第4話 始まりの朝


 ふと目が覚める。

 指輪に内蔵されたアラームが鳴る前にそれを止め、ヒナタはゆっくりと身を起こした。

 見知らぬ部屋と、着慣れぬ寝間着。ぼんやりとした意識に昨晩のやりとりが思い出される。



 「夢……じゃないよね」



 そう呟いて、ヒナタは自身の両隣で眠る子供たちの頭をそっと撫でた。

 

 旅行帰りに星間事故に遭い、銀河文明とは1000年も違う未開の惑星に漂流。

 現地で子供たちが攫われかけ、途中知り合った青年たちと話し合いの末に、保護と引き換えに顔も知らない男の偽りの婚約者となることを決めたのは昨夜のこと。

 

 ほんの数時間前まで状況は目まぐるしく、心身ともに疲れ果てていたはずなのに、それでもどこか警戒してうまく眠れなかったらしい。

 子供たちとは違う客間をあてがわれたがそれを辞退し、同じ部屋を選んだヒナタは改めて明るくなった室内を見回した。

 

 寝台には竹で編んだたかむしろが敷かれ、その上に薄褥うすぶすまと薄掛けの絹布。

 部屋と廊下を隔てる引き戸も、上部には薄布、下部には丁寧に編まれた竹格子の細工があり、通気性を保ちながらも視線は遮る美しさがあった。

 だがそれは、どこか遠い――異国の様式だ。

 


 「本当に、ガイアじゃないんだ……」



 戸越しに感じる赤雲を透かした朝の光に、ヒナタはこれが夢だったらという思いを消し去る。

 銀河ネットワーク内の惑星なら、一日中雲が赤くなるような異常現象はありえない。

 

 ここが間違いなく裏律界ディスコードゾーンの未開惑星なのだと再確認したヒナタは、気を引き締めるようぎゅっと絹布を握りしめた。



 「……んうぅ……ままぁ……?」

 「おはよう、ルーク。ママはここ。……体は? どこか痛かったり、気持ち悪かったりしない?」

 「うー……?」


 

 身じろぐ気配にヒナタが声をかければ、寝ぼけたままのルークがぎゅっとヒナタの服を掴む。

 その声に反応したのか、反対側で寝ていたアステリアももぞもぞと動き始め、ルークと同じく寝ぼけまなこのままヒナタに手を伸ばした。

 

 二人をそれぞれ膝に抱き上げ無事を確認したところで、ようやく子供たちもこの異変に気付いたらしい。



 「……ママ。ここ、どこ?」

 「おうちに帰る途中にね、ちょっと迷子になっちゃったの。だからお迎えが来るまでは、しばらくここで過ごすことになったんだ」

 

 

 きょろきょろと部屋を見回す二人に、ヒナタが安心させるよう柔らかな口調で伝えたその時、戸の向こう側から気配がする。


 

 「おはようございます、ヒナタ様。李姜リキョウでございます。朝餉をお持ちいたしました。……入ってもよろしいでしょうか?」



 見知らぬ声に子供たちの動きがぴたりと止まる。

 それを安心させるようぎゅっと抱きしめ、「大丈夫よ」とヒナタは微笑んだ。


 

 「えぇ、どうぞ」

 

 

 思えば寝起きのまま顔さえも洗っていないが、今の状況ならばしょうがない。

 ヒナタの許可のあとに「失礼します」と静かに戸が開き、手に盆を持った二人の女中が現れた。

 

 一人は昨日お茶を出してくれた李姜という年配の女性。

 もう一人は彼女のひとり娘だという李花リファだ。

 

 二人ともこの屋敷で住み込みで働く家人だと昨日宝珠に紹介されたばかりで、部屋に入るなり、起きていた子供たちを見て双眸を緩ませる。

 娘の李花が盆を卓に置くと、まだ寝台の上で固まっていた子供たちを驚かせないよう、そっと視線を合わせてしゃがみ込んだ。


 

 「昨日は眠っていたから、これが初めまして、ですわね。おはようございます、私は李花といいます」

 「……ぉはよう、ございます……」

 「……おはようごいます?」

 「ふふ、おはようございます。どうか私のことは李花と呼んでくださいね。お二人のお名前を聞いてもいいですか?」



 おずおずと朝の挨拶をした子供たちは、反射的に母であるヒナタを見上げる。

 そんな二人の背を押すよう、ヒナタは軽くその肩を抱いた。

 


 「ふたりとも、お名前だって」

 「おなまえ。えっと……リア、だよ……アステリア」

 「……ぼくは……ルーク」

 「ふふ、ごめんなさい。本当はもっと元気だけど、今は子供たち驚いてて。アステリアの名前は呼びづらいと思うからリアで構わないわ。本人も気に入っている愛称なの」

 「分かりました。ルーク様にリア様ですね」


 

 李花が微笑む傍ら、李姜が手早く朝食の膳を整える。

 蓋を取った椀からふわりと漂うのは、魚の出汁と穏やかな醤の香りだ。

 

 

 「さぁ、みなさま。朝食のお時間ですよ。お口に合うといいのですけど」


 

 そう言って卓に並べられたのは、白米の卵粥にカラメル色の蜜で煮られた果肉。

 ガイアとは文化が違うため、食べられないものがあったらどうしようと一瞬頭をよぎったが、見知った食材にほっとする。

 


 (……うん、大丈夫。問題なし)

 

 

 念のため、こっそり情報解析をしてから粥を口にしたが、口に広がったのは警戒さえも溶かすような優しく淡い旨味だけ。

 

 

 「ママ、これなぁに?」

 「ん? それは……多分、リンゴかな?」

 「はい。そちらは林檎の甘煮になります。リア様はまず先にそちらを召しあがってみますか?」


 

 アステリアが興味を示したのは小鉢に入った甘煮。

 ふわりとした優しい蜂蜜色に煮詰められた林檎を一口食べた瞬間、アステリアの目がキラキラと輝いた。

 

 甘くコトコトと煮込んだ林檎はどうやら三歳児のお口にも合ったらしい。 

 そしてそれを見たルークも甘煮をねだり、穏やかな朝餉の時間はゆっくりと過ぎていく。


 食後一息ついた後、今日最初の来客がひょいと顔を出すまでの話だが。


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