第7話 発見

 エアが姿を消してから半年、チラからサリナスの森で起きた事件のことを聞いたノルは、父ラミウの容態を心配していた。だが妖精の里に入ることは叶わず、出来る事といえば父が無事に目覚める事を祈る事だけだった。


 ノルは母と同じように死者の存在を感じ取れたため父が生きていると分かっていたし、いつも側にはチラがいて母の存在も時々感じられたため、ノルが寂しく感じることは少ない。


 それとご近所に支えられた事も多かった。子供だけの2人暮らしを心配して、近くの住人が料理などを持ってよく顔を出してくれ、相談に乗ってくれるし、お隣のおばちゃんはチラを孫のように可愛がってくれたため懐いていた。


 そしてなによりも弟の存在を自分の中に感じられることが心強かったのだ。


 チラと2人暮らしのノルだったが生活に困ることは無かった。なぜならノルに小さな変化がいくつか起きていたからだ──。


 更に食いしん坊になったせいか、森に行けば木の実やキノコの種類をしっかり見分けられるし、分布の特徴が頭の中に浮かんでくるようになっていた。お陰で母ロエルが遺した多少の遺産と併せて金銭的に困る事はなく、食うに困る事もない。


 もう一つの変化にはノルも驚いた。チラにある日こう言われたのだ。


「このかんざちはね、チラからできているからノルの魔力を流せば違う形になるの」


 エアがくれた誕生日プレゼントのかんざしの事だ。チラのシラカシの木から取った枝を、エアが削ったものに綺麗な石をはめたらしい。 自分にはペンダント、ノルにはかんざしを選んだそうだ。


 ノルは魔力の使い方を誰から教えられることなく自然と理解できていた。ワクワクしながらかんざしに魔力を注ぐとフルフルと震えながらゆっくり伸びてゆく。


 そしてかんざしは横笛になっていた。


 だが生まれて初めて笛を手にしたノルが吹いても、甲高い変な音が出るだけだった。


 それからは森に入るといつも横笛の練習をしていた。深い森の中は木々が覆い茂っているが、妖精の里の付近まで来ると日の光が届く場所が増えてくる。


 妖精の里からほど近い場所に、明らかに他とは違う種類の木が生えている丸太の柵で囲われた一角があった。その横には何人かで使える大きさの机と椅子、ブランコやハンモックそして泉がある。


 柵の外の木は青々と茂っているのに、柵の中の違う種類の木はまるで冬が来たかのように元気が無いように見えた。以前は活気があったのだろうがすっかり寂れている。日に日に葉が萎れて今にも枯れてしまいそうな木の様子にノルは胸を痛めていた。


 椅子に腰掛けるとノルは横笛の練習を始める。


 丁寧に横笛に息を吹き込むと……。ついに音が出た!


 すると笛の音を浴び、弱っている木がざわめき枝を震わせる。ノルが驚いてキョロキョロしているうちに、木々のざわめきはだんだん静かに落ち着いて行く。


 不思議に思ったノルが一本の木に近づいて見ると、幹からは黄緑色の小さな新芽が顔を覗かせていた。


 ノルは喜びで体をぶるりと震わせる。


 その後妖精の里ではへたっぴだが、聞くと体の中から力が湧いてくるような笛の音が風に乗って何回も聞こえたという。その音は日々上達しながら妖精王ラミウのいる城まで届いていた。未だ目を覚まさないラミウだったがその音を聞くと微かに微笑んでいたそうだ。


 それからも毎日横笛の練習を続けたノルはめきめきと上達していった。


 ノルの吹く笛の音にはその時の思いに沿った効果がもたらされるという驚くべき強い力があった。お昼ご飯の後の眠い時間に笛を吹くと、チラが眠ってしまったときには驚いたものだ。


 そのため強い思いが込められた演奏を聴き続けたそこの木々は、回復し以前の元気な様子を取り戻していった。



 ♢♦︎♢



 実は例の林はノーガスという男が管理していたアブラガシワの林だ。管理者に放棄されたためここの木々は荒れていたのだ。


 アブラガシワの木から採れる樹液は良質な燃料で人間には需要が高い。魔法で灯りを点ける妖精族には必要の無かったその樹液に目をつけたのがノーガスだ。それからわずかな期間で販路を広げたノーガスは優秀な男だったのだろう。


 ある日ノルが最近の日課になっていた横笛の練習を終えるとチラが尋ねた。


「ねえ、ノル。この木の液はお金になるの。そちたらノルはうれちい?」


「えっ? 何のこと?」


 ノルが聞き返すとチラが珍しく真面目な表情を見せた。


「ボクは仲間がきぢゅつくのはイヤだけど、この木たちがノルのためならいいよって。ボクもノルが喜んでくれるのならうれちいなって思ったの」


 チラはシラカシの木の精霊だ。精霊とは、木や石、水など自然界の様々な物に宿る。だが何にでも宿るわけでは無く、樹齢の長い木や大河など特別な物に宿るのだ。


 チラは妖精王に植えられた特別な木として生まれた。そんな特別な存在である精霊には、普通は聞こえない仲間の小さな声を聞き取る力がある。


 チラは意外にすごい子なのだ。


 そんなチラの言葉にノルは考える。


「私たちがこのお金を贅沢するために使ってはいけないわ。許されるなら村のために使いたいな。きっと回り回って私たちに帰って来ると思うの」


 ノルはいつかの母の言葉を思い出していた。


「いい、ノル。お金には悪いものが付いていることがあってね、持ちすぎるとあまりいいことが無いのよ。だから私たちはほんのちょっとの贅沢ができるくらいが良いの」


 母の話とノルの考えを聞くとチラは嬉しそうにうなずいた。チラ曰くこの木は油を溜めすぎても木自身に負担がかかるそうだ。


 そして以前はノーガスのものだった利益を、何も知らずにノルは手にしたのだ。その莫大な資金はやはりノルたちの生活には余りあったため、村の孤児院や公共事業に寄付をする事にした。



 ♢♦︎♢



 ノルは家へ帰ると意を決して引き出しを開けた。母に教わった曲を全て演奏できるようになったら、母の遺品と向き合おうと決めていたのだ。深呼吸をして引き出しの中の物を取り出す。


 かんざし、ケープ、ポシェット、手袋、ブーツ、それから壊れたオルゴール──。


 ノルは少し寂しい気持ちなったが、もう涙は滲まない。大切な母のケープは所々破けていたのでとなりのおばちゃんに直してもらうことにした。それから母の形見のオルゴールを直しに、明日隣街ウローヒルへ出かけることを決めた。

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