死に戻った俺は聖なる勇者をやめて、ハーレム作って腰をヘコヘコふっていたい
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一章 新しい人生
第1話 聖なる勇者の切なる願い
光と闇。正義と悪。勇者と魔王。これから数百年は語られるであろう戦いが終止符を打たんとしていた。
暗黒神殿の大広間。
神官風の大男が苦悶の表情を浮かべながら膝をつく。
「ぐ、ぐううう⁉ おのれええぇ! 聖勇者ハルヤ=アーデン‼」
「ここまでだ! 魔王クロノヴァ‼」
俺は剣を握りなおし、神官風の大男を睨みすえる。
奴は魔王クロノヴァ。女神に仕える身でありながら闇に堕ち、世界を暗黒に染めあげんとした強大な魔性だ。
「ぐっ……我の瘴気をものともせぬとはな……」
魔王の前で常人は正気を保てない。
大広間には奴の瘴気が充満していて、鼻がひんまがりそうだ。
「これが人の心の強さだ! 魔王!」
と言ってみたが、ぶっちゃけ装備のおかげだ。
聖鎧フローラ。女神フローラの加護が宿った退魔装備で、瘴気はもちろん下級魔法も無効化する。世界最高の鎧だ。ただし、装備するには条件がある。
魔王クロノヴァが悔しそうにうめく。
「聖鎧フローラ……。聖なる心を持ち、清廉なる者にしかまとえぬ鎧を醜悪な人間ごときが扱えるとはな……」
しっかりとバレてら。
いや、本当に大変だったんだ、この鎧を装備するのさ……。
女神フローラの加護を宿した鎧は、清く正しく美しいものにしか装備できない。
清く正しく美しいとは、日ごろの言動や態度も判定するようで、少しでもよくないと鎧が判定したら激烈に重くなったりする。
食後のゲップもダメなんだぜ?
おトイレもお上品にすまさなきゃいけなくて、音の鳴る魔法と花の香りがする魔法を同時に使ってようやく許されるぐらいだ。
……勇者だって、うん〇や屁ぐらいするわ‼
はっ⁉ いかんいかん。勇者らしい佇まいをせねば。
「人の可能性を侮りすぎだ」
「くくくっ……人の可能性か……」
なにか企んでいそうな顔だなあ。
問答無用でさっさと倒しておきたいが、相手が魔王であっても野蛮な行動は控えよう。そう教育されてきた。
「なにがおかしい? 魔王」
「見麗しい容姿に、花の化身とも呼ばれる貴様と同列扱いされては……面白くない人間も多かろうさ……」
「俺はそう思わない。それに、人は誰でも理想の自分になれるものさ」
今の容姿がタダでできたと思ってんの?
勇者らしい容貌、勇者らしい美肌、勇者らしい笑顔。俺が仲間や周りの人たちにどれほど努力を強いられてきたのか知らんだろ。
油ぎった食べ物はひかえめに、塩分のとりすぎはもちろん、お酒は絶対NG。
こちとら
油! 塩! 油! 塩! どれだけ恋焦がれていたか‼
周りから『数百年は語られる勇者たれ』と圧を強いられてきた辛さ……。しらねーだろー、魔王さんよー⁉
はっ⁉ いかんいかんいかん。ゆ、勇者らしい心持ちをだな。
俺が爽やかオーラをかもすと、魔王はくぐもった笑い声をあげた。
「くくくっ……だが我のもとに辿り着けたのは、けっきょく貴様一人だけではないか……。お前は孤独なのだよ、聖勇者ハルヤ=アーデン」
「仲間がいたから、俺はここまでやってこれたんだ」
「ふん……いいように扱われているだけではないか」
「俺の大事な仲間を侮辱するな」
俺がキリリとした表情で返すと、魔王は面白くなさそうに顔をゆがめた。
いいように扱われている? そんなレベルじゃなかったわ‼
勇者たれと圧が強かったのは、なにも外見や立ち居振る舞いだけじゃない。
行く先々で『勇者なら手を差し伸べる』『勇者なら絶対に助ける』『勇者なら無償でいい感じでかっこよく助けてくれる』とどれだけ、清く正しい勇者像を求められてきたか!
さっきだって仲間に『私たちが魔物の大群を押しとどめますので、勇者さまは先に行ってください』と送り出されたはいいが、アレは俺の退路をも防いでいるとみたね!
