第78話 真っ白い胸に誓いを秘めて

 夜中のグラニュール公園。


 交易都市の要所には、民の憩いの場がいくつか設けられている。最新式の魔導街灯は多彩な色で夜を照らしていた。大河沿いの遊歩道と、夜中の公園はデートスポットとして利用されることが多い。


 もっとも、色町がある都市だ。


 ムラムラを持て余した若者や、酔っ払い客が野外オセッセプレイにくるので、監視の目が厳しくなっていたりする。

 冒険ギルドにも、公園の見回り依頼がくるぐらいだ。


 今はサキュバス騒動の影響で人通りは少ない。

 それでもたまに足音や、楽しげな雑談が聞こえてきたりする。


 俺とフィリオは町の声を遠くに聞きながら、木々に隠れて立っていた。

 木の影と茂みが姿を隠しているとは思うが、それでも誰かに見られていないかと緊張する。


 木を背負っているフィリオはもっとだろう。

 フィリオの顔面は真っ赤か、目を丸々と大きくしながらブラウスに手をかけようとしていた。


『聞いてよハルヤ君! みんなの公園で不貞をやらかす人がいるんだよ!』


 以前、そう怒っていたのを思い出す。

 その彼女が今から自分のやらかす所業にふるえている。人間性とドスケベの狭間でさまよっている顔でいた。


「ふーっ……ふーっ……」


 フィリオの息がまだ荒い。


 野外露出プレイを提案したとき、彼女はもちろん断った。

 しかし露出プレイしている自分を想像して体調が楽になったのに気づいてか、しぶしぶ(でも期待するように)了承してくれた。


「フィリオ……体調は?」

「ちょ、ちょっとずつよくなってきたかも……」

「そ、そうか……」

「ボク……ここで脱いじゃうんだよ、ね」


 フィリオの息が荒くなる。体調が悪化したのか⁉

 いや、耳までめちゃくちゃ赤くなっていた。大興奮している様子だ。


 フィリオは公園の遊具をちらりと見つめる。


『子供たちが遊ぶ場所でエッチなことなんて……絶対にダメだよね!』


 フィリオと俺は、おそらく同じ記憶を思い出している。

 子供が遊ぶ公園で露出プレイをするのだと、彼女は強く意識しているのだ。


「あぅー……」

「フィリオ……無理そうならやめようか?」

「だ、だいじょうぶ、だいじょうぶ、必要なことなんだよね……?」

「お、おう」

「ボクはハルヤ君を信じているし……それに、ボクも……」

 露出プレイをしたいから、とは言わなかったが察してしまう。


 フィリオはうるんだ目で、ブラウスのボタンにゆっくりと手をかける。

 

 細長い指で一つ一つ丁寧に外していき、清潔感のある下着を魅せてきた。

 ブラウスがはらりと肩からすべり落ちる、胸元まで赤くなっていて大興奮していたのがわかった。


『ハルヤ君! 公園で訓練しよ訓練! へへっ、今日は勝つからね!』


 子供っぽい無邪気な笑顔を見せていたフィリオが、淫蕩にふけった顔でいる。甘い匂いを発していた。


 爽やかな思い出のある場所で、大きな胸を露出しようとしているのだ。


「ね――」「だよね――」


 若い女たちの声がした。フィリオはこわばったようにびくりと震える。

 そのまま着替えなおすと思いきやだ。


「いく……ね?」


 今ここで脱げばさらに興奮できるとわかったのか、下着まで外していく。


 性欲にひたりきった表情で、周りの声にびくびくしながら、フィリオは真っ白い胸をぷるりとあらわにさせた。


「うおお……」

「はー……っ♥ はー……っ♥」


 フィリオは熱い息をこぼす。


 下着におさまりきれなかった真っ白い巨乳がそこにある。フィリオの荒い呼吸と共に、何度もふくらんでは柔らかさを視覚だけで伝えてきた。


 俺が手でつかめば指が全部埋もれてしまいそう。

 何度も想像したフィリオの巨乳が、秘密を共有しながら野外でひそやかに晒られている。暗がりで見えづらい部分はあるも、男を誘うエロティックな丸い円に、二つの突起物がぽちりと立っていた。


 形が……よすぎる‼‼‼ 


「ラディ祖母様の見たあとじゃ……がっかりするかもしれないけど……」

「な、なに言ってんだよ。同じ……いや、ずっと綺麗だよ」

「ほんと……?」

「エロすぎだよ」

「っ~~~~❤❤❤」


 フィリオは突然俺の手をつかむ。

 彼女の瞳孔が点滅するかのように縮小して、ほんの小さく震えたかと思うと、脱力したようにすぐ手を離した。


 …………?

