第13話 試し撃ち

 自斎と話をしているうちに信行は芝辻の工房に到着する。

 門前で掃除をしていた小僧が中に駆け込んでいって桔梗屋の若旦那の訪いを告げた。

 門をくぐると大きな建物の屋内から掛素袍かけすおう姿の眉の太い壮年の男が現れる。

 いくつかある鉄砲鍛冶集団の1つを束ねる芝辻一門の棟梁仙斎だった。

 厳つい顔を綻ばせて信行に会釈をする。

 信行も頭を下げた。

「お忙しいところ、わざわざお迎え頂き恐縮です」

「なんのなんの。根を詰めすぎても良いものはできませぬ。ちょうど一服しようというところでしてな。さ、さ、中へどうぞ」

 招じ入れられるままに信行と自斎は主屋に入る。

 自斎も心得たもので四の五の言わずに大小を抜いて小僧に預けた。

 板間に上がると仙斎は囲炉裏の側に2人を誘う。

「若旦那もお忙しいとは存じますが、忙裏の小閑に楽しむ一喫もよろしいものです」

 仙斎は棚から茶碗などを運んでくると湯気を上げる薬罐を囲炉裏の火から下ろした。

 3つの茶碗に茶筒から無造作に抹茶を入れる。

 薬罐から湯を注いで茶筅でかき回すと小皿に乗せた干菓子と共に2人の客に出した。

 4年ほど前に亡くなった武野紹鴎が形を作った茶の湯とは全く異なる所作である。

 茶碗も仙斎が鍛冶の合間に自分で焼いたものであった。

 それでも信行の見るところ茶の味としてはどこで飲むものよりも美味いと思う。

 火を扱う仕事に従事しているせいか仙斎は温度というものに敏感であった。

 常に最適なときに最適な温度の湯を注ぐので茶の味を引き出すのが巧みである。

 茶を喫し終わる頃には信行は渇きが収まると共に父との器の差を痛感したことによる憂さも晴れていた。

 その様子を見てとると仙斎はやおら立ちあがる。

「それではご案内つかまつる」

 母屋から出ると鍛冶場の前を通った。

 ちょうど仙斎の弟子が心棒に鉄の板を巻きつけている。

 鉄砲造りの2つ目の工程だった。

「これはうちの発注のものではないですね?」

 信行がその様子を見ながら仙斎に尋ねる。

「もちろんです。数打ちの1つですよ。弾が出りゃいいというお客もいるようでしてね」

 最先端技術の固まりである種子島を造る鉄砲鍛冶は頑固者も多かった。

 安かろう悪かろうという注文には応じないということもままある。

 その点、この仙斎は飄々としていた。

「桔梗屋さんへ納めるものは全部手前が監督しています。手前が直接手がけたものほどではないですが品質は保証しますよ」

 蔵の前にたどり着くと仙斎は鍵を取り出し錠を開ける。

 扉を引き開けると中に信行を通した。

 蔵の一角には蓋を開けたままの木箱がいくつも積みあげられている。

「こちらがお約束の種子島です。1箱には10丁。それが15箱で計150丁。数を揃えております。お確かめください」

 信行は全ての箱を見て回った。

「確かに数は確認しました」

「では、仕上がり具合の確認ですな。お好きなものを3丁お選びくだされ」

 信行は別々の箱から種子島を3丁選び出す。

「ではこちらへ」

 仙斎は先頭に立って蔵を出た。

 鍵を取り出し施錠をする。

 それから蔵を回って土塀に囲われた一角に信行を案内した。

 50間ほど先に盛土がしてあり、そこに木製の的が据えてある。

 信行は近くの台の上に3丁を並べ、そのうちの1丁を取り上げた。

 手に持ち構えてみて前後左右の重心を確認してみる。

「うん、いい感じだ」

 仙斎から手渡される火薬と弾を筒口に流し込み突き固めた。

 火皿に火薬を入れ蓋を閉じ点火した縄を火挟に挟む。

 ここまでの動きは流れるように澱みがない。

 的に向かって構えると火蓋を切ってそっと引き金を絞った。

 火縄が火皿に落ちる。

 ぱっと光った。

 だあん。

 信行が撃った種子島から飛んだ弾は狙い過たることなく的の真ん中からやや上に着弾する。

 硝煙の煙がたなびく中、信行は淡々と撃った種子島の銃口を掃除した。

 掃除が終わると台に置き、2丁目に取りかかる。

 今度はやや真ん中より右の位置に命中した。

 信行は満足そうに銃身を一撫でし後始末をして台に置く。

 最後に手にしたのは今までのものよりは一回り大きな種子島であった。

