⑭ 血戦と、再会ー①【†】

——けやきの木の下。


待ち合わせの場所に、十一人は再び集まった。

だが、そこに立つ者たちの表情は、出発時とは明らかに異なっている。


最年少の龍龍ろんろんが、泣きじゃくりながら皆に頭を下げた。

「……ごめんなさい……俺、たぶん感染してます……俺のせいで、透夜とうや先輩まで……っ」


その肩に手を添えたのは、先輩の久瀬 透夜くぜとうや

「……違う、お前のせいじゃない。俺は、自分の判断で助けに入った。だから……俺の責任だ」

そう言いながら、透夜先輩の顔色は真っ青だった。


そこへ、走って戻ってきた俺、りつ真尋まひろ、そして東條 瑛士とうじょうえいじ先輩。

息を切らしながら、状況を察したりつが静かに告げる。

「……俺と心弦しんげんも、おそらく感染しています」


疲労と恐怖、そしてそのさらに上を行く——“絶望”。


沈黙が、どうしようもない現実を突きつけてくるようだった。



——時は二時間前へとさかのぼる。


突入した十一人は、静まり返った区役所のロビーに足を踏み入れていた。


そこはもう、“行政機関”だった頃の面影すらない、ただの瓦礫がれきの箱だった。

ガラス片が散らばる無人の空間。人気はない。音もない。


十一人は、慎重に歩を進める。


廊下には、誰かの吐息すら響きそうなほどの緊張がただよっていた。


——パキィッ


先頭を行く太陽たいようの足が、ガラス片を踏んだ。


その瞬間だった。


「出たっ!来ます!!」

青空あおぞらの叫びと同時に、廊下の奥から、人影が飛びだす。


次の瞬間。

音もなく、その人影は異常な速度でおそいかかってきた。


見た目は普通の人間と変わらない。

だがその目は焦点しょうてんが定まらず、異様な雰囲気をまとっていた。


「武器持て!やるぞ!」

陸太りくたがスパナを振り上げて突っ込む。


空太そらたも並ぶように、小型ナイフを構える。

「こ、こいつら、感染エコーか……っ、動きが速ぇ!」


近づいた陸太りくたが一瞬ためらい、足を止める。

「っ……ダメだ、刺せねぇ……!」


つい昨日まで、ここで働き、誰かと笑いあっていた人間だ。

その相手に、刃を突き立てることができなかった。


だが、その迷いが命取りになる。


「ここから離れろ!絶対一人にはなるな!複数で動け!」

透夜とうや先輩が叫んだ瞬間、青空あおぞらの肩を裂くように、感染エコーの刃物が振り下ろされた。


「ぐっ……あぁっ!!」

青空あおぞらが後方へ倒れ込む。


「青空!!」

その瞬間、俺は駆け出していた。


その速度で世界から音と色が一瞬消える。

——戦術反応高速化ブーストブースター・ギア、起動。


脳の処理速度が跳ね上がり、周囲の動きがスローモーションのように変わる。

エコーの攻撃動作を読み切り、寸前でその前に割り込むと、反射的に手のひらを突き出した。


防壁起動レジスト・シェル!」

目に見えない衝撃波を展開し、迫る感染エコーの攻撃を弾き返す。

跳ね飛ばされた敵が床を転がる。


すぐさま青空あおぞらに駆け寄る。


「大丈夫、今治す。……癒合接触リストア・リンク

青空あおぞらの肩に手を添えると、光の粒子が掌から流れ出し、裂けた肉と血管を再結合さいけつごうしていく。


痛みが引くのと同時に、青空あおぞらの目に涙が浮かんだ。

「……心弦しんげん先輩……っ、ありがとうございます……!」


背後では先輩たちがスパナやドライバーで感染エコーに立ち向かっていた。

しかし、何度殴りつけても、倒れたエコーはすぐ立ち上がり、襲いかかってくる。


「くそっ、だめだ!スパナが曲がった!これじゃ戦えねえ!」

陸太りくたが曲がったスパナを苛立いらだたしげに投げ捨てた。


空太そらたもナイフを握ったまま叫ぶ。

「全力で殴れねぇし!こんなんでどうしろってんだよ!」


俺は戦線へと戻り、再び能力を発動させた。


圧力球コンプレッション・バースト!」

手のひらから圧縮された空気の衝撃波が”感染エコー”をぎ払う。


だが、後ろから別の”感染エコー”が迫るのを、感じ取る。


振り返るより早く足を踏み込み、腰を沈めた。

振り下ろされた敵の腕を前腕ぜんわんで受け流し、力の流れを感じたまま体をひねる。


「——っらぁ!!」

回転の勢いを殺さずに敵の胸元へ肘打ひじうちを叩き込み、さらに踏み込んで腹部へ膝蹴ひざげり。

すかさず体を沈め、前傾姿勢から掌底しょうていを相手の鳩尾みぞおちへ突き込んだ。


骨のきしむような手応えとともに、”感染エコー”がのけぞった。


少し離れた場所で、真尋まひろが転倒し、膝から血を流していた。


「真尋、大丈夫か!?動けるか?」

りつ真尋まひろを支えながら、焦ったように声をかける。


その瞬間、エコーが二人に襲いかかる。


俺は即座に反応し、二人をかばうように間に割って入る。

防壁起動レジスト・シェル——!!」

再び展開された防壁が敵を押し戻す。


真尋まひろ、今治すからじっとしてろ!」

彼女の膝に手を当てると、光が傷を塞いでいく。


この戦いの目的は、内部確認と生存者の奪還だっかん——。

だが、いまだ“感染していない人間”には、一人として出会っていない。



任務は完了していない。戦いは、まだ終わらない。

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