第3話 ドジと治癒と怒声と

 朝靄の森。昨夜の爆発騒ぎの余韻が残る中、相原悠真あいはら ゆうまは、全身の痛みとともに目を覚ました。


「……うぅ、体がバキバキだ……。これが異世界筋肉痛……?」


 寝返りを打つたびに、あちこちがズキズキと痛む。服は泥と血で汚れ、腕や足には擦り傷や切り傷が無数にできていた。


(昨日の爆発で、だいぶやられたな……。でも、生きてるだけマシか)


 森の朝は冷たく、湿った空気が肌にまとわりつく。鳥のさえずりが遠くで響き、どこか現実離れした静けさが漂っていた。


 悠真はポーチから水筒を取り出し、傷口を洗う。だが、痛みは引かない。


「……魔法、使えないかな」


癒しの光的なもので、細胞を活性化すればいけるか?


 見よう見まねで手をかざし、イメージを集中する。


「ヒール……ヒール……」


 ……何も起きない。


「え、うそでしょ?」


 何度も呪文を唱えるが、手のひらがほんのり温かくなるだけ。


(やっぱり俺、ドジっ子属性が……)


 諦めずに試行錯誤を続ける。手のひらを傷口に当てたり、両手で祈るポーズを取ったり、果ては「治れー!」と叫んでみたり。


 そのたびに、森の小動物が驚いて逃げていく。


「……あ、今ちょっとピリッとした?」


 微かな手応えを感じ、さらに集中。


「ヒール!」


 バチッ。


 手のひらから微弱な光が走り、顔面に直撃。


「ぐはっ!? なんで顔!?」


 顔面がじんわり熱くなり、逆に鼻血が出る始末。


(これが異世界流“自爆ヒール”……いや、違うだろ!)


 そんなドジを繰り返していると、森の奥から足音が近づいてきた。


「……誰?」


 現れたのは、銀髪ポニーテールの女性――クラリスだった。


 腰には医療道具のポーチ、真面目そうな表情で悠真を見下ろしている。


「……あなた、何してるの?」


「え、いや、その……セルフ治療の練習を……」


 クラリスは呆れたようにため息をつき、悠真の顔を覗き込む。


「顔が血だらけよ。治癒魔法、暴発したでしょ?」


「な、なんで分かるんですか……」


「見れば分かるわよ。はい、じっとして」


 クラリスは手際よく医療道具を取り出し、悠真の傷を丁寧に処置し始めた。


 消毒液がしみて、思わず顔をしかめる。


「いったた……」


「我慢しなさい。あなた、ドジにもほどがあるわ」


 クラリスの手は冷静で、だがどこか優しさが滲んでいた。


「……ありがとう、助かります」


「礼はいいから、もう無茶しないで。森で一人で治癒魔法の練習なんて、危険すぎるわ」


 悠真は小さく頷き、心の中で反省する。


(俺、またやらかしたな……。でも、この人がいてくれてよかった)


 治療が終わると、クラリスはふっと表情を和らげた。


「私はクラリス。フェルナ村の治癒師よ。あなたは?」


相原悠真あいはら ゆうまです。えっと……転生者、みたいです」


「やっぱりね。妙な雰囲気があると思ったわ」


 クラリスは苦笑しつつ、ポーチを肩にかけ直す。


「私はこれからフェルナ村に戻るところ。盗賊団の被害もあって、村の人たちが怪我や病気で困ってるの。あなたも、しばらく村で休んだら?」


「え、いいんですか?」


「一人で森をさまようよりは、ずっと安全よ。ドジなあなたを放っておくのも心配だし」


「……ありがとうございます!」


 こうして、悠真はクラリスと共にフェルナ村を目指すことになった。


 森を抜ける道すがら、二人は軽く身の上話を交わしながら歩く。


「悠真は、どんな世界から来たの?」


「えっと、魔法もスキルもない、普通の日本って国です。理系の大学院生でした」


「ふうん、理系……。なんだか難しそうね」


「いや、ドジばっかりで……。でも、応用力だけは自信あります!」


「その応用力、村でも役立ててくれると助かるわ」


 そんな会話を交わしつつ、森の木漏れ日の中を進む二人。


 やがて木々の向こうに、小さな村の屋根が見え始める。


(ここが、俺の新しい生活の始まりか……)

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