 あ⁉ 興奮しすぎたあまり軽くイッたのか⁉ まじで⁉⁉⁉


「ほ、ほんとだー。身体がすごく楽になったよー」


 フィリオは言及を避けるように、慌てて服を着替えなおす。


 俺の下半身のたぎりは行き場を失っていた。


 ま、まあ本気でドスケベしにきたわけじゃないし……やるべきことは他にある。あるが、フィリオの痴態にあてられてギンギンすぎる。

 うぐぐ……落ち着けー落ち着けー、ティンティン、ダウン! ティンティン、ハウス! よし! おさえた! えらいぞ俺‼


 まだ物欲しそうなフィリオに言ってやる。


「言ったろう、ドスケベは身を救うんだって」

「……本当にそうなるとは思わないもん」

「言っておくが、ただドスケベするだけじゃダメだからな」


 現状、サキュバスみたくノリノリでドスケベするのはおそらくマズい。


 ちゃんとフィリオが己を保ったまま羞恥心を感じてドスケベにふける。

 これが一番肝心なのだろう。露出プレイは周りの目を意識しながら、倒錯している自分に性的興奮を得るという。初期段階を超えると、痴態を見せつけることに興奮してしまうようだが……。


 人間の思い出がある公園での露出プレイは、やはり効果があったようだ。

 ドスケベってすごい。


「ただドスケベするだけじゃダメって?」

「このままサキュバスらしくなるのは……たぶん、危ない」

「ハルヤ君、どういうこと?」


 フィリオは怪訝な顔になる。

 俺は核心を突くために大きく息を吸い、まっすぐに彼女を見つめる。


「もし、だ。もしの話にして欲しい……」

「う、うん」

「もしの話じゃなければ、フィリオは体調を崩す。最近リリィがそうだったみたいに、もしの話じゃなければ危うい、そう思って欲しい」


 リリィの話をすると、彼女もなにか思うところがあったのか真面目な顔になる。

 俺は拳を強く握りしめる。


 覚悟を決めて、聞かなければいけないことをたずねた。


「もしフィリオが勇者の仲間で、魔王との決戦前にモンスターの大群に襲われたとする」

「それって……」

「フィリオは勇者を先に行かせるため、大群に立ち向かい、仲間とも分断された。それでも最後まで戦うのか?」

「もし、だよね」

「ああ」


 フィリオはためらいなく答えてしまう。


「死ぬまで戦うよ」


 胸が、しめつけられるように痛い。


 裂けるように心臓がかきむしられる。

 どうして、どうして、どうして最後まで戦おうとするのか。危なくなったら逃げて欲しい。自分の命を優先して欲しい。


 俺があまりに悲愴な顔でいたのか、フィリオが頬に手をそえてくる。


「勇者の仲間になったボクには、きっと義務と責任があるから」

「ねぇよ。そんなもん。最初からねぇ」

「……うん、彼には最初から存在しなかった。ボクにもだ。勇者に義務と責任の大半を負わせたのはね、他ならぬボクであろうから」


 フィリオはそこから逃げないと言いたげに、よどみなく告げた。フィリオも死に戻り前の記憶をかなり思い出しているのか。


 頬が優しくなでられる。

 今の俺は相当ひどい顔をしているらしい。


「勇者の仲間になったボクはね、怒りと悲しみから光であろうとした。この世界に正しいモノが存在するんだって証明するため、光を追い求めつづけたと思う」

「……」

「そうすることで誰かが救われると思ったし、ボク自身が救われると信仰していた。……誰かに重責を負わせておいてね」


 フィリオはごめんねと謝るように頬を撫ででくる。


「負わせときゃいいんだよ……どうせ、無責任ドスケベ野郎だし……」

「それでも善性だった彼だから、それでも光であろうとした彼だから。彼の光を穢さないためにサキュバスの力を使わず、最後まで光として戦ったと思う」


 思うの口調に、本当に確信がなさそうだった。

 リリィと同じで運命の結末は記憶がぼんやりとしているらしい。……サキュバスの力は使わなかったのか?


 フィリオは俺から手を離す。

 優しい笑みを浮かべる彼女が遠く感じられた。


「……もしかして、フィリオの血が暴走したとか?」

「わからない。……でもきっと意地でも使わなかったと思う。だからね、思うんだ。ボクがって」


 フィリオは悔しそうに唇を噛んだ。

 俺はそこで、彼女が迷っていた本当の理由を知ってしまう。


「ボクがサキュバスの力を完全に制御できていたら……みんなを救えたんじゃないかって」


 ああ、そうか、フィリオは変わっていない。


 怒りと悲しみを内に秘めたままだ。他者への重責を負わせないようになったが、それ以上に自分で背負うようになった。


 だから危険な魔性の道に踏みこもうとしている。

 自分がどうなってもいいと思っている。


 それは人間や魔性に関係なく、いずれ死の運命に辿りつくものなのだろう。彼女は不器用までに義務と責任を背負いつづける。やめてくれ、大事だ、そう言っても変わらない。筋金入りで意固地なのはわかっている。


 だったら……だったらだ!


