第3話 鶏肉を切った包丁


「だいぶ緑だな」


 天使の発光のあと、目をあけたらそこは森だった。

 下生えがくるぶしほどまであり、ズボンの裾から草が入ってきて足が若干チクチクしている。あんまり肌が強い方ではないのでかぶれそうだな。

 身に着けた服は生前のものではなく、ゴワついた材質の貫頭衣のような様相をしていた。


 視線を上げれば緑、緑、緑。

 空を覆うほどに樹木が密集していて、日差しはぽつぽつと入ってくる程度だ。日が傾けばすぐに真っ暗になるだろう。


「あー……しまったな」


 天使さんはスポーン地点の近くには町があるとは言っていたが、どの程度の距離かも方角も聞き忘れたな。生存率が高いピックアップって話を聞いて平和ボケしてたな。しっかりと聞いておくべきだった。


「ステータスオープン? 表示?」


 チュートリアルも兼ねているって話だったので、とりあえずステータス表示を試みる。表示させる方法すらも聞き忘れている。なんてことだ。

 はたして天使さんが話し忘れているのか、俺が聞き忘れているのかは疑問である。


 ぷぉん、とちょっと間抜けな音を奏でながら半透明のウィンドウが目の前に表示された。リンゴマークの会社のタブレットくらいのサイズ感だ。


ーーーーーーーーーー

大江戸 翔

(おおえど かける)


【つよさ】

けっこう弱め

【スキル】

識字、アイテムボックス


履歴 設定

今日の歩数 0

ーーーーーーーーーー


「いやちょっと待て」


 あの天使、たしかゲームのような世界だとか、地球で娯楽を勉強しただとか言ってたよな? 何を勉強したらこんなフォーマットのステータスになるんだ? しかもなんでレベルは無いのに歩数は表示してあるんだよ、誰が見るんだよこれ。


 つよさ、と書かれた項目がチカチカと光っているのでなんとなくタップしてみる。

 青色のイルカのような何かが画面上に表示された。


『つよさはあなたのつよさです! つよくなるとつよくなるよ!』

「は?」


 思わず声が出た。

 すごい昔、学生のころに学校のパソコンでこいつ見たことあるぞ、気のせいか?

 画面上の青いイルカのような何かは次にスキルの項目へと動いた。


『スキルはあなたが持つスキルだよ! アイテムボックスはオンラインゲームしてたことのある人と、国民的アニメ? を観ていた人にはだいたいついてるよ! あとわからないことがあったら要望してね!』

「俺は今すぐ『お前を消す方法』で検索したいよ」


 こちらに向かって前ヒレを振っていた気色悪いイルカのような何かは、そのまましゅぽっと虚空へと消えていった。説明する項目がそもそも少ないからな。


「え? これ俺だけの仕様とかじゃないよな? レベルありで力とか魔力とかそういう数値ありきのステータスじゃねえの?」


 スキルを見ても識字とアイテムボックスしか表示がない。スキルの項目を押してみ『スキルはあなたが持つスキルだよ!』もう一度押したら青いクソッタレは消えた。


「困ったな——これは困った」


 思わず天を仰ぐ。

 なんて気分だ、まるで新作を待ち望んでいた据え置きゲームがソシャゲに進出して、それがシリーズとして正式にナンバリングされていた時のような気分だ。


 一言で表せば、失望だ。


「ギュウ! ギュウウ!」

「……ああ?」


 茂った草をかき分けて、何かがこちらに向かってきた。


「ぐっ!?」


 そのまま腹へと激突され、鈍い痛みが響く。

 水で満たされたバランスボールが転がってきたような衝撃だ。思わず転びそうになるが、なんとか耐えた。


「なんだ、ウサギか……?」


 ぶつかってきたのは大きな白いウサギ。耳までを身長としてカウントするのなら、俺の腰ぐらいはあるだろう。目は真っ黒で顔は全く可愛くない。


 今の一撃で格の違いを感じ取ったのだろうか、ウサギは鼻息を荒くしてギュフギュフと笑っている。


「おい畜生、いいんだな? お前が先に仕掛けたんだからな?」


 足元に転がる良い感じの石を拾う。


「ちょうどお前にコントローラーでもぶつけたい気分だったんだよ」


◇◆◇◆◇◆◇


「はぁ……はぁ……つ、疲れた……」


 足元には真っ赤に濡れたちょうどいいサイズの石と、さっきの可愛くない白っぽい畜生だったモノが転がっている。よく見れば畜生の頭には先端が丸いツノのようなものが生えていた。どうやらウサギではなかったようだ。


