第9話 仔羊の蹄亭

 翌朝ノルは隣のおばちゃんにチラを預けると、オルゴールを手に取りウローヒルの街へ向かう乗り合い馬車に乗った。


 スカベル村の北西にある隣街ウローヒルは、フィッツボール王国では中規模の大きさの街だ。旅の商人がウローヒルには楽器店があると言っていたことを思い出したので、そこでならオルゴールを修理してもらえるかもしれないと考え隣町へ向かう事にしたのだ。


「ファッツ男爵が盗賊と手を組んだって話よ」


「ええー私たちからむしり取った税金で何してるのやら、お貴族サマの考えてることは分からないねぇ」


 馬車の乗客の会話が聞こえてきた。ファッツ男爵とはこの辺り一帯の領主だ。何よりも金が好きでその次は女、いわゆるゲス貴族というやつで、世間話に疎いノルでもその存在を知っている。


「ええと何だっけ奴らの名前……。そうそう、紙吹雪のスカーフ団! 名前から取ったのか、変なスカーフをつけているそうよ」


 頭に残る変な名前だと思いながら、ウローヒルの門の前で馬車を降りる。生まれて初めて街というところに来たノルは、大きな鉄で出来た門を潜ると圧倒された。


 2階建や、3階建ての建物が立ち並ぶ間を石畳の道が通っている。そこを歩く人々の多さ、子供たちのはしゃぐ声、店への威勢がいい呼び込みの声など、全てがスカベル村とは比べものにならないほど賑やかだった。ノルはその全てを見逃すまい、聞き逃すまいとキョロキョロする。


「(いけない、これではお上りさんだわ)」


 そんなことを考えていると噴水のある広場にたどり着いた。今日はまるで急ぎ足で真冬がやってきたかのような冷え込み方だったため、噴水の淵に腰掛けるとそのあまりの冷たさにノルは身震いする。どこかお店に入って暖まろうと、ノルは再びキョロキョロしながら食事処を探し始めた。



 ♢♦︎♢



 広場からほど近い場所にある"仔羊の蹄亭"にノルは入る事に決めた。店選びの決め手はいい匂いに吸い寄せられたからだ。


 威勢のいい女将さんが切り盛りする店内はガヤガヤと賑やかだった。ノルはテーブルに座って料理を注文する。出てきた料理は『私を食べて』とノルを誘惑するかのようにいい香りをさせていた。


 ノルはまずチキンステーキを頬張る。香草と下処理によって肉は柔らかく、香ばしく焼かれた皮目はパリッとしていてとても美味しい。口の中で香草の香りのする肉汁が広がり、飲み込んだ後からほんのりとニンニクの香りが追いかけてくる。味付けは塩だけなのに香り付けのセンスが抜群だ。


 ロールパンもふんわりとしていて、バターの香りとほのかな甘さのある、それだけで食べても満足できるパンだ。


「(はぁ〜しあわせ)」


 そのパンにチキンステーキの肉汁を吸わせて食べると、2つの味が合わさりまた違った美味しさを楽しめる。ノルは豪華な食事を夢見心地で食べ終わると、デザートにパンプティングを注文した。


 やって来たパンプティングにも先ほどのロールパンが使われている。外側のカリッとした食感と、ほんのりオレンジの香りがする内側のトロッとふわっとした食感が楽しい。同じパンがここまで変わるとは。少女の食べっぷりにざわめく周りの大人をよそに、ノルはデザートも平らげた。


 それを見ていた若い男2人がノルに声をかける。ひとりは筋骨隆々で、もうひとりはひょろりとした卑屈そうな男だ。


「お嬢ちゃん良い食いっぷりだね。俺た達オススメの店で夕食を食っていかないか? この店より美味いもんが食えるし、お土産もあるよ。俺たち奢っちゃおうかな」


 男達は周りの視線に気が付かない。だがちょうどチラへのお土産を考えていたノルは、話だけでも聞いてみようと思い立ち上がると、斜め後ろから声がした。


「──騙されるな」


 振り返ると整った顔立ちの青年と目が合った。僅かに眉間に皺を寄せ、その雰囲気を体現する様な深い紺色の瞳を真っ直ぐこちらに向けている。その傍には見たことのない形の細長い剣が置いてあった。青年は吐き捨てるように呟く。


「そいつらは子供を攫って金を稼ぐペテン師だ。ついて行けば身ぐるみ剥がされ、金を巻き上げられた挙句、運が悪ければ何処かに売り飛ばされるかもしれないな」


「お嬢ちゃん、俺達売り飛ばすなんてしないからね」


「……それでは奴隷にでもするつもりか?」


 青年の言葉と店内の視線で男たちの化けの皮が剥がれた。


「黙って聞いてれば、好き放題言いやがって! 俺たちは嬢ちゃんと話してるんだ。テメェは引っ込んでろ!」


 男たちが青年に飛びかかる。すると青年は手元に置いていた剣を手に取り、目にも止まらぬ速さで男たちの懐に入り込むと顎を柄で打ち上げた。


 あっという間の出来事に男たちはなす術無く崩れ落ちる。店主がその場にのされた男たちの首根っこを掴み、財布から食事代を抜き取ると、「ご来店ありがとうございましたー」と言って店の外に放り投げた。


「いいぞ! サミュー」

「さすが色男は違うね〜」

「よっ、悪人面の旦那ー!」


 一連の流れを見ていた客たちはワッと盛りがる。サミューと呼ばれた青年は何事も無かったように、再び席へ戻ったが、僅かに耳が赤くなっていた。あまり注目を浴びるのは好きでは無いのかもしれない。


「見苦しいものを見せて悪かったね。好きな飲み物一杯タダにするよ」


 女将さんの一言に店内はお祭り騒ぎになっていた。そんな騒ぎに店の外に放り投げられた男たちが目を覚ます。


「イテテ……あんの優男! 澄まし顔で俺達の邪魔しやがって。この落とし前はしっかり付けてやんなくちゃな。腹の虫が治らねぇ」


「お、おい。お前アイツのこと知らないのか? いや、"花吹雪"って名前くらい聞いたことがあるはずだろ」


「げっ、アイツがそうなのかよ! 関わるのはよした方がいいな。クソッ、覚えてろよ!」


 2人はそう捨て台詞を言い残すとすごすごと退散したのだった。

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