〔4〕
司法解剖とDNA鑑定の結果が出て、発見された頭部は榊原江里香のものだと確認された。
知らせてくれたのは遼が初めて会う男性で、母親の前夫であり自分とは血の繋がりのない、江里香の父親だった。
その男性、榊原繁明は、葬儀の間も心ない噂に耐える母をとても良く気遣ってくれていた。しかし、この場に遼の両親と江里香にとっての両親、そして江里香の実父の家族が同席している光景は不思議に思えた。
ただ、これをきっかけに不仲だった遼の父と母が、再び同居することになったのは幸いなことだった。
一週間後、遼は学園の寮に戻ってきた。
家から通うように母親に懇願されたが、自分がいない方が母親の負担も軽くなる分、父親との距離も縮まるだろうと思ったのだ。
気丈だと思っていた母の弱々しい一面を目の当たりに見て、少しショックを受けた事も理由だった。
やはり父には、母のそばにいて欲しかった。
「自分なら大丈夫だから」
遼はそう言って学園に帰ってきた。田村や優樹がいることが少し両親を安心させたらしいが、心中は穏やかではない。
優樹には、自分の気持ちを十分に説明できなかった。次々と明らかになる知られざる真実に戸惑い、どうしたらいいのか解らなかったのだ。
そんなときに不用意なことを言ってしまって、正直なところ後悔していた。
『関係ない』
冷たく突き放す言葉だ。優樹が怒るのは当たり前だ。
普段通りに登校してきた遼を、クラスメイト達は遠巻きに見ているだけで誰も話しかけてこない。いつもなら隣のクラスから真っ先に駆けつけて来てくれる優樹の姿がないのは、やはり辛かった。
四限目の授業が終わり、学食や売店へと、ほとんどのクラスメイト達は教室から出ていった。
屋外で弁当を広げることにしたのか、クラスで三人しかいない女生徒達も、ちらりと目を向けて足早にいなくなり教室には遼一人が残された。
学生寮から通う遼は、普段は学食に行くか売店で買ったパンを写真部の部室で食べるかしていた。しかし今日は昼食を取る元気はなく、深い溜息をついて机に顔を沈める。
「おい」
その声に驚き顔を上げると、両腕を組んで不機嫌そうに立っていたのは優樹と同じクラスの岡田悟だった。
「何か用?」
少しばかりの失望と共に、不審な眼差しで相手を見る。
「放課後、写真部まで来いよ。必ずだぞ」
返事を待たずに、岡田は教室を出ていった。
岡田が遼を快く思っていないことは、知っている。親同士が旧知の仲とはいえ、律儀な正義感を発揮して遼に関わるのが面白くないのだろう。しかしそれは優樹の性格的なものが理由で、遼の責任ではないのだ。
放課後になって写真部に向う途中、ふと、遼は考えなおした。
では都合のいいように優樹に助けてもらっていながら、関係ないと突き放した自分はどうなのだろう?
単純で一本気の優樹と違い、おそらく岡田は遼が優樹を時に煩わしく感じていた事に気付いていたのだ。
岡田の呼び出しに不安はあったとしても、逃げたくはなかった。
昼までの青空とはうってかわり、五限目に入った頃から重い灰色の雲が海上の方から広がり始め、放課後になって細かい雨が降り出してきた。
教室のある南棟から渡り廊下で繋がる西棟は、一階が各科目教室、二階は資料室と自習室になっていて、三階に文化部の部室があった。
学園が創立されたときに新築された南棟と違い、西棟は元々あった学校を改築したものだ。設備は良く整っているが、外装は明治初期の建築様式で和と洋の融合した美しい建物である。
似た造りに建てられていても新築校舎は、やはり本物にはかなわなかった。
年代物で価値があるとはいえ、凝った装飾の手摺りや年代物の美術品のある階段や廊下は、今日のような雨の日には暗く気味の悪いものだ。三階まで上ること事を嫌う学生は、外にある螺旋状の非常階段を使っていた。
普段は遼も非常階段を利用していたが、風が強くなってきたため濡れることを避けて屋内の階段を重い足取りで上っていく。吹き抜けになった天井を仰ぐと、高いところにある幾つかの明かり取り用の窓から暗い空が見えた。
階段を上りきったところから部室が近づくにつれ、アキラがコーヒーを入れているのが通路に漂う香りで解った。その香りで気を落ち着かせることが出来なければ、部室のドア前で暫く迷っていたに違いなかった。
ドアを開けると常連の何人かが軽く手を挙げ挨拶をしたが、その中に岡田はまだいなかった。
「彼なら、まだ来てないよ」
いつの間に後ろに立ったのか、肩越しにアキラに声をかけられ遼は心臓が止まるほど驚いた。
「え、岡田まだ来てないんですか?」
「岡田?」
ああ、と、アキラは笑った。
「ヤツは今日、多分来ないよ。昼休み部室に来てた岡田に、君達への言伝てを頼んだのは俺」
「君達って……?」
「悟、いるか?」
その時、大声で岡田の名を呼びながら優樹が部室に入ってきた。すぐにアキラと遼に気付き、一歩後ずさる。が、気を取り直したように無理に笑った。
「よっ、よう! おまえ、今日来てたんだ?」
そのわざとらしさに、アキラが呆れて手招きした。
「いいからさ、こっち来いよ篠宮。面白い話、聞かせてやるから」
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