 運動をして頭がスッキリした。

 俺はあまり激怒するようなタイプではないのだが、あれだけ自信満々にしていた中身がこれって、どうなんだよ……本当に……。


 大きな失望感を抱いていたが、ちょっとした運動を挟むことで気分が少し回復したようだ。


「そういえば、ステータスに履歴って項目もあったな……」


 再度ステータスを呼び出し、履歴を押してみる。

 今度は青いアレが出ることもなく、画面の表示が切り替わった。


ーーーーーーーーーー

戦闘を開始しました。

攻撃を受けました。

攻撃を与えました。

モンスターに勝利しました。

アイテムを選定します。

アイテムボックスチェック。

ボックスの空きを確認します。

……

アイテムを選定しました。

アイテムを01個ドロップします。

何もドロップしませんでした。

戦闘を終了しました。

ステータスを開きました。

履歴を開きました。

ーーーーーーーーーー


 どうやらログに書いてあるように、先ほどのウサギはやはりモンスターだったようだ。


 履歴は……単純にバトルログか。

 なんというか、なんというか……。

 まるで勉強ができるやつが娯楽について調べた結果、娯楽の何が楽しいのかを調べずにパターンだけを調べましたって感じのシステムみたいだ。


「しかし本当に変にゲームじみているというかシステマティックというか、現実にゲーム要素が混ざることの違和感ってすごいな」


 モンスターはいるし、ご丁寧にバトルログも見れるし、アイテムボックスとかいうインベントリもあるみたいだし。

 でもレベルやらステータスが無いからすごく違和感がある。まるで王道RPGなのに、システムがクラフトする系のゲームになっちゃってるような感じだ。


「ん? そういえばさっき……」


 俺はもう一度バトルログを開いた。


ーーーーーーーーーー

アイテムを選定します。

アイテムボックスチェック。

ボックスの空きを確認します。

……

アイテムを選定しました。

アイテムを01個ドロップします。

何もドロップしませんでした。

ーーーーーーーーーー


 これ、何の処理をしたんだ?


 モンスターが転がっている周辺を注意して探すが、依然としてモンスターの死体が転がっているだけで特になにも落ちてはいなかった。


 何だ? これは何が起きている?

 なぜ01個のドロップがあるのに、何もドロップしませんでした、という記述になっている?


 ……ああ、もしかしたらドロップテーブルにハズレって項目を別で作ったんじゃなくて、該当無しってアイテムを作っておいて、それを選定してそれがドロップされた状態にでもしてるのか。


「……いや、いやいやいや。まさかそんな。そんなシステムを組んでいるわけが……」


 そんな可能性あるわけがない。

 数十メガバイトしか容量がないゲームや新人プログラマーだけで組んだゲームじゃないんだから、そんなシステムを組んでいるはずないだろ。ここは異世界だが現実だぞ?


 だが、選定という記述な以上、リストから何かを選んでいることは絶対だ。そして『01』という数字を使用している以上、これは二桁以上の数値を使っているのは確定する。


 つまり、これはシステム領域の数値と、どこかの数値がつながっている可能性を示している。


「そういえば、あの天使、ウィンドウの色を変えられるようにしたって言ってたな。しかも最近って。『した』って言ってたってことは、あの天使がプログラムを組んだってことだ。誰に依頼されて?」


 俺はひとつの仮説を立てた。


「創造神というクライアントに、無理難題な作業を強いられる環境で、しかもそのプログラムのリソースに限りが、ある……?」


 システムとは、作業領域に限りがある。

 プログラムを動かす時に、ある一定の処理をした数値を、そのまま別の数値に当てはめることがある。

 そのような記述をするのは、メモリーと呼ばれる領域リソースを節約するために行われる。


 簡単に言えば、肉を切った包丁で野菜を切るようなものだ。作業スペースには肉と野菜のために別々に包丁を用意せずとも、その包丁一本で全ての料理ができることのようなものだ。


 しかし、もしそれが生の鶏肉なら、途中で消毒をしないと病気になることもある。


 この異世界のプログラムの記述では、途中に消毒をするようなプログラムになっていない。


 人間なら病気になるが、プログラムなら?

 ——そう、バグが起きるのだ。


 俺はステータスの設定の項目をタップした。

 そこには、RGB規格で、しかも16進数で色を変えられる設定項目があった。


「あ、これ、たぶんバグらせられるわ」

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