第12話 公爵の動揺
突然のことに、公爵は硬直したように身じろぎもしなくて……
抱きしめた私の腕のなかで、彼の体がこわばっているのがわかる。けれど、振り払うこともしなかった。
「公爵様……辛かったのですね。でも、よく頑張ってこられましたわ。私は今、過去のあなたを抱きしめています。だって、あなたの中にいる少年は、きっとまだ誰かに慰めてほしいと願っている気がして……」
「ば、馬鹿な……そんなの、もう昔のことだ。少しも寂しくなどなかったぞ」
「いいえ、公爵様。家族の前で強がらなくてもいいのですわ。今はもう、私もアベラール様も、ここにいます。もう、ひとりで我慢しなくていいんですよ」
「……は? なにを言って……まったく……ん? また火傷してるじゃないか。だから放っておけと言ったんだ。君は魔法耐性があるそうだが、不死身なわけじゃないんだぞ」
そのとき、私の手と腕に淡い光が走り、火傷を負った手の甲がみるみるうちに癒えていく。公爵は治癒魔法も使えるのね……すごい。
「公爵様がアベラール様を『放っておけ』とおっしゃったのは、冷たさからじゃなかったんですね? 自分もそうだったから、それを当たり前と思っていただけのこと。それに、私のことも……本当は心配してくださっていたのですね? ふふっ、嬉しい。やっぱり、本当はお優しい方なのですわ。お部屋に用意してくださったドレス、ありがとうございます。どれも素敵で、私の好みの色とデザインでした」
「……あぁ、気に入ってくれたなら良かった。……いいから黙って。治療に専念できないだろ」
「はい……ありがとうございます、公爵様」
私はやわらかく微笑んだ。
すると、アベラールがバルバラに向かって、しっかりとした声で言い放った。
「ジャネは、ぼくの、いちばんだいすきなひとなんだ! おかーしゃまなんて、どっかいっちゃえ!」
バルバラはその場にへたり込み、私に向かって憎しみのこもった言葉を吐き捨てた。
「私の息子に実の母親の悪口を吹き込んだのね? なんて根性の曲がった女なのよっ!」
「まさか……バルバラ様の話題などアベラール様としたことなどありませんわ。私たちは楽しく遊んでいただけです。ご自分でなさってきたことが原因なのだと、なぜ気がつきませんの?」
「ちょっと、どういう意味よ! あなた、この私にお説教をする気なの? なんて身の程知らずなっ……私の子供を惑わせるなんて厚かましいのよ!」
バルバラの悪態はまだしばらく続きそうだったのだが、公爵が指をひとつ鳴らした瞬間──彼女の姿は
「えっ……? 公爵様、今の……バルバラ様が消えましたけど? いったい、どこに?」
「ああ。瞬間移転魔法で実家に返した。あいつはヒステリーを起こすと、二時間は泣き叫ぶからな。手早く処理したほうがいい」
そう淡々と答えながら、公爵はアベラールの顔をのぞき込む。
瞬間移転魔法? そんなものまで使えるなんてすごい! 移転魔法を使える人など、私は初めて見たのだけれど、公爵にとっては普通のことのようだった。
「アベラール、大丈夫だったか?」
「うん。ジャネが守ってくれたから。……ありがとう、ジャネ」
「いいえ、当然のことですわ。アベラール様は私の子供だと思っていますから。それにしても怖かったでしょう? 公爵様、アベラール様はおびえすぎて動けなかったんですよ? もう二度と会わせたくありませんわ」
「あぁ、正式にレニエ伯爵家に抗議文を送っておく。二度と、こんなことは許さないと、な」
公爵が珍しくアベラールのために感情を露わにしてくださった。驚いたけれど嬉しかったし、ホッとした。
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※次話の更新は本日夜八時です。13話は公爵視点、今までのジャネットを見てきて、だんだんと惹かれていく心情を描いています。
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