い行いをしたご褒美に新しい人生を与えてもらえる」と受け入れていたのだ。


しかし国は密かにこの技術を悪用し、過去に罪を犯した人物やその一族を「転生リボーン」させ、永久追放をしていたのだ。このにより、犯罪者もといその一族は二度とこの世界に戻ることはできず、世界から葬られてしまったのだ。


犯罪者といえど、更生する余地すら与えないまま存在抹消という名の死を与えるこのシステムは、多くの住民の心を震撼させ、同時に憤りを感じさせた。この残酷すぎる事実は「Re : Setリセット」をトリガーとして露呈され、大ごとになったことはいうまでもない。これにより国や企業は反省し、現在は「どんな方でも安全に」「なりたい自分になることができる」ことを目標とし、今日まで奮闘することになった。



ここまでは誰もが承知の事件だが、真相はより複雑で同情的だった。


この事件を起こした犯人は、実は姉エマの同僚だった。彼は彼女には及ばないが優秀で、幾つも業績を上げていた。人当たりがよく頼りになる人格者であったことから、社長や社員だけでなく顧客は誰ひとり「まさか彼がこんな行動をするとは考えられない」と感じたことだろう。それだけの信用を勝ち取った男は、同時にそれだけの信用を失ったのだった。


そもそも彼は人格者などではなかった。彼がこの企業に入社したこと、転生管理者リボーンキーパーとして業務を遂行していたことは、全て「彼の復讐のため」でしかなかった。


彼の一族は昔とある事件の加害者として逮捕された。実際は全くの無実だったのだが、それを聞き入れてもらうことは叶わなかった。そしてついに一族は、冤罪であるにも関わらず流刑「転生リボーン」を処されてしまった。


そのことを知った彼は国や企業の情報を掴むべく、内部に潜り込んだ。そこで発覚した様々な不正、そして自身の一族の来世に驚愕した。彼の家族は皆、植物や昆虫など「人間以外」の生命体に「転生リボーン」させられたのだ。加えて彼らは、人々が忌み嫌うような生命体(雑草やゴキブリなど)に変えられていたのだ。


基本的に一般人が「転生リボーン」先を知ることはできない。これは顧客の個人情報に関わる内容であることに加え、来世に該当する別世界を見聞きする手段がないことが挙げられる。しかしこのサービスを提供する転生管理局リボーンコーポレーションは例外であり、「転生リボーン」先の状態を確認することができる。


そのため転生管理者リボーンキーパーは常に「転生リボーン」した顧客の様子をチェックすることも業務の一環であった。彼はその業務を利用して、自身の一族の今の姿を調べた。雑草として生まれ変わった父は通行人に踏まれたりいたずらに除草され、妹はゴキブリに姿を変え駆除対象にされたことを知った。この時彼が感じた屈辱は想像に難くない。


哀れな彼の生い立ちだが、彼が復讐のために行った数々の行いは決して許されるものではなかった。取り返しがつかなくなるあと一歩のところでエマに阻止されたことで、彼の復讐劇は未完成のまま幕を引いた。



事件解決の手前、彼とエマは一騎打ちになったのだが、その時彼が彼女の妹を人質に立てこもった。それが今のメラである。今でも彼から受けた傷が首元に残り治らない。その度に、彼に脅された恐怖を思い出すと同時に、助けてくれた姉を心から尊敬するばかりだった。


(私もいつかお姉ちゃんみたいなすごい人になりたいなー)


そう心の中で呟き、再び入学式に集中した。


<皆さんがこれから目指す転生管理者リボーンキーパーはとてもやりがいのあるお仕事です。大変なこともあると思いますが、皆さんで協力し合い乗り越えてください。そして無事転生管理者リボーンキーパーになりましたら、一緒に働きましょう!>


気がつくと入学式は終了し、新入生は帰宅準備を始めていた。


____


メラは転生管理局リボーンコーポレーションへ足早に向かった。転生管理局リボーンコーポレーションは専門学校から少し離れた場所に所在した。多くの人が利用する交通機関がある方向とは真逆に位置するためか、すれ違う人はほとんどいなかった。


無事にビルを発見し、近くの警備用ロボットに軽く挨拶をして自動ドアを通った。ドアの向こうに広がる巨大なロビーを目の当たりにすると、彼女は大きく深呼吸をして近くのソファに座った。