はっ⁉ ダメだダメだダメだ! な、仲間を信じねば!
「終わりにしよう、魔王クロノヴァ」
「…………ククッ」
俺はトドメをさすべく、優雅に歩みを進める。
魔王は妙な笑みを浮かべているが、勝敗はすでに決した。魔力もほとんど残っていない今の奴に、たいそれたことはできないだろう。
そうして俺は、聖なる勇者として凛と剣をかまえ、最後の一撃をふるう。
鈍い重みが、剣越しにたしかに伝わってきた。
……終わった。これで勇者の責務から解放され……ないんだろうな。事後処理いっぱいありますよと聞いているし。
「むっ?」
突如、暗黒神殿がゆれはじめた。
足の底から伝わってくる激しい振動に戸惑っていると、魔王が地に伏せながらも声をしぼりだして言う。
「こ、この神殿は……もうすぐ崩壊する……」
「なんだって⁉」
「わ、我の魂と神殿を結びつけた……くくっ、貴様は我と共に死ぬのさ……」
死に体なのに、魔王は俺を道連れにできるからか嬉しそうだ。
瓦礫がガラガラと落ちてくる。
くっ、最後の最後でドジをふんだ‼‼‼
今すぐ逃げるか⁉ ……ダメだ、遠くで地滑りの音も聞こえる。神殿どころかこのエリア丸ごと崩壊するようだ。
絶望が顔に出かけたが、奴をこれ以上喜ばすのは腹が立つ。
俺は動じていないフリをして涼しげに佇んでやった。
「……に、逃げぬのか? 勇者よ」
「お前がここでちゃんと死ぬのを見届ける」
「………な、仲間のもとや……故郷に帰りたくはないのか?」
「神殿に足を踏みいれた時に、すでに帰らぬ覚悟はしていたさ」
してませんわ。なにがなんでも帰る気でいましたわ。
うううっ……人生これからなのに、まだまだ若いのになああ……!
ちくしょう! こうなったら意地でも勇者面してやっからな⁉
魔王クロノヴァは精神面での敗北も悟ったか、心底悔しそうにうめいた。
「どこまでもいまいましい奴め……」
「俺は聖勇者ハルヤ=アーデン、正しき選択をするだけさ」
「…………こ、後悔が微塵もないと?」
「ないさ」
ある。めっちゃくちゃある。
やりたいことっつーか、ヤることたくさんヤりたかった。
だが品行方正な勇者として、清く正しい勇者として、みんなが望む理想の勇者でいる必要があったから、俺はヤれることをヤれなかった。
死に直面して、生存本能が刺激されたのかもしれない。
人間性が丸裸にされたのかもしれない。
しょーじきにぶっちゃけますわ。
童貞のまま死にたくねええなあああああああああ‼‼‼
てめーこそ、なにか心残りはないのかよと魔王に聞こうとしたが。
「…………」
奴はもうなにも言わない。ただの屍になったようだ。
天井から瓦礫がどんどんと落ちてきて、ズズーンッと魔王を押しつぶした。世界を暗黒に染めあげんとした巨悪はこうしてあっけなくこと切れた。
そして俺もすぐに後を追うことになる。
「……くそう」
俺は剣を捨てて、その場にへたれこむ。
ヤることヤりたかったなあ。女の子と生存戦略したかったなあ。
機会はたくさんあった。聖なる勇者としてそりゃあモテたが、王族貴族の子女たちは俺を血族に迎えいれようと瞳が血走っていて怖かったし、娼館は仲間に監視されていたせいで立ち寄ることもできなかった。
品行方正な勇者。聖なる勇者。みんなが求める理想の勇者。
そのせいで、俺は童貞を捨てることができなかった。
ちくしょう……勇者だってうん〇や屁ぐらいするし、後腐れのない無責任なセッ〇スしたいときだってあるさ……。
ドスン、ドスン、と瓦礫が落ちてくる。
地鳴りが大きくなり、地滑りの音が近づいてきた。
俺の人生もいよいよ終わりだ。
もう周りには誰もいない。勇者になる以前……ただの冒険者だった頃の俺に戻って、たった一つの願いを告げた。
「ハーレム作って……腰へこへこふるだけの毎日を送りたかったな……」
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