「フィリオ! 俺と勝負だ‼‼‼」

「しょ、勝負? ドスケベで?」

「俺みたいなこと言っているんじゃねーよ‼ 剣技だよ、剣技!」

「剣技って……ボクがハルヤ君にかなわないのは知っているよね」


 フィリオがらしくなく負けを認めてくる。

 俺は太めの枝を拾って投げ渡して、俺は小さめの拾っておいた。


「ごっこ遊びの延長だ」

「えーーっと?」

「怖いなら別にかまわないぜ」

「ちがうよー……今やる必要がないよね言いたいだけだ……よっ!」


 フィリオはすかさず俺に打ちこんできた。


「がっつり不意をついてくるじゃねぇよ⁉」

「勝負は勝負だよ!」

「ほらすぐムキになるっ! 俺に張りあおうとする! おっと⁉」

「わ、悪い⁉」

「そーゆーところが今も昔も面倒だって言ってるんだ‼ 昔もずーーーっと最後まで近接戦ではりあってきてさ!」

「ハルヤ君が才気あるから仕方ないじゃん! ハルヤ君めっちゃ光の資質もってるもん! とやあああーー!」

「おおう⁉ 負けるかああああああ!」


 俺たちは本気のごっこ遊びにふける。


 いつになく、剣技冴え冴えのフィリオを何度も打ち負かす。

 何度負かしても負かしても、フィリオは超悔しそうに「もう一回!」「もう一度!」「あとラスト!」「次で最後だから!」とムキになりまくっていた。


 死に戻り前から変わっていない、頑固と負けず嫌いをこじらせた女の子。

 フィリオ=ヴァル=エーデルシェイドは、そうして地面でモダモダしていた。


「悔しいいいいい! また負けたああああ! 手加減してくれなーいいいい!」

「手加減したらクソ怒るだろう」

「怒るよ⁉ 怒るよ! だって手加減だよ⁉⁉⁉」


 フィリオはむすーっとした顔で上半身を起こす。俺はそんな彼女の前で膝をついて、女王に仕える騎士のように微笑んだ。

 まあ、相手サキュバスだが。


「フィリオ、その調子で魔性の血に抗いつづけようぜ」


 フィリオが不安そうに眉をひそめる。


「でも……ボクはサキュバスだし……」

「サキュバスの血は否定しないさ。安易に飛びつくなって言いたいだけだ。……大層なことをしでかそうとしている魔性の話なんて聞く必要はない」


 俺の言い分はわかってくれたようだが、それでも納得してくれなさそうだな。

 血族の情もあるんだろう。優しいしな。


「フィリオ、俺と勝負しよう」

「……今度はなに?」


 今度こそ負けるかという彼女の顔に、思わず笑ってしまう。


「なにさー?」

「いんや、フィリオみたいな子が勇者の仲間になったらさ。さぞ必死で張りあう必要があったろうな。ぜったい面倒だ」

「う、うう……」

「でもフィリオがいたから勇者も勇者らしくいられたんだ」


 俺だけでは決して光の勇者になりえなかった。今の俺にも繋がらなかった。

 彼女の綺麗な瞳を見つめる。


「でも俺は、もうきっと光の勇者にはなれない。その資格は……もうない。……それでも、それでも俺は困難に抗いつづける。一生、運命に抗いつづけるさ」

「……」

「だからフィリオも自分自身に抗いつづけてくれ。サキュバスの力を使うのだとしても、まっすぐに立ち続けて欲しい。義務や責任で、自分を捨てないでくれ」


 俺の話を聞き入っていたフィリオが、ふと、なにかを思いついた顔をする。

 どうしたのかと思ったら、フィリオがすごくたしかめるように聞いてきた。


「一生、なんだよね?」

「ああ、一生だ。俺と意地をはりあいつづけよう。一生のライバルでいよう」


 俺の返答に、フィリオはにまーっと笑う。

 それからものすごく機嫌よさそう地面に横たわり、嬉しそうにモダモダした。


「一生かー」

「おーい、汚れるぞー」

「ボクに一生付き合ってくれるんだよね?」

「もちろん、一生だ。ずーっと付き合うつもりだぞ」

「えへへー……えへへー……うん! よろしくね! ずーっとずーっと勝負しようね! ……エッチなこともだからね?」

「おう! 超望むところじゃい‼‼‼」


 フィリオは幸せいっぱいに微笑んでいる。

 その顔で迷いが晴れているのがわかった。


 これからもこの先も、ずっと彼女と意地をはりつづける。

 いつか彼女が俺を剣技で倒すこともあれば、俺がドスケベ勝てることもあるのだろう。……それは絶対ない、と誰かに言い切られて気もするが、やってみなくちゃわからないさ。


 活路は見えた。これから俺たちの反撃だ。

 誰が見ても呆れるようなひったすらに馬鹿馬鹿しく、馬鹿しかいない馬鹿の大馬鹿騒ぎを見せてやらあ‼


 作戦名は『ドスケベ・ダンシング・オールナイト』だ‼

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