第4話 なんということでしょう、いろいろと前途多難です



 目が覚めたら、ほとほとと涙をこぼすレダと、弱った顔をしたアデルさんに顔を覗き込まれていた。


「あれ、私……。なんで気絶したんでしょう?」


 気絶していたな、というのはわかったけれど、理由がわからない。

 しかし私の疑問に答えは返らなかった。


「カーラ、カーラ……」


 ほとほとと――という形容がもはや似合わないほどの号泣っぷりのレダから言葉が返られないのはまあ仕方ないとして――。


「頼む、カーラ! ダリウスを早く安心させてくれ!」


 鬼気迫る勢いで懇願してくるアデルさんはどうしたことだろうか。あとここどこかの一室っぽいけど、どんがらぴっしゃーん、とマンガの効果音のような雷の音がひっきりなしに聞こえてくる。アデルさんの国、とんでもない悪天候なんだろうか。


 ともかく、懇願されては仕方ない。疑問を脇に置いておいて、私はまず身体を起こした。

 起こした途端に、レダがぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。これはめちゃくちゃに不安になってるレダだ。

 その背をぽんぽんと撫でながら、「大丈夫ですよ、レダ」と何が大丈夫かわからないまま言う。


「カーラ、カーラ……。カーラが死んでしまったら、おれは……」

「死んでませんって。気絶しただけでおおげさです。ほら、私、生きているでしょう?」


 とくとくと、生きているひと特有の音が互いから響き合っている。これで死んでるとかさすがにない。


「……カーラが意識をうしなってくずおれたとき、心臓が止まるかと思った……」

「だからおおげさですって。止めちゃダメですよ、心臓」


 気絶から回復したら心臓の止まったレダがいたらパニックどころの話じゃない。というかその場合、としては、自分がどうなってしまうかもこわい。


「……カーラ、生きてる……。よかった……」


 言葉のやりとりをして、やっと実感が湧いたらしい。ほっとレダの肩の力が抜けると同時に、外のとんでもない雷の音がやんだ。……あ、これレダ由来のやつだったんですね。だからアデルさん焦ってたっぽいですね。


「それで、私はなんで気絶したんでしょう?」

「魔術転移への拒絶反応だろうな」


 再度疑問を口にすると、今度はアデルさんが答えてくれた。

 魔術転移への拒絶反応。言葉でなんとなくはわかる。


「拒絶反応? ……それはよくあることですか?」

「俺が知る限り、ない。カーラのその身体は、この世界に作り変えられたと聞いているが、カーラの元いた世界には魔術がなかったんだろう? 世界が組み込み忘れたのか、他の理由か……。ともかく、初めての魔術移動のせいで気絶したのは間違いない」

「えぇ……」


 なんということでしょう。私の身体、魔術移動のたびに気絶なりなんなりしてしまうということ? あとアデルさんの推論については、後者が有力だと思います。この世界、レダに関わることでそんなうっかりは発揮しなさそうなので。


「レダの家がある空間からどこに行くにしても、魔術移動は必須ですよね? 私の冒険計画が……」

「……やっぱり、外の世界はカーラには危ないものだった。だいじにだいじに、家の中にしまっておかなくちゃいけなかったのに……」


 おおっと、その思考は危ない。とってもまずい。

 私は内心の焦りをおくびにも出さず、ゆったりと言葉を紡いだ。


「外が危険ですか? まだそれを判断する段階にはないと思いますよ。それに、レダがいるんですから」

「おれがいる……?」

「そう、レダがいて、私にそうそう危ないことが起きるとは思えません。今回の気絶は……まあ、体質がそうだと知らなかったことで起こってしまったのですからノーカウントです」


 そう言いつつ、私はレダのように世界に愛されているわけではないので、外の世界の危険に遭遇する可能性はふつうにあるだろうなと思っている。ただし、そこにレダがいれば、その危険は払われるだろうというだけだ。レダは私に危険が及ぶことを嫌がっているから、それこそ『どうとでも』してしまうのだろうという確信がある。


「最初の話に戻りますが、私は引きこもり生活に限界を感じているので。だいじにだいじにしまっておかれては、壊れてしまいますよ」

「……そっか……。じゃあ、やめる……」


 思い直してくれたようなので、内心ほっとする。

 私が危険な目に遭わない、引きこもりでも大丈夫になる別の方法を思いつかれてしまうと私的には都合が悪いので、その方向にレダの思考が行かなかったことにもほっとした。

 ――いつかは、思いつかれてしまうのだろうけれど、それまでにレダが私離れすれば問題ない。だからこそ、冒険計画なんて練っているのだ。


「……いやー……俺もおまえらの外出をわりと軽く考えてたことを反省してるよ……」


 アデルさんがそんなことを言うので、私は首を傾げた。

 いや、わかっている。なんかよくわからないけど、レダの感情と同期するように雷が鳴ってたことについてですよね?

 ……と思っていたのだけど、事はもうちょっと深刻だった。


「陣が使われたなと思ったら、真っ昼間だってのに空が暗黒に染まって、雷があちこちに落ちるわ、地鳴りはするわ、やばそうな真っ黒な雨――はギリギリ魔術で防いどいたけど。すわ魔術大国の終焉かと思ったぜ」


 ……そんな世界の終わりみたいな感じになってたんですか。それはそれは……私のせいとも言えるので、たいへん申し訳ないですね。


「レダ……」


 私がちょっと責める目でレダを見ると、レダはしょんぼりと肩を小さくした。


「カーラが、このまま目覚めなかったらって思ったら……感情が抑えきれなくて……」

「おまえがあの空間に引っ込む前もまあすごかったが、今回のもわりとやばかったなぁ。俺が王でよかったなこの国」

「……もし、アデルさんがこの国の王様じゃなかったら?」


 怖いもの見たさで、聞いてしまった。

 アデルさんは苦笑しながら、声をひそめて答えてくれる。


「たぶん、壊滅」


 ……それは、本当に、人間ちょっと外れるくらい魔術おさめたひとが王様でよかったですね。


 人間兵器と言ってもあまりあるレダの影響力には目を瞑って、私はそう思ったのだった。


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