2-⑫ 嵐の意味

やかたの中の空気はひんやりとしていて、湿気を帯びた外とはまるで別世界のようだった。


虫や鳥が交信するような──“テクノロジー”に満ちた島の風景とは打って変わって、ここは静謐せいひつで伝統的な空間に思えた。

広間は畳敷きで、ふすまには墨絵すみえのような装飾がほどこされている。

俺たちは二列に敷かれた座布団に正座し、島主しまぬしを待っていた。


いのりは隣に座っていて、どこかぼんやりとした様子で考え込んでいるようだった。


そのとき、ピピッ──と、小さな端末の通知音が広間に響いた。


「──あ、弟……奏汰そうたからだ!!」

真尋まひろが嬉しそうに声を上げ、端末の画面を覗き込む。


しかし、数秒後。


「支援物資、届く見込みがないって……。シェルター近くの食糧倉庫も、一部燃えたみたい」

と、小さく読み上げるように呟く。


その言葉に、りつも顔をしかめた。


「こっちも連絡入ってた……行方不明者が多すぎて把握できないらしいわ」

琴子ことこ先生も通信端末をいじりながら言葉を続ける。


そのとき、太陽たいようが顔を上げた。


「でもさ。ここって、生き物も半分機械なんだよな?てことは、“兵器”として使えたりとか……?」


その言葉を受けて、かえでが呟いた。

「もし、島主さんが力を貸してくれたら……東亜帝国とうあていこく、助かるかもしれないよね」


「どうにか、お願いしてみるしかないっしょ!!」

青空あおぞらが声を上げ、場の空気がわずかに明るくなる。


天野あまのさんが立ち上がり、その動きに自然と皆の視線が集まった。

「島主が来る前に……この島を守る仕組みについて、少しご説明しますね」


天野さんは皆に軽く会釈えしゃくし、語り始めた。

「皆さん、上陸前に遭遇そうぐうしたあの嵐を覚えていますか?この島の周囲ではしばしば嵐が発生しますが──それには、明確に分けられた三つの種類・・・・・が存在します」


──あの時の記憶が脳裏に浮かぶ。

甲板かんぱんに叩きつけるように降った横殴りの雨。耳をつんざく雷鳴。


「一つ目は、ただの自然現象。二つ目は、侵入者を排除するための防衛反応です」


そこで天野さんは、わずかに視線をいのりへ向けた。


「そして三つ目──“仲間への保護反応”です」


天野さんの言葉に誰も動揺はしなかった。

次々に明かされる事実を受け止めることに、皆が慣れはじめていた。


「いのりさんが“島主しまぬしの血筋”として正式に認識されたことで、第三の嵐が起こりました。それは、仲間を外敵から守り、無事にこの島へ導くために発生する嵐です」


「だから、嵐が……」

かえでが呟いた。


「あと……これはおまけのような話になりますが──」

天野さんは一呼吸置いて、言葉を選ぶように口を開いた。


「実は、あの時……甲板かんぱんから船内に戻る直前……心弦しんげんくん。あなたの目の奥にわずかに“金の光”が走ったのを、私は見ました」


──その言葉で、俺の脳裏にあの嵐の夜がよみがえる。

船に戻ろうとしたとき、天野さんがふと立ち止まり、俺をじっと見つめた。

一瞬、表情が強ばったのを、はっきり覚えている。


「今度は心弦しんげんかよぉ~……」

陸太りくたが頭を抱える。


その隣で、空太そらたがニヤニヤしながら俺の肩に腕を回してくる。

「うぇい!心弦!お前も神なんか~?まじ尊いわ~!」


「やめろって……」

俺は苦笑いしながらも、肩を振り払うことはしなかった。


天野さんはゆっくりと言葉を続けていく。


「その夜、私は記録をさかのぼり、心弦くん──あなたの過去を調べ直しました。そして、ある事実に行き着いたのです」


「──昔、あなたが幼い頃、そう、例の四宮 朔しのみやさく氏の事件で、海に落ちたときがありましたよね」


「えっ、何それ何それ?全然知らないんだけど」

御影みかげさんが身を乗り出すように口を挟む。


「……有名ですよ。知らないんですか?」

太陽がやや驚いたように言った。


りつ先輩のお兄さん、さく先輩がバグ化した事件ですよ。小等部の時に大暴走して、いのりさんを襲ったって……。そのとき、いのりさんを守ろうとした心弦先輩が海に落ちて──でも奇跡的に助かったって話で……」


「はい、それは奇跡ではなかったんです。いのりさんの中に眠る“島主しまぬしの力”が、極限状態で無意識に目覚めたんです」


「島主の血筋には二つの力があります。ひとつは“海を操る力”、もうひとつは“自らの生命力を分け与える力”。そのどちらの恩恵も受けて、心弦くんは生き残っているのでしょう」


俺の目を覗き込むようにして、天野さんは微笑んだ。

「……あなたの目の奥に見えた金の光は、ごくわずか。でも、確かにその痕跡でした」


その言葉に、真尋まひろが声を荒げた。

「何なの?いのりが神の子孫だから?心弦しんげんがいのりに命を助けられたから?今その話になんの意味があるの?私たちは国を救うためにここに来てるのに、関係ない話やめてよ!」



──コン、コン。

微妙な緊張が漂う中、ふすまを叩く音が割り込むように響いた。


次の瞬間、音もなく襖がなめらかに開く。

そこに現れたのは、二十歳前後に見える女性だった。

所作には一切の無駄がなく、どこか神聖な気品をまとっていた。


「失礼いたします。……まもなく、島主しまぬしが参ります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る