3-⑥ 忘れ得ぬ戦いの始まり

船体が深く沈み込んだ。


水圧が重くのしかかるその深度に、黒糸島連邦くろいとじまれんぽうへ通じる隠された通路が眠っていた。


それは、かつて久澄ノ島くずみのしまが攻撃を受けるたび、「いずれ反撃に転じる時のために」と掘り進めてきた隠し通路。

長い時間をかけて築かれた道が、いま俺たちの隠れ道になっている。


船体は暗い通路を抜け、静かな水面に浮かんだ。

森の奥深くに口を開いたその入り江は外からは目立たず、まるで大地が味方して俺たちを隠しているようだった。


着岸の揺れが収まると同時に船を降り、クズ豆を放つ。

光の粒が森を駆け、地形を解析していく。


『森林八キロ、河川一本、その先に人工構造物を検出。警備反応、多数』と次々に音声が響く。

東條とうじょう先輩はうなずきながら端末に情報を打ち込み、全員に見えるようにホログラムを展開した。


森と川、そしていくつかの建物が宙に浮かぶ光像となって共有される。


「現在地はここ、目の前の森を抜けて八キロ走ったら川がある。で、その向こうに施設がある。……お出迎えはかなり手厚いらしいな」


防衛が厚いのは、ただの施設ではない証。

王の朔がいるのか、重大な機密が隠されているのか——。


俺たちは腕に電磁偏向盾マグ・シールドを装着しながら、作戦を確認する。

淡い光膜が展開し、同時に耳元へ東條先輩の声が直接届いた。


通信準備は出来た。


共有された作戦は明快だった。

建物へ突入したら、感染エコーと戦い、無力化し投薬をする。

同時にクズ豆で内部を解析し、逐一構造を共有。

そして——戦いの核心。

王のさく、あるいは感染エコーをあやつるシステムを見つけ出す。


誰もが理解できる行程。

だが成功は、決して容易ではない。


クズ豆が先行して森と川を解析し、比較的安全なルートが俺たちに示される。

俺たちはその光を追い、物陰を伝って建物に近づいた。


前庭ぜんていに差しかかったところで、投影欺瞞機ゴーストドローンを投げ込んだ。

光の粒が人影を複製し、警備兵の視線を奪う。


隙をついて建物へ踏み込むと、間もなくクズ豆から送られた内部構造が共有される。

「広いな……必要があれば、二手に分かれよう」

東條先輩が短く告げた——その直後。


斜め後方の扉が弾け、五体の感染エコーが雪崩れ込んだ。

一番後ろにいたいのりへ飛びかかる。


反射的に俺は叫ぶ。

防壁レジスト・シェル——っ!」


——しかし、防壁が開かれるより早く、いのりは一歩踏み出していた。

ポケットから棒を引き抜き、瞬時に音響振動棒ソニックロッドへ変形させる。


彼女はロッドをくるりと回して体勢を整える。

振り抜いた瞬間、高音がほとばしり続けざまに二体、敵を弾き飛ばした。


舞のように柔らかく見える動作。

だが一撃の衝撃は、ロッドの機能も相まって凄烈せいれつだった。


俺たちも踏み込もうと身構えるが、狭い廊下に彼女の動きが広がり、入り込む隙を奪われる。

律が息を呑む。

「……嘘だろ」


残りの敵が迫る。

いのりは腰に差していた自己変形銃モーフィングガンを滑らかに引き抜いた。

銃口が変形し、スタン弾、貫通弾、散弾へと切り替わる。

閃光と銃声。感染エコーが崩れ落ちた。


だが一体が撃ち漏らされ、爪を振りかざして迫る。


いのりは身を低く沈め、同時にロッドを横へ振り抜く。

鋭い一撃が敵の脚を弾き飛ばし、巨体が床に叩きつけられる。

倒れ込んだその胸へ、迷いなく銃口を向けた。

至近距離でのスタン弾に標的は痙攣して沈黙する。


間髪入れずに、彼女は腰のポーチから投薬器・・・を抜き取った。

倒れ込んだ敵の首元に当て、カチリとボタンを落とす。

鋭い針が首筋に食い込み、薬液が流れ込む。

白濁した瞳がゆっくりと澄んでいき、やがて焦点が消え——意識を失った。


いのりの動きに続き、俺たちもそれぞれ投薬器を抜いた。

倒れた感染エコーに近づき、次々に薬を撃ち込んでいく。


「クズ豆ちゃんたち、この人たちをはじに寄せといて」

指示が飛び、クズ豆がまゆを放出しながら倒れた敵を移動させる。


口笛が響く。高広たかひろさんだ。

いのりへ振り返り、笑みを浮かべる。

「やるじゃねえか」


「……追加機能は使えなかったけど、道具をどう工夫するかなら、得意なんです」

いのりは肩で息をしながら、小指についている指輪型プロテクトプロテクトリングを示した。


「私、非力なので……これも、助かってます」


その小さな声に場が静まるが、耐えきれず俺は口を開いた。

「で、でも無理はするな……! 俺から離れるなよ!」


「おいおい、心弦。声、めっちゃうわずってんぞ」

小声で茶化す陸太の頭をこづく。


「おい、おしゃべりはそこまでだ」

高広さんの低い声に、わずかに緩んだ空気が一瞬で引き締まる。

場には、再び緊張が張りつめた。


「……行くぞ」

東條先輩の合図とともに、俺たちは歩を進める。

二の腕に装着した電磁偏向盾マグ・シールドが淡くきらめき、その光が背を縁取りながら薄暗い建物の奥へと消えていった。


この後、俺たちは仲間を二人失うことになる。

——忘れられない戦いの幕開けだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る