〔7〕
演劇部控え室から続くステージ裏手通路を、資材の入った段ボールを避けながら突き当たりまで進む。すると思いの外、幅の広い階段があった。
階段の先は真っ暗で、下方に冷たい空気を感じる。壁にある照明のスイッチを入れ、今時めずらしい白熱灯の暗い明かりを頼りに下りていくと、十メートル四方ほどあるコンクリート床の空間に出た。
正面には、高さ3メートルはありそうな巨大な観音開きの鉄扉。
「これ、俺達の力で開けられるのか?」
力には自信があるはずの優樹が、心なしか不安そうに呟いた。
「大丈夫だよ、下にレールと滑車があるから僕でも開けられる」
応えた遼は、しかしステージ下の階段に降りたときから気分がすぐれなかった。血の気のない青い顔を、優樹が気が気でない様子で時々伺っているのがわかる。
気丈に振るまう自信が揺らぎ、倒れるのではないかと不安が襲った。だが優樹に大見得を切った手前、気を強く持たなくてはと深く息を吸う。
佐野が鍵を差し込み、カチャリ、という小さな音と共に扉のロックは簡単に解除された。
「閂だと不便だから、数年前に簡単な鍵に付け替えたそうだ」
アキラが取っ手を引き、こともなげに鉄の壁を動かした。
土と潮の匂いが入り交じった、肌寒いほどの冷気が身体を包み込む。
遼は扉右手に設置してあるカバースイッチのレバーを下ろしてから、その脇にある照明スイッチを押した。天井の蛍光灯が手前から奧へと次々に点り、眩しいほどの光が長い廊下を照らし出す。
緊張していたのだろう、優樹が小さく息を吐いた。
「もっと、不気味な感じかと思ってた……」
「部屋は壱号、弐号、参号。壱号は教材置き場で弐号が学校行事の用具置き場。がらくたの類は参号に置いてある。石膏像が置いてあったのも参号だ」
床にしゃがみ込み、カメラバックを開きながら真面目な顔で優樹に説明するアキラが、気のせいか楽しそうに遼には思えた。佐野もいつの間にかカメラを手にしている。
おそらく、この場所を倉庫にすることが決まった時点で扉は取り払われたのだろう。左手に、入ってきた扉と同じ大きさの三つの入り口が並んで暗い口を開けていた。
突き当たりには一回り大きな観音開きの扉があり、古めかしい鉄の頑丈そうな閂が掛けられている。
入り口から庫内を覗き見れば、比較的綺麗に整理してある壱号・弐号倉庫と違い、参号倉庫は確かにガラクタ置き場といえた。
目的の物を探すとしても、容易に見つけられそうにない。
乱雑に置かれた棚、古いデスク、壊れた椅子。学園創立以前の物か、価値の判らない絵画。
それらは整理も分類もされず、ただ静かに処分される時を待っているように見えた。
忙しくシャッターを押す佐野と違い、アキラは入り口近くに立ち腕を組んだままじっと何かを考えているようだ。
初めて入る倉庫に、物珍しさから色々な物を手に取る優樹を横目に見ながら、遼はアキラの様子を不審に思った。
部室でアキラの提案を聞いたとき、自分の手で犯人に繋がる手掛かりを探したいと思った。しかしアキラは何故、遼と優樹に提案を持ちかけてきたのだろう?
時折、探るような視線を向けられ居心地の悪さを感じた。何か、他の思惑があるように思えてならない。
と、突然、遼の全身をぴりぴりとした鋭い痛みが貫いた。
電流が流れたように、全身の体毛が逆立つ。
フラッシュする光景、眠るように横たわる少女、その首にのばされた男の手、そして……。
金縛りにあったように動けなくなり、下肢から力が抜けていった。
倒れる、そう思った時。すっと、後から優樹の手が身体を支えた。
「……大丈夫か?」
「う……ん」
肩を貸り、近くにあった古いソファーに座り込む。
「何か……見えたのか?」
肩に置かれた優樹の手を、遼は振り払う事が出来なかった。今は、その手が気持ちを落ち着かせてくれた。情けないな、と、自嘲気味に心に呟く。
「髪の長い、綺麗な人が……ここに倒れていた。その人を、誰か男の人が抱きかかえて……連れて行ったんだ。男の顔は、わからない……でも、女の人は姉さんじゃなかった……」
背中を預けていた壁からゆっくり身を起こし、アキラは遼の前まで来ると膝を突いて顔を覗き込んだ。
「犯人は、見えなかったんだな?」
「先輩、あんた知ってたな!」
優樹が、いきなりアキラに掴みかかると、その襟首を締め上げた。吊された身体が、宙に浮く。
「だから遼を、ここに誘ったんだろっ!」
慌てて佐野が引き離そうと割り込んだが、力ではかなわない。
「よせっ篠宮! 須刈を殺す気かっ!」
優樹は突き放すように、その手を離した。勢いづいてアキラは、床に倒れ込む。
「大丈夫かよ、須刈」
アキラは激しく咳込みながらも片手を上げ、佐野に応えた。
「まったく……勘弁してくれよ、何も締め上げなくてもいいだろう? ホント、死ぬかと思ったぜ……」
「どういうことか、説明してくれませんか」
優樹の声は静かだが激しい怒りを含んでいる。アキラはやっと立ち上がると、壁際の棚に寄り掛かり身体を支えた。
「説明? 秋本は、何かが見えるかもしれないと思ったから一緒に来たんだろう? なぁ、秋本」
遼は絶句した。
確かにアキラの言った事は当たっているが、まさか自分の持つ力を知って誘ったのだとは思わなかったのだ。
憤りを抑えきれない優樹が、挑むようにアキラに詰め寄る。
「同じ中学出身者が少ないこの学園は、遼のことを知ってる人間なんてほとんどいない。……まさか悟が?」
「おいおい、今の台詞、岡田が聞いたら泣くぜ。おまえ、ヤツがそんな男だと思うのか?」
確かに、同じ中学校出身の岡田なら遼がいじめの対象となった理由を知っていても不思議はなかった。しかし、たとえ遼を嫌っていたとしても、決して中傷をするような男ではない。
「岡田は、余計な事を言わないよ……」
遼の言葉に、ようやく冷静さを取り戻した優樹は決まり悪そうに顔を背けた。
「秋本の事は以前から少し興味があってね、学年一の秀才がどんなヤツか知りたかったし、まあ、色々と調べてみたわけだ。三年生にも、おまえらと同じ中学から来てる生徒は結構いるから例の噂も当然に耳に入ったよ。最初は眉唾もんだと思っていたが……何人もの話を聞くうちに本当なのか確かめてみたくなったんだ」
一度言葉を切ってから、アキラは真顔になって遼を見つめた。
「だが、誤解しないで欲しい。俺は本気で、この事件の犯人を突き止め警察に突き出したい。秋本も、同じ気持ちだと思っている」
優樹が、握りしめていた拳を開いた。
アキラが自分の興味のために、遼を利用したり試したりするつもりではないと判ったのだろう。
「……すみません、でした」
「まっ、いいさ。とりあえず拳で殴られずにすんだしな」
慌てて両手を後手に隠した優樹に、遼は知らず笑っていた。
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