 20匁玉を使う大型のもので、大袈裟に言うと小銃というよりは手持ちの大砲に近い。

 信行は装填を終えると片膝をついて銃の台尻を腿に当てる。

 射撃時の反動も大きいため今までの2丁のように肩で台尻を支えることができない。

 今まで以上にしっかりと構えると信行は引き金を引いた。

 どぉん。

 腹に響く音と共に唸りあげた20匁の弾が厚重ねした板を粉砕する。

「エッセレンチ」

 いつの間にか少し離れた垣根のところから見ていた男が感嘆の声をあげた。

 ゆっくりと立ち上がった信行にその男は手を叩いて同じ言葉を繰り返す。

 信行は大げさなと思ったものの素直に礼の言葉を口にした。

「オブリガード」

 赤毛のポルトガル人は驚きに目を見張ると親しげに両手を広げる。

「私の国の言葉分かるのか。これは助かる。私はアンドレアです。桔梗屋の若い店主信行さんですな」

 その横にいた明人の通詞が大げさに肩をすくめて自分の仕事がなくなったことをぼやいた。

 信行は不審そうな顔をする。

「私のことを知っているのですか?」

「はい。ちょっとお話ししたいことがあるのですがいいでしょうか?」

 信行はちらりと仙斎を振り返った。

「申し訳ないが、今は商談中です。話はまた今度にしていただけますか」

「おお、申し訳ない。邪魔をするつもりはなかったのです。つい鉄砲の腕前に感嘆しただけで。では後ほど」

 垣根のところから姿を消したアンドレアの態度に仙斎は苦笑いをする。

「南蛮人の例に漏れずなかなかに押しが強い。まあ、人によりますか。我が国の者でもそういう御仁はおりましたのう、ほれ、半年ほど前の」

 信行は顔をしかめた。

 今日と同じように試射をしていたときのことを思い出す。

 いつの間にか近くに来ていた男が射撃の腕前を褒めた。

 両刀を腰に手挟んでいることから武士だと思われるが、なんとも言えない奇抜な格好をしている。

 上半身は南蛮のカピタンと同じような帽子と衣装を身に付けていたが、下半身は白くなめした革袴であった。

 脇に控えているのは堺の町の中堅どころの商人である。

「その方、雑賀か根来か?」

 武士は甲高い声でせかせかと尋ねた。

「いえ、桔梗屋と申す商人でこざいます」

「堺では商人までが種子島を撃つか?」

 声に少々非難がましい響きがある。

「私どもがお売りする品で責任がございます。お客様にお渡しする前に試し撃ちして品質を確かめております」

「であるか」

 納得した表情になったのはいいのだが、うりざね顔の男は別のことを言いだす。

 試し打ちをして出来のいいもの10丁ほどを自分の方に売り先を変えてほしいと要求したのだった。

 先約があると言っても納得しない。

 信行は困ってしまったが、その時もくっついてきていた自斎がわけの分からないことを説明する。

「お武家様、ご容赦を。こちらの取引には若旦那の嫁取りがかかっているんでさあ」

 横紙破りをしようとする武家がこんなことで引き下がるとは思えなかったが、なんと意外なことに破顔すると先ほどの要求を引っこめた。

「種子島で嫁取りか。覚えておくぞ」

 急に真面目な顔をすると、嘘だったら許さんという目をし、派手な格好をした武家は大笑しながら去っている。

 後にわざわざ確認するとも思えないが、なかなかにしつこい性格をしていそうな男であった。

 駒姫と結婚しなくてはならない別の理由を思い出して信行はうんざりする。

 蔵に戻って使った銃を箱に戻すと、仙斎の弟子が蓋を閉め釘打ちした場所に封印をした。

 桔梗屋の蔵に運ぶように依頼してから笑顔の仙斎に見送られて信行は工房の敷地を出る。

 訪問している間は始終、仙斎は愛想が良かった。

 桔梗屋が大得意であるからと信行は考えているが、実は仙斎はこの若者のことを気に入っている。

 工人としては単に金を払う客よりもその値打ちを理解し評価できる客の方が好ましいのは当然だった。

 信行は知らなかったが、実際、他の客の相手をするときはもっと素っ気ない。

 桔梗屋へと戻り始めた信行と自斎の前に立ち塞がる人がいる。

 先ほどのアンドレアだった。

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