七月 蝉しぐれのようにざわつく心①







(信じられない、信じられないーー!!)


 ヒナタは感情に任せたままフライパンの中身をかき混ぜ、お玉でお皿に盛った際には勢いで中身が少し飛び出た。


(誰が小学生よ、誰が!)


 確かにヒナタは今どきの女子高生にしては化粧っ気もないし、丸顔でどちらかと言えばベイビーフェイスだ。

 けれど身長は158センチで大きくはないが決して小さくもない。昔から少々幼く見られることはあったものの、まさか高校生にもなって小学生と間違えられるとは思わなかった。


 珍しく荒ぶって、ドンッとテーブルに置かれたお皿に仕事を終えてテーブルに付いていた昴が苦笑いする。


「……まあまあ。外国の人から見ると日本人は若く見えるっていうから仕方ないよ」


 それだけヒナタが可愛く見えたってことじゃない? と兄として渾身のフォローを入れたが、ヒナタは悔しそうに箸を握りしめた。


「だってアイツその後なんて言ったと思う!? 『ごめんごめん、チューガクセイにもプライドはあるよな』って……私は中学生でもないし、完全子ども扱いしてた!」


 悔しい~! と、すっかり彼に対して敬語の抜けた口調で吠えたヒナタに昴はやれやれと眉を下げて夕飯に口をつけた。





「え。お前マジか」


 大学の講義後、フェンシングの練習場で薦めた朝比奈接骨院に行ったのかとガヴィに尋ねた颯馬が事の経緯を聞いて爆笑した。

 ガヴィは納得のいかない顔をして唇を尖らせている。


「ヒナちゃんに小学生って言ったの!? あの子、高校生だぞ。16。そりゃ怒るわ」


 腹を抱えて笑う颯馬を恨めしそうに見る。


「……まさかあの見た目でキーナより年上だなんて思いもしなかったんだよっ。子どもなのによく動いて偉いなぁって単純に褒めたつもりだったんだ」


 あんなに怒ると思わなかった、と頭をかくガヴィに颯馬が面白そうに笑う。


「……でも珍しいな。ヒナちゃんがそんな声を荒げて怒るなんて。俺結構長い付き合いだけど、怒られたことないわ。いい子だよ。働き者だし、一生懸命で」


 接骨院、どうだった? よかったろ? と颯馬に言われて、ガヴィはバックに入っている診察券と来週の予約診療の紙を思い出して無言で頷いた。


「あいつ、俺の高校生の時の友だちで昴っていうんだけど、勉強熱心でじいさんの接骨院で働き始めてから俺のメンテとかもしてくれてるんだ。フェンシングも高校の頃全国大会で入賞してんだぜ」


 大学のすぐ裏手にあるため、学内から徒歩五分以内で行けるし、医療機関に行くこと自体が少々ハードルの高い外国籍のガヴィにとって口コミで信頼の置けるかかりつけが出来ることは大変有り難い。

 しかし、その良さげな接骨院に住む女の子を初対面で怒らせてしまったのは失敗だった。「顔見たらちゃんと謝っとけよ」と颯馬に言われたガヴィは、ぷりぷりと顔を赤くして怒りに燃えているヒナタを思い出してため息をついた。






 次の診療日は昴がスポーツ診療を担当する水曜日だった。

 七月に入った途端うるさく鳴き出した蝉の声に、ジリジリとした暑さが倍増する気がする。

 

「……」


 現在14時30分。

 ガヴィはキョロキョロと接骨院の周りを見渡した。


(……あのちびはいないな)


 会ったら謝らねば、と思いつつ、いきなり遭遇するのは気まずい。よく考えたらこの時間は日本の高校生も学校だろうから彼女がいるはずもない。ガヴィはちょっとホッとして朝比奈接骨院の扉をくぐった。


 前回来た時とは違い、スポーツ診療は予約制なので待合室に人は誰もいなかった。冷房はついていないようだけれど、外の暑さとは打って変わってひんやりとした空気が流れてくる。空いた窓から入ってくる風に、風鈴がチリンと鳴った。


「お、いらっしゃい」


 人の気配を感じて奥から出てきた昴と目が合う。ガヴィは以前颯馬に教えてもらった事を思い出しながら軽く頭を下げた。

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