第24話-1 アベラール誘拐事件
「ここにいる画家が証人だ。君が連れ去るところを見たと言った。今更ごまかせると思うな。俺の息子を返せ!」
連れてこられた画家の青年は、バルバラの前に進み出た。彼はどこであっても証言すると約束し、間違いなくバルバラが男の子と並んで歩いていたところを目撃したと述べた。さらに、子供が嫌がっているようだったことも付け加えた。
「公爵様に子供を返してあげてください。あんたがしたことは犯罪だ」
「返せ? まぁ、なんて失礼な。私の家に平民風情が勝手に入り込んで、人の教育に口を出すつもり? 自分の子供をたまたま湖で見かけたから、声をかけただけですわ。『母親が息子とちょっとだけ一緒にいたい』と思うことが、どうして罪になるのかしら?」
「お前に“母親”の資格があると思っているのか。アベラールはお前の心ない言動で人間不信に陥っていたんだぞ。お前は最悪の母親だった」
バルバラの唇がわずかに引きつる。
「まあ、口が悪いのね。たった数日、私と過ごすくらいでどうにかなるような子じゃないでしょ? あの子、私にそっくりだもの」
「似ているのは姿形だけさ。中身はおまえのように傲慢でもないし自分勝手でもない。優しくて賢い子なんだ」
「……私のこと、もうどうでもいいんでしょう? でも私は、離婚に納得なんてしていないのよ。それなのに――そんな冴えない娘を新妻に迎えて、家庭ごっこをしているだなんて、許せないわ。アベラールが、すっかりその女に懐いているのも、不愉快極まりない。だから、ちょっと困らせてやろうと思っただけ。あの子がいなくなって、あなたたちが慌てふためく様子が見たかったのよ――特に、その女が泣く顔を見てみたかったわ」
私は息をのんだ。
「まさか……それだけのために、アベラールを連れ去ったと言うの?」
「そうよ。三日もあれば充分でしょう? あなたも少しは自分の立場をわきまえるでしょうし。私をないがしろにしたことを反省する時間としては妥当だと思ったのだけれど? 私が公爵家を訪問したときに、丁重にもてなさなかった罰よ」
その言葉に、公爵の気配が変わった。
「……おまえ、本当に最低だな。アベラールの気持ちを踏みにじってまで、自分のプライドを満たしたいのか?」
「プライド? 当然じゃない。私はレニエ伯爵令嬢で、王妃殿下の妹よ。キーリー公爵夫人でなくなっても、私の価値が下がるわけじゃないのよ」
「いいや、下がってる。人として終わってるんだよ。こうして、嫌がる子供を無理やり連れ去ったんだからな。きっと、キーリー公爵家を日頃から見張っていて、この機会を待っていたんだろう? その執念深さといい……普通じゃない」
公爵が「異常だ」と告げると、バルバラは顔色を変え、あたりにある物をつかんで投げつけた。
「……アベラールはどこですか?」
私が問いかけると、バルバラは花瓶を私に投げつけながら、挑むように答えた。
「地下の貯蔵庫よっ! あの子、ずっと黙って座ってるわ。無駄に手のかからない子よね。まぁ……言葉をかけても、返事もろくにしないし、可愛げなんてありゃしないわよねっ! 泣きもしないのよっ! ぜんぜん、可愛くなんてないわよーーっ!」
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