KAC2025 お題集 作灰猫

灰猫

お題1ひなまつり 題名 民間伝承「ひなまつり」

 蝉時雨せみしぐれ——今日も今日とてエアコンの無い暑苦しい部室の中で毎日鳴り止まないセミの声を聞かされている。


「…あち〜よぅ」


 部室の長机に顔を伏せていた緑川が分かりきった事をほざいた。


「夏だからな。今日の最高気温は三十度だ」


 全開に開き切った窓の側でスマホをイジっていた青沼がチラリと視線を向け緑川のボヤキに応えた。


「言うなよ青沼…余計辛くなるだろ……」


 長机の上に広げた筆記用具で夏休みの宿題を消化していた赤星が青沼に文句をつける。正直な所、僕も同じ気持ちだったので赤ベコの如く頷いて援護する。


「ああ…でも何か喋っていた方が、まだ気が紛れるだろ?」

「わからんでもない」

「白石先輩は、いつも適当なんだから」

「ほっとけ」


 俺は部内唯一の一年生である緑川のボケにもなっていないイジりを投げやりに切り捨てて時間を確認した。文化部の上下関係はそこそこ緩いのである。


「もう十五時か…遅いな小金井せんせー」

「そうだな…秋の文化祭で展示する出し物を決めるだけって聞いてたけど…」

「お前ら課題は終わったのか?」

「まだ」

「まだっす」

「まだだな…今の様に何時間も待たされるなら課題を持って来たよ」


 木造の旧校舎—現在は部室棟となっている建物にドタドタと煩わしい音と共に微かな振動が発生し、慌ただしい訪問者の存在を告げる。


「先生かな?」

「他にいたら不審者だろう」

「む、課題はここまでか」

「やっと来た、早く帰ってエアコンで涼みてぇ〜よ〜」


 天然パーマの男が汗をかきながら、両手で段ボールを抱え部室に入って来る。


「ごめんね。待たせちゃって…資料をどこに仕舞ったのか忘れちゃってて!」

「もー遅いっすよ小金井せんせー!」

「ごめん、ごめん」


 Yシャツにネクタイ緩く締め、ベージュのズボンと使い古した革靴の見慣れたコーデを身にまとった我らが地方民俗学研究会の顧問は、こんな炎天下の中でも昔から着てみたかったと言っていた白衣を羽織っていれば額に汗の一つでも浮かんでいて当たり前だろう。


「はーい。じゃあ早速だけど、今回の民研、秋の研究発表を何にするか決めて行こうか!」

「発表って展示っすよね?」

「余り展示物の製作に時間を掛けては居られないだろうから、前の物の使い回しで良いのでは?」

「山しかない田舎だしな……夏祭りの歴史ぐらいしか思いつかん」

「以前の活動で調べた山の湧き水が減っている奴でどうよ?」


 時折雑談が混じりながらも、早く家に帰りたい為かそれなりに建設的な意見が飛び交う。


「先生はちょっと冒険して「ひなまつり」を展示したいなぁーって考えているんだ」

「うぇ…」


 顧問の言葉を聞いて思わず声が漏れる。それは去年の今頃に青沼と赤星、小金井先生と共に出かけた憂鬱な実地研究を行った。雛祀り民間伝承の調査である。


「ひなまつり…女の子のアレすっか?」

「いやいや、緑川くん。漢字で「雛祀りひなまつり」…丁度話していた祭りの山で行われていたお祓いだよ」

「おはらい…」


 緑川が実感がないような顔をしながらポツリと呟く後ろで、俺たち三年生のトリオは顔色を悪くしていた。


 恐らくは他の二人も同じ話を思い出しているに違いなかった。


「…去年居なかった緑川くんの為に軽く説明しましょうか。えー、緑川くんは「ことりばこ」って話を聞いたことあるかな?」

「小鳥?」

「…」


 ことりばこ何処の誰が生み出したのか、現代で言う所の特級呪物。一度使われてしまえば、必ず悲劇を産み出す狂気の産物だ。


「「ことりばこ」は所謂いわゆる、呪のアイテムだ。ジャンル的には藁人形みたいな不幸系の効果をもたらす」

「赤星、カードゲームの効果説明みたいに喋んなし」

「はぁ…この「ことりばこ」は箱の中に雌の動物の血液を満たし、そこに子供の遺骸から切り取られた一部を封入する事で完成する。製造過程で犯罪を犯すヤバい呪術道具だ」


 青沼の説明を黙って聞いていた緑川の表情がどんどんと険しいものに変わってゆく。


「なんで…その「ことりばこ」に「ひなまつり」が関わってくるんすか」

「まぁまぁ、説明は最後までだ。使用方法は関係が無いので省くが、この「ことりばこ」の呪に掛けられると一族全体が影響を受けるとされていて、女性や子供を呪殺してしまう恐ろしい効力が有ったとされている」

