第8話

人として生きるために


 静かだった。

 ナグ=ゼロが消滅してから、銀河は不思議な沈黙に包まれていた。


 それは戦いの後に訪れた“平和”とも、“余韻”とも違う――

 何かが終わり、そして始まろうとしている空気だった。


     *


 翔太は、銀河連盟の医療施設で目を覚ました。


 「……美月……?」


 「ここにいるよ」


 彼女はすぐそばの椅子で眠っていたようで、翔太の声に驚いて目を覚ました。


 「もう……二度と、こんなに心配させないで……!」


 その一言が、翔太の心に深く刺さった。


 「ごめん。でも……終わった。ナグ=ゼロも、俺の中の“暴走”も、全部」


 彼の声は穏やかだった。

 それは、これまでの戦いで培った力の先にある“静かな強さ”だった。


     *


 数日後、銀河連盟の本部会議に翔太は呼ばれた。


 「山崎翔太――君の存在は、連盟史上例のない例外である。よって、我々は君に最終選択を委ねる」


 それは、“人間に戻る”か、“銀河の守護者として生きる”かという選択だった。


 銀河因子の完全封印は可能だが、それと引き換えにすべてのチート能力、記憶の一部、そして“異星との繋がり”を断たれる。


 翔太は聞いた。


 「……その場合、美月の記憶は?」


 「彼女も選択できる。君と共に“普通の人間として地球に戻る”か、それとも記憶を保持したまま“別の銀河で共に暮らす”か」


 ――2人にとっての分岐点だった。


     *


 その夜、翔太は美月と並んで星を見ていた。


 「なあ、美月。……もし全部忘れたとしても、俺のこと、また好きになってくれるかな」


 「なるよ。だって――好きになる理由なんて、何度でも生まれるもの」


 彼女は、柔らかく笑った。


 翔太は、小さく頷いた。


 「だったら、俺は“普通に戻る”よ」


 「うん。私も……あなたとなら、普通の毎日が一番大事って思える」


 それは、チートでも、力でもない――

 “翔太”として、“美月”として生きるための選択だった。


     *


 地球。春。


 桜の下で、翔太と美月は並んで歩いていた。


 力はすべて封印された。UFOも、銀河連盟も、ナグ=ゼロも、記憶の彼方。

 けれど心の奥には、消えない何かが残っていた。


 「変な夢を見たんだ」


 翔太がふとつぶやく。


 「宇宙に行って、戦って、誰かを守った……そんな夢」


 「ふふ、それ、どこかの映画の観すぎじゃない?」


 「かもな。でもさ、最後にこう言われたんだ。――“君の選んだ普通の日々が、宇宙一の奇跡だ”って」


 美月は立ち止まって、微笑んだ。


 「それ、いい言葉。今の私たちにぴったりだね」


 翔太は彼女の手を握り、言った。


 「もういじめられっ子でも、造られた存在でもない。今の俺は――ただの山崎翔太。君の、隣にいる人間だ」


 そして、ふたりは歩き出した。

 その背中には、もう力も奇跡もない。けれど、

 確かな絆と、未来への光があった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る