shinn~神に選ばれた僕の人生、ハードモードすぎない!? 世界を救うために、みんなの心臓いただきます!!~

シンリアイ

プロローグ

 ――歌が、聞こえる。


 なんだろう。古い聖歌みたいな旋律。だけど、ところどころ妙に不協和音というか……不穏というか……


(……これ絶対、まともな歌じゃない)


「あ、起きました?お久しぶりですねー」


 軽やかな声とともに、男がニコニコしながら現れる。なんかいい匂いがする。


「ちょうど焼き上がったところなんです。どうぞ、熱々ですよ」


 さらりと皿を差し出してくる男。そこには、やたらと丁寧に盛り付けられた――肉料理。うん、美味しそう。でもね? 問題はそこじゃないんだ。


(僕の、体が……動かない)


「じゃあ、アーンしてくださいね」


 何の迷いもなく、男はフォークを手に取る。そして僕の口元へと――


(ちょっと待って!僕、アーンされるタイプじゃないんだけど!)


 ……って思うのに


(体が勝手に咀嚼してる。なんで?)


 温かい。柔らかい。じんわり広がる脂の甘み。


(……こんなに美味しい肉、初めてかも)


 僕がそう感じていると、男は首を傾げて落ち着いた口調で言った。


「ところで、あなたって……心臓、食べたことあります?」


(……は?)


 思考が一瞬フリーズした。いや、それって比喩とかじゃなくて?


「やっぱり初めてですか? 鹿の心臓は筋が多くて硬いんですよねー。でも人間の心臓は、脂が甘くておすすめです。シンプルに塩胡椒だけで焼いても、最高に美味しい」


(……この人、どこまで本気なんだ?)


 そう言いたいのに、口が動かない。


「そんな顔しないでくださいよ。ほら、ちゃんと食べてくれましたし。自分の心臓」


 ――は?


 口が止まる。目も止まる。


(僕、今、何食べた?)


 男は満足げに微笑むと、皿に残った最後のひとかけらを手に取り、そっと目を閉じて――まるで祈るように、それを自分の口に運んだ。


 ……パチ。木がはぜる音。


 見なくても分かる。 


 ……教会が、燃えてる。


「うん、だいたい予定通りですね。あと数分くらいで崩れるかな」


 なんでそんなに冷静なの!? ってツッコみたいけど、もう声が出ない。


 かろうじて動く目で、自分の胸を見る。そこには――赤い池と、ぽっかり空いた穴。


 心臓が、ない。


(ああ、やっぱり……やっぱり僕の心臓は、もう無いんだ)


 驚きよりも、なんか……納得してしまっている自分がいた。


 そんな感覚。


 熱風が空洞を通って、体の中を抜ける。でも、なぜか寒い。焼けるどころか、芯から冷えていく。


 カチ、カチ……


 耳元で鳴っていた時計の針が、最後の「一秒」を刻んで、止まった。


 音が消えた。世界が止まった。


 


 


 そして、その日。


 


 


 


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