アリとキリギリス
ポチョムキン卿
アリとキリギリスの約束 — 夏の章
夏の終わり、陽が傾きかけた草むらに、一匹のアリが必死に花を探していた。
小さな白い花を、丁寧に選び、やっと見つけた一輪を大事に抱えて、彼は巣を出た。
「これなら…きっと、気に入ってくれる…!」
アリの名はクレイ。働きアリの中でもまじめで、仲間たちにからかわれるくらいだった。
「また歌声か? あいつは遊び好きなんだぞ、やめとけって」
「いいんだ。あの声を聞いたときから、他の季節が霞んで見えるんだ」
そう、クレイが向かう先は、あのキリギリス。
歌と踊りで夏を謳歌する、自由きままな命の化身。名はアリアだった。
その日もアリアは草の上で一曲歌い終え、秋の風を頬に受けながら目を閉じていた。
クレイはそっと彼女の前に進み出た。
「アリアさん、少し、お時間をいただけますか?」
「まあ、働きアリさん。こんな時間に?どうしたの?」
クレイは手にしていた花を、ぎこちなく差し出す。
「僕は毎日、巣の中と外を行き来して、数えきれない日々をこなしてきた。でも、君の声だけは…時間を止めたんだ。
働き者の僕じゃ、あなたに釣り合わないかもしれません。でも、あなたを、ずっと大切にしたい。 僕と一緒に生きてくれませんか?」
アリアは驚いた表情で、風に揺れる白い花を見つめた。
「…あなたって、本当に変わったアリね」
「す、すみません…やっぱり変ですよね…!」
「違うの。うれしいのよ。こんなに真剣に、優しさを運んできてくれたのは、あなたが初めて。
アリアは花を受け取り小さく微笑んだのだった。
うれしい。こんなにまっすぐに、優しさをくれるアリは初めて」
アリアは花を受け取り、目を閉じて小さく歌った。
その声に、クレイの胸はいっぱいになった。
「じゃあ――少しの間だけ。夏の間は、私もあなたと過ごしてみるわ」
アリアは目を細めて空を見上げた。遠くで雲が、淡くほどけていた。
「いつまで歌えるか、私にもわからないの。
ある日目を覚ましたら、体が動かなくなってるかもしれないって、毎朝思うの」
「僕だってそうです。今日が最後かもしれない。…だから、怖かったけど、来ました」
少しの沈黙が、ふたりの間に漂った。
やがてアリアはそっと花を受け取り、クレイの手に自分の手を重ねた。
「この瞬間があるだけで、もう十分だと思えるくらい。
一緒に生きようって、うれしい」
「……本当ですか?」
「うん。生きる時間が短くても、こうやって気持ちを届け合えるって、すごく美しいと思う」
クレイの胸の中に、温かい何かが灯った。
それは夕暮れの陽だまりのように静かで確かなものだった。
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