実は転生管理局リボーンコーポレーションを訪問するのはこれが初めてではない。小さい頃から姉に会うために何度も訪れたビルは、まるで「第二の家」のような安心感を与えた。しかし今日は普段とは違う不思議な感覚を覚えた。


(私の制服を見たら、みんな転生リボーン専門学校の生徒だってわかるよね・・・)


一般客(というよりも、社会科見学に来た子どもに近いが)としてビル内にいるときは感じなかった視線を強く意識してしまう。胸元にある「入学おめでとう」と書かれたブローチが、さらにその気持ちを加速させた。



「あれ?メラちゃん?」


突然声をかけてきたのは、転生管理局リボーンコーポレーションの受付係であるティナである。彼女はメラが幼い頃から受付を担当しており、何かとお世話になっていた。幼い頃、何度か忙しい姉に会うために会社に訪れた際、取次や待ち時間の雑談、お菓子の提供までしてくれた存在だ。


「今日、入学式だったのね!おめでとう!」

「ありがとう!」


まるで自分のことのように喜んでくれるティナを見て、自然と笑みが溢れた。


雑談スモールトークをした後「エマに用事かな?」と聞かれたので「そう。でもまだ予定時間より早いの」と返答した。今日の夕方から入学祝いのディナーがある旨を伝えると、ティナは「素敵ねー」と拍手をしながら飛び跳ねた。


「でもエマって普段、結構忙しそうだけど・・・ちゃんと有給取れたのかしら?」

「みたいだよ!今日は時短勤務だって!」

「よかったじゃない!」

「ね!」


微笑ましそうな顔をしたティナを見ながら、改めて姉がいかに多忙かを痛感した。


(どんなに忙しくても、私のためにいつも時間を作ってくれてたんだね。ありがとう、大好きだよ!)


そう心につぶやくと、目の前にいる受付係が話題を変えた。


「そういえば、さっきメラちゃんと同じ新入生の子を見かけたよー」


その話を聞いてメラは驚いた。入学早々転生管理局リボーンコーポレーションを訪ねるとは、とても勤勉な人物かあるいは少し変わった人物なのかもしれない。好奇心が勝り、思わずティナに尋ねた。


「どんな子だった?」

「うーん。明るい印象は受けたけど・・・」

「けど?」

「どこか『心、ここにあらず』というか、考え事してるような感じで・・・」

「!?」


受付係の説明は曖昧ではあったが、彼女の興味を引くには十分だった。


(なんでここに来てたんだろう?)

「その子、男の子だったんだけど。これ、忘れていっちゃったんだよね。」


ティナがそう言って見せたのは学生証だった。本来、学生証はバンクルに登録されているが、なぜか彼はその情報をアナログとして携帯していた。彼は、とある手続き(秘匿のため何かは教えてくれなかった)のために身分証として提示した際、これを忘れたままいなくなってしまったらしい。


現在、あらゆるものはほとんどデジタル化しており、アナログ形式を採用する人は珍しい。久々にペーパーを見て驚きつつ、氏名を確認した。


「ケン?」

「そう。写真だと分かりにくいけど、意外と背が高い子だったね。」

「へー」


少し長めの灰色の前髪から覗く緑色の瞳が綺麗な少年だった。口元はキュッと口角をあげ、証明写真らしからぬ笑顔を浮かべている。一見活発そうな印象を与えるが、メラにはどこか思い詰めた表情にも見えた。しかしこのことは口に出さず、ある提案を口にした。


「これ、私が届けてもいい?」

「え?」


彼の瞳に吸い込まれるように口にした言葉に、メラ自身も驚いた。


「一応ここでの落とし物扱いだからねー。まぁ、まだ手続きしてないし・・・」


本来社内での落とし物は社内で管理し、所有者が現れた際に届ける規則ルールであった。社内で管理するには、受付端末から「落とし物リスト」のサイトにアクセスし、登録する必要がある。基本的には業務終了30分前に行うことになっていた。それまでに持ち主が取りに戻ってきた場合は、記入する必要はない。


実際のところ、入れ違いを考慮するとメラの提案はあまり効率的ではない。しかし、毎度「落とし物リスト」に入力し管理することを少し手間に感じていた受付係は、少女の純粋な提案に利益を感じた。


「じゃあ、お願いしちゃおうかなー」

「やったー!」


当然だがこのことをメラに伝えることはなく「気になっちゃった?年頃だねー」と冷やかして、ケンの学生証を渡した。


「ちゃんと届けてくるね!」と言って、メラは会社を後にした。



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