第6話 蠢く迷宮、揺らぐ王都
──迷宮・地下七階。
冷たい風が吹き抜ける。
天井から垂れ下がる魔力結晶が、かすかに赤黒く脈動していた。
水瀬 悠は、進行方向に目を凝らす。
腰には、封印区画で拾った古びた剣がある。
《調律者》との戦いの後、崩れかけた石壁の間から見つけたものだ。
(まさか、あんな場所に武器が残されてたなんてな……)
魔力回路は死んでいたが、刃はまだ鋭く、使える状態だった。
柄には見慣れない魔導刻印──王国製ではない、古い様式。
誰かがこの区画を守るために使ったのか、それとも何かを封じるためのものだったのか。
(いずれにせよ、今の俺には……助かる)
悠は剣を抜き、足音を殺して進んだ。
その途中で、何かが背筋を這い上がるような感覚に襲われる。
(……感じる)
迷宮全体が、微かに、しかし確実に“反応”している。
あの
(……いや、それだけじゃない)
一瞬だけ、ヴァルドの中にあった“何か”──記憶か、意思の断片かが、こちらに流れ込んできたような感覚があった。
(あの名──“ヴァルド”ってやつ。あれは……俺が感じ取ったのか?)
敵の記憶に接触したのは、スキルの副次効果なのか、それとも迷宮そのものが“何か”を伝えようとしているのか。
(……俺の存在が、このダンジョンに影響を与えてる?)
悠は小さく頭を振った。
そんなはずはない──と言い切れない自分がいるのが、何より怖い。
そのとき。
「……封印が、緩み始めてる」
自分の口から漏れた言葉に、悠は一瞬戸惑った。
だが、確かに“遠くで何かが目覚める気配”を感じたのだ。
風が止み、空気が重くなる。
悠は剣の柄を強く握った。
(急がないと)
◆
──王都・召喚者宿舎。
白神 瑠璃は、寝汗をかきながら目を覚ました。
悪夢だった。悠が、黒い影に飲まれて消えていく。
ベッドから飛び起き、魔導省から借りた通行証を掴む。
“初期転送記録閲覧許可”が与えられたのは、例外的なことだった。
(もしあのとき、何か細工されていたとしたら……)
◆
──魔導研究塔・記録閲覧室。
扉の前で魔導具が赤く光り、拒絶の反応を示す。
「……ダメ、なの?」
呟いたその背後で、足音がした。
「白神?」
声の主は、和泉 拓海だった。
「こんなところで何してんだ?」
「悠の……転送記録を調べたくて。でも、通れなくて」
拓海は、少しだけ間を置いてから頷いた。
「俺も気になってた。……水瀬が飛ばされたとき、魔導陣が一瞬だけ“乱れた”」
「え?」
「記録魔導具に、微かな干渉痕が残ってた。通常ならあり得ないレベルの“座標再書換”。しかも、王族以上の魔導権限じゃないと扱えない魔印だ」
「じゃあやっぱり……あれは“事故”じゃない」
拓海は静かに頷いた。
「白神。君……水瀬のこと、気にしてたんだな」
瑠璃は少し黙ってから、視線を床に落とし、小さく呟いた。
「……うん。中学の頃、皆に距離を置かれていた私に、悠くんだけは変わらず話しかけてくれたの。
地味で、目立つタイプじゃなかったけど……誰よりも優しかった。私を一度も笑わなかった」
「だから、信じてる。悠くんは“無能”なんかじゃない」
その目はまっすぐで、揺るぎがなかった。
◆
──王都・魔導審議院・地下回廊。
ローブの女、イルゼは静かに歩く。
その手には、封印スキルの記録断片と、命令書の写し。
(“無限成長”……通常の枠に収まるスキルじゃない)
彼女は淡々と、目の前の命令書を魔炎で燃やした。
──水瀬 悠。討伐対象。
「私は……見届けたいのよね」
静かに、ただ一人つぶやいた。
「この世界が見捨てた少年が、どこまで行けるのかを」
◆
──迷宮・上層境界部。
悠は岩陰に身を潜め、異形を見下ろしていた。
《調律者》。かつて戦った個体よりもさらに改良された魔導生命体。
その出現は、王国の明確な“意思”を示していた。
(俺はもう、“生かしておけない存在”ってわけか)
だが、悠の視線には恐れも迷いもない。
剣を抜き、静かに構える。
「なら……壊してやる」
「この世界の、歪んだルールごと」
“無能”と呼ばれた少年は、静かに笑った。
(第7話へつづく)
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