「血縁者キラーだな」

「…あー、表現に気を使った配慮は評価する」


 俺には人を呪いたい気持ちは理解できないが、最近のSNS攻撃も呪い染みているので全くの想像外と言うほどでもない。


「それで「ことりばこ」には使われた子供の数で呼び名が変わってね。少ない物から「イッポウ」「ニホウ」「サンポウ」「シホウ」と続いて「ゴホウ」「ロッポウ」「チッポウ」そして最後に「ハッカイ」。名前の感じから中国系の気配を感じるよね」

「…先生」

「はいはい、それでだ。ここからが本題の「雛祀り」なんだけど…これは協力な呪術である「子取り箱」を祓うために産まれた浄めの儀式なんだ」


 一番気分が悪くなる話を乗り越えはしたものの、雛祀りの儀式も気分が良い話ではない。聞きたくないなとは思いつつも、一人初見の後輩の為に気合を入れる。


「「雛祀り」はこの時期に繁殖するムクドリの卵とそれを産んだ親鳥を使って行われた」

「ムクドリ?」

「この辺りでやたら見かけるスズメだ」

「そう、スズメ科の鳥」

「はー」

「儀式の手順はまず、野生のムクドリの巣を探して卵の数を確認する。卵の数が一つなら「イッポウ」の四つならば「シホウ」という様に最大で八つの卵を抱えた巣が必要になる」

「なんでムクドリなんすかね?」


 緑川が憮然とした顔で先生に質問する。


「さぁ…言葉遊びなのか見立てなのか。無垢なる鳥だから儀式に使われたのかな?」

「雛祀りの儀式には、ムクドリの雛が必要になる。無垢なる鳥の最も無垢な状態……つまりは産まれる前の状態」

「なんかすげー嫌な予感するんすけど…」

「話を続けようか、手順の続きだよ。「雛祀り」の儀式は、全国から持ち込まれた全ての「子取り箱」を同時に祓わねばならなかった。その為、多くのムクドリの巣が必要になった。一つの「子取り箱」に付き一つのムクドリの巣が使われたからだ」

「鳥はひどい目に合うんスか?」

「あー…まぁ」


 話が進むたびに先生以外の目が死んでいく。


「儀式の種類としては呪い移しになるね。一族にかけられた呪いをムクドリに肩代わりさせる」

「うわー」

「さて…儀式に必要なムクドリの巣が集まったら満月の夜を選んで儀式を行う事になる。轟轟と燃える二本の篝火の間に「子取り箱」を置き儀式を行う者が祝詞を読み上げる。この祝詞については山の神社に文書が残っているそうなんだけど、一切の公開はしない様で見せてもらえなかった」

「あー、まぁそれは良いっす。それで箱を置いた後はどうするんすか?」

「お、興味が出てきたか。祝詞を読み上げた後「子取り箱」の上に飛べないように縛りあげた親鳥を乗せて短刀で差し貫く、この親鳥の血が「子取り箱」に降り注ぐ事によって呪いの対象を巣の卵に塗り替えるんだ」

「哀れ親鳥は犠牲になったのだ」

「…本当に哀れだから困る」

「箱の上から親鳥を取り除き、巣ごと卵を箱の上に載せる。これを「子取り箱」の数だけ続けて、時間が立つと巣の卵が変色して腐る。「子取り箱」の呪う相手が全滅した為に「子取り箱」の呪いは役目を終えてただの汚い箱になる。後は篝火に箱を投げ入れておしまいさ…後は炎が灰にしてくれる」


 全員が何とも言えない顔をして小金井先生を見つめた。


「それを学園祭で展示するんですか?」

「折角調べたんだし、どうかなーと思ってね」

「見た人ドン引きですよ」

「トラウマ量産しそう」

「そもそも「子取り箱」の説明から展示なんすよね…流石に問題になるんじゃ?」

「うーん、ダメかぁ」


 話し合いは難航し、それぞれが改めて後日展示の候補を出し合う事に決まって解散する。


 部室を出ようとした緑川がふいに立ち止まり先生に振り返って言った。


「そういえば、せんせー。親鳥はどうなったんすか?」

「…もちろん、篝火の中さ」

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