2-⑥ 嵐の前
味気ない朝食が、食堂の空気をさらに重くしていた。
誰もが寝不足で、ぼんやりとした表情のまま口を動かしている。
やや遅れて、操縦室にいた
「おはようございます」と、
そして、しんちゃんと
「予定通りなら、明日の昼頃に島へ到着予定だと思うのですが、航路は順調ですか?」
「はい。現在のところ、気圧・風速ともに基準範囲内で推移しています。航行自体に支障は出ていません。ただ……」
「夕方から強い気圧変動が予測されています。おそらく、嵐になりますね」
淡々と、栄養バーをかじりながら言う。
「さっき、操縦室に
「薬とか能力とかで、どうにかできないんですか?」と、
「——あっ!」
「私“睡眠最適化”の機能しか今使えないんだけど……それ、もしかしたら船酔い防止にも応用できるかも!」
「なるほど。確かに理屈は合ってるな」と、
「“睡眠最適化”は、睡眠中の自律神経系を整える効果があるんだ。乗り物酔いも、自律神経の乱れが原因なら——あり得る」
「えー!? 裏切り者!」
「じゃあ、食べ終わった人から解散しましょうか」
「みんな寝不足なんで、ちゃんと仮眠を取らないと体調崩しますよ」
その一声で、カップや空になった袋が音を立ててまとめられはじめる。
しんちゃんが立ち上がり、私の腕をとった。
「仮眠取ったら、その後は一緒にいよう」
「
しんちゃんは応じず、私の返事を待っている。
「うん」
私がそう返すと、彼はやわらかく笑った。
*
それぞれが部屋で仮眠を取り、簡単な昼食も済ませたころ。
私は、迎えに来たしんちゃんと一緒に、
時刻は夕方四時ごろだった。
甲板では、比較的元気な
「あ、心弦さん!あとでバスケしましょうよ!」
と言って、ぺこりと頭を下げ、甲板の奥へと駆けていった。
しんちゃんと二人、船の柵に寄りかかりる。
「不安だよ……」
つぶやくと、しんちゃんがそっと私を抱き寄せた。
私は、ぐっと気持ちを切り替えるように一歩踏み出して、柵に寄りかかる彼の前に立つと、両腕を伸ばしてその左右を塞ぐように柵へ手を置いた。
「ん?」
しんちゃんは嬉しそうに微笑んでいる。焦った様子はまるでない。
「しんちゃん、朝、廊下で『つ』って言いかけたよね?なぁに?『つ』って」
「えっ」
しんちゃんは、ふいに目をそらした。
私は普段、大人しいし、いつも彼に守られているけど──やるときは、やる。
観念したように、しんちゃんは両手を私の腰に回し、ぽつりと呟いた。
「いのりの出生地に行って、いろいろ終わって……俺たち兄妹じゃなくなったら──付き合う?付き合いたい?って聞こうとした。その、『つ』だよ」
「……ふーん。そうなるよね、私が付き合いたいって言うから付き合うんだよね、しんちゃんは」
彼が何か言い返しかけたそのとき—— 甲板の扉が開き、
私はしんちゃんから一歩下がり、距離を戻す。
……ああ、私のレアな“攻め”ターンが、終わってしまった。
「いのりさん、体調はどうですか?」
「体調はいいです。ありがとうございます。あの……」
そうだ、今なら聞ける——
「
「詳しくは島に入ってから、
「もう、雲行きが怪しくなってきましたね」
言葉通り、遠くの空に黒い雲がどんどん湧き上がっていた。雷鳴が走るのが見える。
素人目にも、“とんでもない嵐が来る”と直感でわかる空だった。
「もしあの雷が落ちたら、この船は……私たちは……」
大粒の雨が、甲板をたたきつけるように降り始めた。
「いのり! 中に入るぞ!」
しんちゃんの声が飛ぶ。
横殴りの雨に全身が濡れる。それでも
「……今のは……」
隣で
「この距離でいのりさんが“島に認識された”……やはり、さすがですね」
「え……?」
心臓がバクバクと鳴り止まない。しんちゃんが驚いたように駆け寄り、私の前にしゃがみこむと、そのまま背を向けてかがみ、私を背負った。
「さあ、ふたりとも。中に入りましょう。嵐はもう大丈夫で——」
そのとき、不意に
その夜——私は高熱を出し、朝まで目を覚まさなかった。
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